

カテゴリー: ASEAN・中国・インド
公開日 2025.11.10
コロナ禍を契機に、東南アジアでは「自らの健康は自らで守る」という意識が急速に高まった。医療インフラの脆弱さが可視化され、特に都市部の中間層を中心に予防や自己管理への志向が強まっている。
これにより、健康食品やサプリメント、フィットネスなどを含む「ウェルネス」関連消費が拡大し、同市場は今や東南アジアの有望な成長領域の一つとなっている(図表1)。


本稿では、コロナ後に加速する東南アジアのウェルネス市場について、国・地域ごとの特性を踏まえつつ、企業が戦略を構築するうえでの重要論点を前編・後編に分けて提示する。
東南アジアのウェルネス市場は、しばしば「健康食品→サプリメント→フィットネス」という段階的な進化で語られる。確かに、経済発展に伴い栄養補助から美容・運動領域へと関心が広がる傾向は見られる。しかし、実際の市場形成プロセスはより複雑であり、単純なステージ論では捉えきれない。
例えば、タイでは美容志向が極めて強く、コラーゲンドリンクやハーブ系サプリメントがフィットネス需要に先行して市場を拡大してきた。一方、フィリピンではジムやオンラインフィットネスアプリが若年層を中心に急速に普及し、むしろサプリメント市場よりも運動関連の伸びが顕著である。


また、マレーシアやインドネシアでは、イスラム教の戒律に基づくハラル対応が消費行動を左右し、健康食品市場の基盤を形成している。これらの国々では、宗教的な安心感を伴うブランドが高い信頼を得ており、信仰と健康意識が不可分に結びついている点が特徴だ。
こうした多様性を前提とすれば、東南アジアのウェルネス市場を一律に語ることはできない。各国で異なる価値観、所得層、文化的背景が消費の起点を形成しており、企業に求められるのは「どの要素が健康意識を刺激しているか」を正確に見極めることである。
一般論としての市場進化をなぞるのではなく、各国固有の“ウェルネス文脈”を理解した上で、製品・チャネル・メッセージを最適化することが成功の鍵となる。
続いて、東南アジアのウェルネス市場を読み解くうえで重要な5つの論点を提示する。
1. パフォーマンスを求める運動志向
2. 文化・宗教的価値観との共生
3. 健康と美の一体化
4. フードテックをとした拡大
5. 予防医療・保険モデルとの連動
1. パフォーマンスを求める運動志向
東南アジアのウェルネス市場では、ここ数年「スポーツ・運動」を中心とした領域が急速に拡大している。これまで健康食品やサプリメントなど“経口型”の健康改善が主流だったが、より能動的に「身体を動かして健康を維持する」価値観が浸透しつつある。これはステージ論で語るウェルネス市場の進化よりも早いペースだと言える。
もっとも、欧米のようにストイックなトレーニング文化とはやや異なっており、東南アジアでは、運動は「楽しさ」や「社交性」と密接に結びつく。
ジョギングやジム通いに加え、友人や家族と気軽に参加できるフットサル、バドミントン、ヨガ、ダンスなどが人気を集めている。運動を通じたコミュニティ形成が重視され、「健康のために鍛える」というよりも、「仲間と楽しむ中で自然に健康になる」という発想が主流である。
さらに、ソーシャルメディアの発達が運動志向の広がりを加速させている。InstagramやTikTokを中心に、「アクティブなライフスタイルを発信すること」自体が一種の自己表現となり、見た目の改善やポジティブな生活態度が社会的に評価されるようになっている。
こうした“ウェルネスの可視化”は、若年層の参加意欲を高め、健康志向をファッションやライフスタイルの一部に変えている。まさに東南アジア特有の地域トレンドとも言えよう。
企業側もこの潮流を的確に捉え始めている。シンガポールでは、食事画像を人工知能(AI)で解析し栄養情報を提示する「FoodAI」などのデジタル技術を活用し、食事・運動・アプリを連動させた自己管理の仕組みが浸透しつつある。
また、ジムやフィットネスクラブでは、トレーニング後のプロテインシェイクやサプリメントを会員サービスに組み込むケースが増加。インドネシアやタイでは、ローカルブランドがスポーツイベントとコラボし、運動後に試飲・購入できるプロテイン飲料を展開するなど、運動体験と購買行動を一体化させる取り組みも見られる。
このように、運動志向は単なる健康維持ではなく、「成果(パフォーマンス)」を求める消費行動へと進化している。実際、東南アジア諸国では高たんぱく・エネルギー補給型といった“パフォーマンス系”健康食品の構成比が他地域よりも高い(図表2)。


後編(THAIBIZ12月号)では、「2. 文化・宗教的価値観との共生」以降の論点および、日本企業にとっての戦略的示唆を論じる。


Roland Berger Co., Ltd.
Principal Head of Asia Japan Desk
下村 健一 氏
一橋大学卒業後、米国系コンサルティングファーム等を経て、現職。プリンシパル兼アジアジャパンデスク統括責任者として、アジア全域で消費財、小売・流通、自動車、商社、PEファンド等を中心にグローバル戦略、ポートフォリオ戦略、M&A、デジタライゼーション、事業再生等、幅広いテーマでのクライアント支援に従事している。
kenichi.shimomura@rolandberger.com


Roland Berger Co., Ltd.
Senior Project Manager, Asia Japan Desk
橋本 修平 氏
京都大学大学院工学研究科卒業後、ITベンチャーを経て、ローランド・ベルガーに参画。その後、米系コンサルティングファームを経て復職。自動車・モビリティ、消費財・小売を中心とする幅広いクライアントにおいて、グローバル戦略、新規事業、アライアンス、DX等の戦略立案・実行に関するプロジェクト経験を多数有する。
Roland Berger Co., Ltd.
ローランド・ベルガーは戦略コンサルティング・ファームの中で唯一の欧州出自。
□ 自動車、消費財、小売等の業界に強み
□ 日系企業支援を専門とする「ジャパンデスク」も有
□ アジア全域での戦略策定・実行支援をサポート
140 Wireless Building, 20th Floor, Unit C, 140 Wireless Road, Lumpini Subdistrict, Pathumwan District | Bangkok 10330 | Thailand
Website : https://www.rolandberger.com/





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