東南アジアで高まる中国の影響力への懸念

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東南アジアで高まる中国の影響力への懸念

公開日 2025.07.31

中国企業のタイ進出は増加の一途をたどっており、タイにおける中国の影響力は依然として大きい。しかしその一方で、中国企業間で完結するサプライチェーンの構築や、中国からの廉価製品の流入といった動きが、タイ経済にネガティブな影響を及ぼしているとの懸念も広がっている。タイを含む東南アジア諸国は、中国の影響力についてどのように受け止めているのだろうか。

今年4月、シンガポールのシンクタンク ISEAS – Yusof Ishak Institute は、「The State of Southeast Asia 2025 Survey Report(東南アジアの現状 2025年調査報告書)」を発表した。本調査は、地政学的動向やASEANに影響を与える各種課題について、東南アジアのオピニオンリーダーや有識者の見解を把握することを目的としたもので、今年で第7回目となる。

同レポートでは、中国、米国、日本に対する信頼度なども明らかにされている。本記事では、過去の調査結果とも比較しながら、その一部を紹介する。

東南アジアにとって最重要課題は「気候変動と異常気象」

本調査の対象は東南アジア出身者2,023人で、所属カテゴリは①学術機関や研究者、②民間セクター、③非政府組織(NGO)やメディア関係者、④政府関係者、⑤地域機関または国際機関の職員、の主に5つに分けられる。

調査期間は今年1月3日から2月15日までの6週間。同期間には今年1月20日のドナルド・トランプ米大統領の2期目就任という出来事があり、対象者の48.5%が就任前に、51.5%が就任後に回答していたが、前者と後者で顕著な回答結果の差異は認められなかったという。なお、今回の調査では初めて、ASEAN正式加盟を控える東ティモールの視点も取り入れられている。

第一の設問では、「東南アジアが直面する課題トップ3」を尋ねており、2019年の同調査開始以来初めて、「気候変動と異常気象」(55.3%)が一位に躍り出た。2024年は「失業と景気後退の懸念」(57.7%)が2年連続首位の座を維持し、二位が「気候変動と異常気象」(53.4%)だった。

東南アジアが直面する課題のトップ3
「東南アジアが直面する課題トップ3」
出所:Seah, S. et al., The State of Southeast Asia: 2025 Survey Report (Singapore: ISEAS – Yusof Ishak Institute, 2025)

特に強い台風の影響を受けやすい場所に位置するフィリピンとベトナムでは「気候変動と異常気象」を最大の課題だと認識している人の比率がそれぞれ70.9%、70.3%と高い値だった。次いでマレーシア(55.0%)とタイ(54.6%)も、気候変動の影響を強く感じている人が多いことが分かった。

2024年にトップだった「失業と景気後退の懸念」も依然として重要課題として認識する人が二番目に多く(49.3%)、次いで「主要国間の経済的緊張の激化への懸念」(48.3%)が三位となった。ただし、この2つの項目の差はわずか1.0%であり、同リポートでは「東南アジアにとっては『失業と景気後退』と『主要国間の経済緊張』が表裏一体の課題となっている」との見解を示している。

なお、東南アジアで最も若い国である東ティモールにとっての最大の課題は、「気候変動と異常気象」(77.3%)、「社会経済格差の拡大と所得不平等の増大」(60.6%)、「失業と景気後退の懸念」(57.6%)であり、やはり気候変動の課題がトップとなった。

最も影響力のある大国は中国、全体の半数以上が「懸念」

「主要国の地域的影響力とリーダーシップ」をテーマとするセクションIIIでは、「東南アジアにおける最も影響力のある経済大国は」との問いに対し、ASEAN全体の56.4%が中国と回答。特に、タイ(70.9%)、マレーシア(69.6%)、シンガポール(68.6%)でこの認識が強く見られた。ただ、中国と回答した人の割合は2022年には76.7%、2023年には59.9%、2024年は59.5%と、年々低下しており、今年はさらに下がった。

東南アジアにおける最も影響力のある経済大国・地域組織
「東南アジアにおける最も影響力のある経済大国・地域組織」
出所:Seah, S. et al., The State of Southeast Asia: 2025 Survey Report (Singapore: ISEAS – Yusof Ishak Institute, 2025)

同設問の第二位は15.4%の米国(2024年は14.3%)、次いで14.8%のASEAN(同16.8%)、5.5%の日本(同3.7%)と続いた。日本は昨年に引き続き4位の座を維持しているが、その比率と見ると微上昇している。

第一位の中国と第二位の米国との間には大差があるが、同リポートでは「今年は米国がわずかにASEANを押しのけて、第二の経済大国としての地位を占めた点は注目に値する」と解説している。

また、ASEAN全体の61.9%が中国の地域影響力の拡大に懸念を抱いており、2024年の67.4%からは減少したものの、今年はタイ(85.6%)、ベトナム(77.0%)、フィリピン(76.3%)で特に強く感じられていた。2024年は「中国の影響力拡大に懸念」の回答率トップはベトナム(87.7%)、二位がミャンマー(87.6%)、三位がタイ(80.3%)だったが、今回タイがトップであり、前年の比率よりも上昇していることは興味深い。

「最も影響力のある経済大国」第二位の米国に対しては、ASEAN全体の56.8%が「引き続き米国の地域経済影響力の拡大を歓迎する」と回答し、2024年の52.0%からやや増加したが、今年4月に発表された米国による追加関税の影響を受けて結果がどう動くのか、来年の調査結果にも注目したいところだ。

「米中対立と東南アジアへの影響」をテーマとしたセクションIVで、「もしASEANが戦略的ライバルのいずれか一方と同盟を組まなければならないとしたら、中国と米国どちらを選ぶべきか」との問いでは、米国を選ぶとの回答が52.3%となり、中国の47.7%を上回った。2024年は中国が50.5%で米国が49.5%だったが、今年は順位が逆転した。

また、回答者の過半数(53.2%)が、ASEANはこの二大国からの圧力に対抗するため、「レジリエンス(回復力)と結束を強化すべきだ」と考えていることがわかった。

日本は東南アジアで最も信頼されている主要国

「信頼に関する認識」をテーマとするセクションVでは、日本は東南アジアで最も信頼されている主要国としての地位を維持しており、その信頼度は昨年の58.9%から66.8%に上昇。すべての国で、日本への信頼が不信感を上回る結果となった。また、今年はEU(51.9%)が米国(47.2%)を上回り、2番目に信頼される大国となった。

日本とEUに対する信頼感
「東南アジアにおける日本とEUに対する信頼感」
出所:Seah, S. et al., The State of Southeast Asia: 2025 Survey Report (Singapore: ISEAS – Yusof Ishak Institute, 2025)

中国については、2024年は「国際的な平和、安全、繁栄、ガバナンスに貢献するうえで正しいことを行うか」に対して、「あまり信頼していない」(34.8%)、もしくは「全く信頼していない」(15.3%)と回答し、ASEAN全体における両回答の合計は50.1%だった。しかし、今年の調査では懐疑的な見方がやや緩和され、両回答の合計は41.2%に減少。中国への信頼も顕著に改善し、「信頼している」「とても信頼している」の合計は、2024年の24.8%から36.6%へと11.8ポイント増加した。

ただ、中国への信頼度は国によって分かれているようだ。今年は、ラオス、ブルネイ、タイ、カンボジアで、中国への「信頼」が「不信」を上回った。一方、それ以外の6カ国では、依然として中国への不信の方が強かった。

「仮に移住の機会があった場合、生活・就労したい国は」との問いでは、一位がASEAN加盟国(20.5%)、二位は日本(17.6%)で、次いで米国(14.8%)と続いた。上位3国は、2024年から変わっていない。さらに、「ソフトパワー」の分野でも日本は際立っており、観光先として最も人気のある国(33.0%)に選ばれていた。

THAIBIZ編集部
白井恵里子

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