カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2024.11.29
Question:タイ人が面接で本当のことを言わない場合、どうやって見抜いたらいいのでしょうか?
Answer:「話を盛る」ことは普通のことです。選考方法を工夫して対応しましょう。
タイでマネージャーとして仕事を始めると、タイでの採用に難しさを感じるという話をよく聞きます。
特に採用面接は多くの場合、日本では人事部の仕事です。海外で初めて採用に携わるという日本人マネージャーも少なくないでしょう。
しかし、面接というのは高度なスキルの詰まった技術です。適切な質問をし、相手を見抜くには一定の経験が求められます。しかし、採用する側は往々にして切羽詰まっているため、無意識に「通したい」という願望が働きます。その結果、おざなりな面接で採用してしまって、後から非常に苦労するという話は本当によく耳にします。
実は日本でも「面接」という手法の信ぴょう性は疑われています。
一般に、「認知バイアス」と言われる、「見た目の良し悪し」「学歴・職歴への固定的なイメージ」「面接官個人の信条や価値観」など、様々な先入観が邪魔をして印象を曲げてしまい、正しく人が判断できないことが知られています。
ましてや、タイでの面接は英語かタイ語で行わなければいけないので難易度がさらに上がります。面接官を担当する人は、面接の基本的なスキルを学んでスキル武装しておく必要があるのです。
特に、冒頭の質問者さんが挙げたタイ人の「盛って話す」傾向には注意が必要ですが、私は、必ずしも「噓をついている」と捉えないほうが良いと思っています。
前回のコラムで書いたようにタイはジョブホッピング社会ですので、自分を良く見せようとするのは、ほとんどのタイ人が無意識に行います。日本だと自分を大きく見せる候補者は尊大に映るので好まれない傾向がありますが、タイではそれに慣れる必要があります。お国柄、文化の違いと捉える方が良いでしょう。
例えば、マーケティングポジションの募集をしたとします。
タイの候補者はしばしば「1年程度」の業務を経験をしただけで、「私はマーケティングができます」と自己評価することがあります。日本人からすると「たった1年なら、ちょっと業務に触れた程度だろう」と感じるでしょう。しかし、タイでは「経験したことがある=自分はできる」と自己評価する人が少なくありません。
もちろん、たった1年の経験で、一人前になることは稀です。人間の成長スピードは投入時間に比例するというのは、スポーツでもビジネスでも世界共通の法則だからです。国が変わったからといって人間の成長が早くなるわけではありませんから、これは「自己評価が高すぎる」現象だと言えるでしょう。
タイ人の候補者は悪気なくこうした高い自己評価をする傾向があります。「アピール上手」という点で日本人が学ぶべき点もありますが、アピールを信じて評価を誤ってしまっては採用面接は失敗となります。
面接官は、こうした自己評価が本当に正しいのかを確認しないといけません。
効果的な面接では、「いかに事実情報を収集するか」がポイントだとされています。
例えば、「マーケティングスキルがありますか」と聞くのではなく、「担当したマーケティングの業務を具体的に教えてください」と事例を語ってもらうのです。
その際に、「どういうプロセスで、どんなアウトプットを出しましたか」「どういう情報ソースを調べましたか」など、より具体的にエピソードを深堀っていきます。可能な限り、固有名詞や数字なども確認しながら聞いていきます。
ちゃんと業務を深く経験していれば、具体的な情報が出てくるはずです。話を盛っている、あるいは少し経験しただけで十分に学習できていない場合は、どこか曖昧な説明となるでしょう。
こうした事実を収集する面接を「エビデンス・ベース面接」と言います。
よほど嘘が上手い人は虚偽の情報を事実であるかのように語れる人もいますが、面接官が具体的な掘り下げを意識することで、そのリスクは下がります。
事実の反対が、「主観」です。昨今、面接で「主観を聞くことは価値が低い」とされています。
主観を聞く質問というのは、例えば「あなたはリーダーシップはありますか」「うちの仕事は忙しいですが、大丈夫ですか」といった質問です。こうした質問は「はい」と答えるに決まっていますし、主観で好きなように答えることができてしまいます。
主観を聞く質問は、意味が無いとまでは言わないものの、時間に対して得られる情報価値が低いのです。
リーダーシップについて知りたいならば「部下と成果を出した経験」を、激務への耐性が知りたい場合は「激務を乗り切った経験」を、掘り下げて聞いていく方が良いでしょう。
なお、これらの質問を英語やタイ語で行うのはかなり語学力も必要です。タイ人のサポートを得たり、通訳を付けて語学力を補いながら面接をする方が良いでしょう。
もう一つお勧めなのが、「ワークサンプル」という手法です。これは、「入社後に担当する業務の一部を、実際にその場で再現させる」というプロセスを通じて、求めるスキルや能力を見極める方法です。
営業パーソンであれば、「現在の勤務先の商品を面接官に売り込んでもらう」、HRであれば「架空の問題組織の情報を与え、人事として対策を考え提案してもらう」などの方法があります。こうした手法を取ることで、その人の仕事ぶりの一端を見ることができます。
例えば人事コンサルティング会社である弊社であれば、分析力・プレゼン力などが必要スキルになりますので、架空のクライアントの組織状況を分析して面接官に説明してもらったり、複数の面接官の前でプレゼンテーションをしてもらったりします。これは実際に業務で行う活動とかなり似ていますので、入社後の活躍可能性をダイレクトに推し量ることができます。
特に、思考力やコミュニケーション力は面接の問答だけではどうしても判定が難しいものです。「面接の印象は良かったのに業務になるとさっぱりだった」ということがよく起こるのは、そのためです。それならば、シチュエーションそのものを業務に近づけて判定したほうが合理的でしょう。
加えて、一緒に仕事をすることになるタイ人も選考プロセスに入れて複数の目で確認することで、選考の精度はさらに高まります。とにかく、日本人の感覚でなんとなく面接をして採用してしまうと、失敗してしまう可能性が高いので気を付けましょう。
採用に関するお悩みはとても多いので、また別の回でも取り上げたいと思います。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
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Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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