カテゴリー: ASEAN・中国・インド, カーボンニュートラル, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.12.20
今年6月14日に創刊したこのTJRIニュースレターは今号が年内最終号で、このコラムは27回目となる。この間、同じテーマの繰り返しも多かったかもしれない。それは、このニュースレターがタイで行われたセミナーや展示会などのイベントを題材にすることが多く、結果的に日本企業や日タイ政策局者の関心が幾つかの重要テーマに絞られたことを示している。今回は創刊以後の主な記事を、キーワードとともに改めて紹介することで、2022年のタイ経済を回顧したい。
今号のNews Pick Upでも取り上げたタイ国トヨタ自動車の設立60周年記念イベントとトヨタ自動車とチャロン・パカポン(CP)グループとの提携の話は、今年1年のタイ経済を最後で象徴するニュースともなった。そこでのキーワードは「EV」、「水素」、「バイオ」だ。EVとそれに密接にかかわるエネルギー問題については10月11日号など何度も取り上げてきた。
実はこのニュースレター創刊前の6月10日にTJRIのウェブサイトに「EV時代の到来とタイの自動車産業の未来図」と題する創刊の前触れ的Feature記事を配信した。その書き出しは「トヨタ自動車は、昨年12月に2030年までに30車種のバッテリー電気自動車(BEV)を投入、その世界販売台数目標を従来の200万台から350万台に引き上げると発表し、世界の自動車業界を驚かせた」というものだった。そして同記事の前編で、「カーボンニュートラルのカギを握るのがエネルギーで、現時点では地域によってエネルギー事情は大きく異なる。だからこそトヨタは各国、各地域のいかなる状況、いかなるニーズにも対応し、カーボンニュートラルの多様な選択肢をご提供したい」という豊田章男社長のコメントを紹介。年末のプレゼンテーションでもこの軸がぶれていないことが確認できた。
そしてさらに興味深いのは、今回、CPグループとの提携の具体的事業の一つとして「家畜の糞尿から生まれるバイオガスを活用した水素の製造」が挙げられていたことだ。日本の自動車産業でその燃料源にバイオエネルギーの積極活用をここまで明確に表明したことがあっただろうか。このコラムで何度か紹介してきたエタノールなどのバイオ燃料は日本では業界団体などの圧力を受けて抹殺された。水素の可能性が出てきたことで、化石燃料より「脱炭素」である植物を資源とするバイオエネルギーが見直されていることに感慨は深い。今号のFeatureで東洋ビジネスエージェンシーの梅木英徹代表もタイ産エタノールを日本に輸出するメリットを訴えている。
今年6月4日のTJRIニュースレター創刊号のコラムのタイトルは「タイが目指すBCG経済とは何か?」だった。同記事でも書いたが筆者がBCGという言葉を初めて知ったのは2019年11月29日付バンコク・ポストの記事だった。この記事から約3年後、タイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では議長国タイが主張するBCG経済モデルについて首脳宣言に盛り込まれた。しかし、APEC首脳会議に関する日本の大手メディアなどの報道では「BCG経済」という言葉を目にすることはほとんどなかった。
しかし、BCGという言葉が世界的に普及しなくても、タイは自信を持ってこの経済戦略を持続的に推進していくべきだろうと思う。特にタイの強みは豊富な生物資源と「農業」、そしてそれを利用するバイオ産業であることは間違いない。タイ農業の魅力は梅木氏も指摘するように、耕作可能面積の広大さと、コメでも年に3作、4作できる温暖さという植物資源の豊かさだ。タイ農業については11月1日号で興味深いリポートを紹介した。
さらにTJRIニュースレターで実は最も大きな関心を集めたのは、大麻(カンナビス、ヘンプ)の栽培解禁、そして大麻ビジネスの記事だ。創刊2号目で「BCGの中核は農業・食品、そして大麻?」というコラムを書き、さらに7月9日号の「大麻栽培、植物工場内で厳重に品質管理 〜 サイアムレイワ社長インタビュー」の記事の閲覧率は非常に高かった。
2022年は過去2年半以上、世界を悲観に落ち込ませた新型コロナウイルス流行がようやく沈静化した年でもあった。コロナ禍で苦しみ続けた産業も徐々に復活しつつあり、医薬品・医療機器を含むヘルスケア産業が今後、タイでも期待される分野となった。TJRIニュースレターでも7月26日号と10月26日号で医療関連、ヘルスケア産業の特集を組んだ。そこではタイにもともと強みのある医療ツーリズムだけでなく、より広がりのある産業に発展させられるかが問われている。
一方、コロナ禍の最大の被害者である観光・ホスピタリティー産業では今でもさまざまな格闘が続いている。TJRIニュースレターでは9月27日号でバンコク日本博の詳細を報告、10月18日号ではタイ政府観光庁(TAT)のユタサック総裁にインタビューした。さらに、バンコク都の新知事は観光がらみでも注目を集めた。
また、個人的に興味深かったのは7月5日号の「タイで宇宙ビジネスとは?」だった。宇宙科学や宇宙ビジネスとは無縁に思われたタイでも政府の支援とともに、衛星打ち上げ、宇宙ビジネスの模索が始まっていることを知った。そしてこの宇宙分野も含め、日本とタイのスタートアップ企業がタイで活躍する環境が整いつつあることを11月29日号で紹介した。
今年後半、タイの存在感を世界にアピールしたのが、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、12月7日号などで取り上げた。タイ政府は首脳宣言を発表することができ、BCG経済モデルを宣言に盛り込めたことに満足感もあったようだが、APECの成果がアジア太平洋地域の経済、ビジネスにどのような影響を及ぼすのかは未知数だ。ただ、APECでもっとも目立った国は、米国でも、もちろん日本でもなく中国だったことは間違いない。中国企業のタイ進出では、WHAグループのジャリーポーン会長のインタビューが示唆的だった。
先週号のNews Pick Upでモーターエキスポでの中国勢の攻勢とテスラの参入を伝えたが、日本の自動車メーカーの牙城だったタイの自動車業界に明らかに変化の兆しが出始めている。さまざまな意味でトヨタ自動車の60周年記念式典がタイの自動車産業の一つの分岐点になるのかもしれない。そして、中国のタイへの「再浸透」はラオス中国鉄道の完成にも象徴される。筆者も念願だった同鉄道に乗ることができ、試乗記を執筆、タイの将来についてさまざまな思いをめぐらせた。来年はEVが全ライフサイクルを通じて内燃機関(ICE)よりどれほど脱炭素なのかが改めて問われるとともに、中国をめぐる動きが一段と加速する可能性もあり、タイの経済社会をどう変えていくのか見守っていきたいと思う。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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