「大洪水は、また起こる」企業はどう備えるべきか

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「大洪水は、また起こる」企業はどう備えるべきか

公開日 2026.10.06

「まさか、ここまで降るとは」―。 9月下旬、タイを襲った大雨は、バンコクを含む各地で洪水や浸水による被害が広がった。

毎年雨季には、道路の冠水など小規模な被害は珍しくないバンコク。しかし、広い範囲で激しい雨となった9月25日には「今日はオフィスから帰れないかもしれない」「自宅付近も冠水してしまった」といった声も聞かれ、在タイ日本人の間でも今回の被害の大きさを実感する場面が多く見られた。現在もなお、冠水や浸水によって通常通りの生活ができない地域がある。

今回なぜ、ここまで被害が広がってしまったのか。こうした規模の洪水は今後も起こりうるのか。そして企業は、このような災害にどう備えておくべきなのか。THAIBIZ編集部が、専門家らに緊急取材した。

9月26日、THAIBIZ編集部オフィスがあるトンロー・ソイ10でも道路が冠水していた(撮影:mediator社員)

9月下旬、タイ各地で何が起きたのか

9月中旬から続いた大雨が、9月下旬に入りタイ各地で洪水被害を拡大させた。

タイ気象局(TMD)によると、9月21~27日の一週間、タイでは広い範囲で雨が続き、特に中部、東部、バンコクでは24~26日にかけて、大雨から非常に激しい雨となった。背景には、タイを横断した低気圧と、アンダマン海やタイ湾などを覆う南西モンスーンが重なったことがある※1。

その影響でバンコクでは25日から数日間にわたり冠水・浸水が続き、隣接するサムットプラカーン、ノンタブリー、パトゥムターニーでも冠水・浸水が広がった※2。

25日にはバンコク全50区が災害地域に指定され※3、交通にも大きな影響が出た。さらに政府は27日、バンコク、ノンタブリー、パトゥムターニー、サムットプラカーンの4地域について、28~29日を公務員の特別休日とする異例の措置を決定した※4。

Reutersによれば、全国で58万世帯以上が影響を受け、バンコクでは約5,900人が避難所に身を寄せた。経済損失については、ランシット大学の専門家が、全国で少なくとも110億バーツに達する可能性があると試算している※5。

なぜ今回、都市の排水能力を上回る規模の雨が降り、大規模な洪水・浸水被害につながったのだろうか。 

9月27日、バンコク都内で車道から歩道まで広がった冠水(撮影:mediator社員)

基本パターンに「プラスアルファ」が重なった

チュラーロンコーン大学客員主席研究員の本澤雅彦博士(水産学)は、「通常のタイの雨季は、日本の梅雨とは違い、朝と夕方に降って昼間は晴れることが多いため、水がはける時間がある。今回は、昼夜問わず雨が何日も続いたことが特徴だ」と説明する。

今回の洪水の背景には、タイの雨季に通常見られる雨のパターンに、南西モンスーンに加えて、熱帯低気圧や前線の停滞、高潮による河川の排水能力の麻痺など「プラスアルファ」の要因が重なったことにあるという。これにより、長雨や大量の降雨がもたらされた。

タイでは1942年、1994年、2011年などにも大洪水が起きている。タイで起きた大洪水を長年見てきた同博士によれば、 「1994年も、雨季の基本パターンに、たまたま熱帯低気圧や前線が居座るなどのプラスアルファの要因が重なり、大量の雨が降った。排水能力が追いつかない上に、大潮で海に水が流れていかなかった点も今回と類似している」という。

一方、2011年の大洪水は、北部など上流から大量の水が南下してきたことが大きな要因となった。今回はバンコク周辺そのものに終日大量の雨が降ったため、性格が異なると同博士は分析している。

2011年のタイ大洪水で広範囲に冠水したノンタブリーの道路(写真:Magnific)

「想定外」に対応できないインフラの限界

過去にも同様の洪水を経験していながら、なぜ今回も被害を防ぐことができなかったのか。本澤博士は、降った雨が洪水を引き起こす要因として「地形」と「排水能力」を挙げる。

バンコクはチャオプラヤ川下流の低平な地域に位置し、もともと水がたまりやすい。そこに短時間、あるいは長時間にわたって大量の雨が降れば、道路や側溝から運河へ流すことのできる水量を超え、冠水・浸水につながるという。

そこで重要なのが排水能力の向上だ。しかし、話はそう単純ではない。

「2011年大洪水の反省から、北からの流水に対して都市機能を維持するための排水トンネル等が整備されたが、 今回はバンコク直下での集中豪雨だった。想定を超える大雨が長く続けば、インフラも機能不全に陥ることがある。一方、こうしたインフラは想定内の洪水には有効であり、今回の被害もある程度抑えられたといえる。ハード面の限界を補うには、ソフト面の対策強化による減災が重要だ」と同博士は解説する。

実際、今回の洪水を巡っては、2011年以降整備されてきた排水インフラが、現在の降雨パターンに十分対応できるのかという課題が浮かび上がっている。今回のような都市部での局地的な豪雨は、従来とは異なるリスクとして捉える必要があるとの指摘も出ている※6。

「インフラ整備が追いつかないまま、今回と同じようにプラスアルファの気象要因が重なれば、大洪水は再び起こる」。再発の可能性について、本澤博士はこう指摘する。

住民が知っておくべき対応策

では、こうした洪水に住民はどう備えればよいのか。

本澤博士は、「急激に押し寄せる津波や土石流とは違い、バンコクの洪水にはある程度パターンがある。私が住んでいる付近も、高低差によって水のたまり方が異なる。長く住んでいれば、どこが冠水・浸水しやすいのか、経験として分かってくる。タイ在住歴が浅い人であれば、過去の浸水履歴などを事前に知っておくことが重要だ」と説明する。

過去の洪水経験を生かし、建物の壁の隙間をふさぐなど、個々の住居に応じた備えをしておくことが重要だ。天気予報や警報だけでなく、実際の雨量や満潮のタイミングなど、洪水につながる「プラスアルファ」の要因を把握し、日頃からその「シグナル」を意識しておくことも有効だという。 

さらに、水害そのものだけでなく、たまった水に触れることによる感染症や感電などの二次災害にも注意が必要だ。同博士は「今回、水の中で泳いで遊ぶなど水害を楽しむ動画も拡散されているが、原則として、長靴を常備するなどして『絶対に水に直接触れないこと』が重要だ」と注意を呼びかける。

イメージ画像:Magnific

自ら「選べない」リスクにこそ目を向ける

企業としての対策も欠かせない。コンサルティング大手ローランド・ベルガーの橋本修平氏は、今回の洪水による企業への影響について、「自動車工場の一時停止や航空貨物の停止が相次いだが、報道を見る限り、その多くは設備の浸水ではなく、部品物流の途絶や従業員の出勤困難によるものだった」と分析する。 

2011年以降、日系企業は工場の立地や防水対策など、自ら「選べる」リスクへの備えを進めてきた。一方、社員の住まいや通勤路、物流網といった、企業が「選べない」リスクへの備えは、これまで十分に意識されてこなかった。「設備が無事でも、人と物流が止まれば事業は止まる」と、橋本氏は対策の重要性を強調する。 

では、どこまで備えるべきか。この問いに対し、橋本氏は「こうした災害は発生確率が読めず、すべてを守ろうとすれば費用は際限なく膨らむ。結果として、被災直後は過剰に投資し、数年後には風化するという繰り返しに陥りやすい」と説明。その上で、必要なポイントとして4つを挙げる。 

企業が考えるべき四つのポイント

第一に「守る範囲を絞る」ことだ。まず、業務ごとに「何日止まったら困るか」を決める。たとえば部品メーカーなら、顧客への納品は一日も止められないが、経理は数日止まっても困らない、というケースが考えられる。

「守るべきは納品」という守備範囲が明確になれば、それを支える出荷や保全の担当者の居住区域の冠水リスクなどを整理することで、リスクを見える化でき、打ち手も考えやすくなる。 

第二に「安い手はすぐ打つ」ことである。早めの一斉退社や在宅勤務への切り替え基準の明確化、近隣ホテルとの優先的な部屋の確保に関する協定の締結など、固定費がほとんどかからない打ち手は、発生確率にかかわらず実行すればよい。大規模洪水が起こらなくても、毎年の雨季に実際に役立つ可能性が高いからだ。新拠点の候補地や取引先の選定時に、通勤圏や物流ルートの冠水履歴を評価項目に加えることも有効だろう。 

第三に「重い投資は損益分岐で」という考え方だ。操業が一日止まった場合の損失を金額で把握して対策費と比較すれば、「何年に一度以上起きれば元が取れるか」が分かる。発生確率そのものを推定するのではなく、たとえば「20年に一度以上起きると思うか」という、経営者が判断しやすい問いに置き換えられる。

第四に「判断を残し、毎年見直す」ことだ。どこまでの損失なら許容範囲か、同規模の災害が再発したら次の投資に進むか、といった判断を明文化し、雨季前に点検する。被災後に本社から「なぜ備えなかったのか」と問われても、なぜそのように判断したのかという意思決定プロセスを示せれば、経営判断として説明がつく。「備えない」こと自体が問題なのではなく、「考えずに備えない」ことが問題なのだ。 

また橋本氏は、「社員の安全は費用対効果で測るものではなく、経営の前提条件」と考えている。社員の安全を守ることは企業の責務だからだ。さらに、災害時に会社が社員をどう守ったかは、人材獲得競争が続くタイにおいて、会社への信頼や人材の定着を左右する重要な要素にもなりうる。 

「大洪水はまた起こりうる」といっても、駐在員としての任期中に再び起こるとは限らない。それでも、企業としてどう備えるかを考え、判断し、後任へ引き継いでいく。災害対策を属人化させず、会社として風化させないことが、次の災害から事業と社員を守る力になる。

THAIBIZ編集部
白井恵里子

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