連載: タイ企業経営者インタビュー
公開日 2023.05.10
アジアのデトロイトと称されるタイではこれまで日系自動車メーカーが9割のシェアを占める日本の牙城だったが、ここにきて電気自動車(EV)を武器に中国系メーカーが攻勢をかける中で、自動車産業全体の勢力図が大きく変化し始めている。
自動車部品業界ではタイ地場企業が着実に成長してきているが、その中で日系メーカーのシャシに独自に設計したボディーを載せるというユニークなビジネスモデルを展開しているのが、タイルン・ユニオン・カー(Thai Rung Union Car)だ。同社のソムポン・パオエンチョーク(Sompong Phaoenchoke)社長に日本企業との合弁を含むこれまでの事業展開や、最近の中国メーカーの参入、タイでのEVシフトなどについて話を聞いた。
(インタビューは3月27日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTJRI編集部)
目次
ソムポン社長:タイルングループは私の父ウィチアン(Vichien)が1967年に設立した。グループは自動車製造・ディーラーのほか不動産事業も行っている。自動車産業では製品の研究開発、各種金型や装置の製造、金属やプラスチックの部品製造、自動車の塗装や改造などだ。3つのメイン事業は「自動車部品製造」、「自動車組み立て」、「タイルン(TR)ブランドの自動車製造」だ。さらに、最近では電動トゥクトゥク「MuvMi」の製造や、電動バスの研究開発・組み立ても行っている。
56年前の創業当時はいすゞ自動車の最初のディーラーとなり、部品メーカーから始めたが、自社開発製品を持つまでに成長した。われわれはタイでの自動車の使われ方を知っているので、自動車の完成車メーカーがやらないような製品を開発する。例えば、タイにはダブルキャブ(後部座席がある)のピックアップトラックがなかったので、タイ初のダブルキャブ改造車を作った。これまでにいすゞ自動車、日産自動車などの改造車を作っている。
ソムポン社長:タイ政府がジープのような車を欲しがったため、「TRトランスフォーマー」という自動車を開発した。車体デザインは自社で行い、トヨタ自動車のエンジンとシャシを利用した。主な顧客はタイ政府の災害防止担当部局や警察のパトカーだったが、政府の市場は小さいので、現在は一般消費者向けにも「トランフォーマー・Ⅰ」、「同・Ⅱ」を販売してきた。また国内販売だけでなく、マレーシアにも輸出している。しかし、販売台数年間200台程度とまだ少なく、今後、販路を広げていくつもりだ。
ソムポン社長:タイ政府は3~4年前に安全確保のため、国内の公共バン(ロットゥー)約1万6000台をすべてミニバスに変更する方針を打ち出した。しかし、新型コロナウイルス流行の影響で実施が延期された。今後、この市場がもっと拡大すると考え、EVのミニバスを開発している。1回の充電で150キロメートルの走行が可能で、中国から部品やバッテリー、モーターなどを購入し、自社で組み立てている。完成は間近で、現在は販売の準備中だ。
ソムポン社長:約30年前から中国企業と取引している。中国企業はこれまで安売りによる販売だけに力を入れており、アフターサービスがなかった。中国製の自動車は購入後に問題があっても、メーカーは責任を取らず、ディーラーが責任を負わなければならなかったため、タイ人は中国の自動車に対して悪いイメージを持っていた。しかし、上海汽車グループの「MG」ブランドが入ってきてから状況は改善され、タイ人は中国の自動車を受け入れつつある。
ソムポン社長:タイのEVシフトのトレンドは強いが、需要と供給が大事だ。結局、EVの普及を決めるのは消費者だ。自動車はそれぞれの用途があり、内燃機関(ICE)車からEVに100%切り替えることは不可能だろう。現在、EVが成長しているのは政府が外国企業の生産拠点移転を防ぐため、補助金など大規模な支援をしているからだ。しかし、ずっと続けることはできない思う。最後は、消費者のニーズや使用目的によって多様化していく。例えば、都市部での短距離はEVを利用して、長距離の場合はICE車が適している。
ソムポン社長:タイ政府はEVに多額の補助金を付けているが、タイが本当にEVの生産拠点になれるかを懸念している。例えば、ピックアップトラックでは現在、約8~9割はタイで生産した部品を使っているが、EVの国内生産ではタイ国内部品は2割しか使われないだろう。なぜなら、タイ国内での生産を義務付けているのはエンジン、バッテリーと一部の部品だけだからだ。
この制度ではEVの国内生産における付加価値を高めることはできない。中国からの部品の方が安く、タイで生産する必要がなくなるため、シート、ワイヤーハーネス、ボディーは全てタイ国内生産をやめざるを得なくなり、タイでは完成品を組み立てるだけになってしまう。確実にタイの自動車部品産業のサプライチェーンに影響を与えるだろう。
タイをEV産業の生産拠点にするためには部品の国内生産を60%以上にすることでEV産業の国内付加価値を高める必要がある。しかし、今の政策からはこうした方向性が見えない。今の制度のままなら、最後は中国製の部品がタイの自動車部品の市場シェアを奪っていくことになるだろう。
ソムポン社長:われわれは自動車部品だけでなく、多くの合弁事業(JV)も行っている。例えば、2014年に共和産業と共和タイルンというキャビン製品製造販売会社を設立した。クレーンやトラクターなど建設機械、農業機械用キャビンの製造販売や、組み立てを行う会社だ。
タイと日本は文化的にも近く、それぞれの強みをどう生かすかが重要だ。また、タイが国際的な競争力をつけ、国際ビジネスにおける信用を獲得するのには長い時間がかかる。日本が開発に参加することで、顧客はより安心できるようになる。日本側もビジネスの成長がより早まるメリットもあるだろう。
例えば共和産業が海外に輸出するクレーンやトラクターのキャビンを生産する場合は新しい工場を建てなければない。しかし、生産量が多くない段階ではわれわれの工場で生産し、生産量が増えてきてから自社工場を開設しても良いだろう。他にも日本のデルタ工業と合弁で自動車シートの生産会社のデルタタイルンを設立。トヨタ自動車グループとは車体生産会社タイオートコンバージョンを設立する協業をしている。
ソムポン社長:良いパートナーを選ぶことができたら、日本側はタイのパートナーとの信頼関係を高めるべきだろう。私は、日本人経営者が3~4年ごとに変わり、新しい人が来ると会社の方針も変わり、会社の営業効率が落ちてしまう事例を見てきた。日本人経営者がタイ人を早く理解する方法を重視し、タイ人経営者の意見をもっと聞くべきだ。さらに、事業拡大のチャンスを減らさないためにも取引先を選ぶ際のさまざまな制約を減らしたほうが良い。タイでの合弁会社を利用して、中国や他の国の企業などと取引できるようにしたら良いだろう。そうすれば、日本の顧客だけでなく、より幅広い顧客を獲得できるようになる。
TJRI編集部
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