

カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
公開日 2025.08.08
前稿では、タイの半導体産業がASEAN主要国に比べ遅れをとっている現状を確認した。本稿では、タイが直面する課題を整理し、巻き返しに向けた方向性と日系企業にとっての事業機会を考察する。
他国との比較で見ると、大きく3つの課題が考えられる(図表1)。


戦略の具体化と実行:タイの半導体産業のビジョンや戦略が現時点では抽象度が高く、政策実行の枠組みが弱い点は他ASEAN諸国と比べた際の課題の一つと言える。2024年に設立した国家半導体ボード(NSB)も外国直接投資(FDI)や人材育成に関する目標を掲げた。
しかし、前工程・後工程・設計ごとの具体策や優先順位は不明確で、投資インセンティブや規制改革も途上である。この遅れは投資判断を難しくする要因となってきたが、足元では戦略の具体化が動き出してきている。ただし、政策の実行には政情の安定が不可欠である。
人材基盤の強化:半導体産業の発展には高度技術者・研究者の育成が不可欠である。NSBは2029年までに熟練労働者8万6,000人(うち研究者1,400人)の育成を目標に掲げているが、タイの大学や職業訓練機関における半導体関連教育はまだ発展途上にある。
とりわけ、2.5D/3Dパッケージングや車載用パワー半導体設計といった高度分野の専門課程は限られており、企業ニーズとのミスマッチが課題となっている。シンガポールやマレーシアでは、産学連携による共同カリキュラムなど、高度人材の育成体制が進んでいる。タイもそれらに学び、教育機関と産業界の連携強化が求められる。
外資誘致:タイは10年免税やPCB支援策など一定の優遇措置を用意しているものの、投資家が期待する高付加価値分野への具体的な支援策が見えにくい。
マレーシアは5,000億リンギット(約1,070億米ドル)規模の投資誘致を掲げ、IC設計パーク建設と税控除・補助金・ビザ免除を組み合わせた包括的支援で前工程や設計企業を呼び込もうとしている。国内サプライチェーンが薄く人材基盤も整備途上であるタイにおいては、重点技術の明確化とより競争力のあるインセンティブが外資誘致の鍵となるだろう。
これらの課題は相互に影響を与え合うものであり、個別対応では十分な成果を得にくい。国内外からの投資意欲を引き出すためにも、国家としての明確な方向性を示すことが求められる。以下に、仮説的な戦略の方向性を例示する。
OSAT基盤のハイエンド化:タイの現有資産はOSAT(アウトソース組立・テスト)に集中している。この基盤を強化し、先端パッケージングへ発展させることが挽回の第一歩となる。具体的には、従来のリードフレームやワイヤボンド中心の組立から、2.5D/3Dパッケージングやファンアウト型ウェハレベルパッケージング(FOWLP)などに移行する必要がある。これにより高性能コンピューティングやAI用途だけでなく、車載用パワーモジュールの高信頼化にも対応できる。
差別化できるプロダクトへの集中:プロダクト面では「あれもこれも」と手を広げるのではなく、差別化できる領域に集中する必要がある。自動車産業を基盤に持つタイにおいて、EVや再生可能エネルギー向けのパワー半導体に注力することは一つの方向性となりうる。パワー半導体は他の先端ロジックに比べて資本負担が比較的軽く、EVモーターのインバーターやデータセンターの電源装置など幅広い用途で需要が伸びている。
需要サイドの拡大:供給側の強化と同時に国内需要の創出も欠かせない。EVや家電、ICT機器など既存産業の需要を取り込みつつ、政府によるEV優遇策やデータセンター投資の推進により半導体需要を裾野ごと広げる。パワー半導体に注力する場合、EVメーカーや再生エネルギー企業を誘致し、国内企業との連携を促すことも有効だろう。
日系企業にとって、タイの半導体市場は挑戦と機会が併存する。Infineonが後工程拠点を新設する動き(図表2)に代表されるように、グローバル供給網の分散や米中対立リスクの回避を目的にASEANへの製造シフトが進んでいる。仮に上述した方向性でタイが発展していく場合、いくつかの事業機会が考えられる。


装置・材料供給および技術移転:2.5D/3Dやファンアウト型といった先端パッケージング向けの装置や素材は日本企業の強みであり、タイのOSAT高度化ニーズに応えられる。
パワー半導体での協業:日系企業が強みを持つ炭化ケイ素(SiC)/絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)デバイスやモジュールの技術提供や共同開発、封止材・検査装置の供給などで、この動きに参画する余地は大きいだろう。
人材育成への貢献:NSBが掲げる8.6万人育成計画に合わせて、大学や職業訓練機関と連携し研修プログラムやインターンシップを提供すれば、今後日本の半導体産業でも人材が不足する中で、長期的な人材パイプラインを構築できる。
ただし、これらの機会を実現するには、タイ政府の半導体国家戦略との整合を図りつつ、タイ投資委員会(BOI)等とも緊密に対話し、自社にとって合理的なインセンティブ条件を引き出すことが鍵となる。


Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com


Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
Roland Berger Co., Ltd.
ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
□ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート
140 Wireless Building, 20th Floor, Unit C, 140 Wireless Road, Lumpini Subdistrict, Pathumwan District | Bangkok 10330 | Thailand
Website : https://www.rolandberger.com/





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