カテゴリー: 協創・進出, 対談・インタビュー, スタートアップ
公開日 2023.07.04
TJRIニュースレターでは、これまで、日本のスタートアップがタイの財閥や国営企業などにプレゼンテーションを行うピッチイベントを紹介してきた。日タイの「新たな共創の型」の1つになればとの期待もある。これらのピッチイベントをきっかけにタイに拠点を置き、ビジネスをスタートさせた企業も出始めている。
確かな成果が結実しつつある中で、TJRIでは5月末にタイで活躍する日系スタートアップ3社のタイ拠点のトップを招いた座談会を開催した。モデレーターには、在日本政府が主催する「Rock Thailand」(CPグループ共催)や「Zest Thailand」(PTTグループ共催で8月に開催予定)の企画・運営など日系スタートアップのタイや東南アジアへの進出の後押しに奔走してきた在タイ日本大使館の前・経済担当書記官の佐野正太郎氏(経済産業省製造産業局自動車課総括補佐)にお願いし、mediatorのガンタトーンCEOも参加した。座談会の詳細を上下2回に分けて紹介する。
目次
佐野氏:この座談会は、これからの時代に日本とタイのビジネスのプレーヤーがどのような関係を築いていくべきか、同世代の若手経営者の皆様とともに、思いを馳せてみたいと思います。背景の一つには、タイにおける日本のプレゼンスがどうなっていくか、ある種の危機感があります。タイで新しい取り組みに挑戦するスタートアップの事業構想やアクションにそのあたりをひも解くヒントがあるように思います。
在タイの日系企業数6000社という数字は世界第3位です。1位の中国に続く2位のアメリカは約9000社で、ベトナムやインドネシアは2500社程度です。圧倒的な産業集積を誇るタイは、日本がグローバルスタンダードにのっとって世界展開を仕掛けるためのいわば「出島」です。
一方で、新興国の経済成長に伴い相対的に日本の競争力が低下する中、日本企業は周りの状況変化を受け止めて、従前の成功体験から一線を画した、新しいアプローチを考えなければいけなくなっています。かつて製造業は安い労働力や市場性を求めて海外展開してきましたが、経済や人材の水準などが成熟してきたタイでは、これからは一緒に「ゼロイチ(まだ世の中に存在しない製品やサービス、価値を作り出すこと)」で新たな価値を創る「共創(co-creation)」の発想が大事です。
今やプレーヤーは大企業だけではありません。新しく生まれた企業がその役割を担っていく。もっとも、「スタートアップ」とは、必ずしも若い企業や若い経営者ということではなくて、新しい取り組みに挑戦する企業や人のマインドだと思います。新しい時代の日タイ経済の担い手を応援していくことは企業規模に関係なく日本の国益にもつながるというという想いです。
本日は在タイ日系スタートアップとして第一線で御活躍の皆様から、なぜ海外に出ようとしたのか、なぜ東南アジアのタイにしたのか、そのあたりのお話も伺いながら、新たな日タイの経済関係の形を探ってみたいと思っています。
佐野氏:それでは、まず各社の会社紹介を3人の中でタイでの事業開始が最も早いFlare(Thailand)の神谷和輝CEOからお願いします。
神谷氏:2017年7月にタイで起業しました。資金調達は日本の本社でやっていますが事業の展開先は東南アジアです。事業内容はスマートフォンを使って、四輪車・二輪車の運転動体を可視化し、良い運転をし、保険料を安くするための改善点をアドバイスするソリューションを提示しています。
もともと私は2010年にタイに来て別の会社を経営しており、その会社は日本からの受託で成り立っている会社でした。ある会社の方から「タイにいるならタイの社会問題を解決したほうがよい」とのアドバイスを受けました。そこで渋滞の多いタイで、自家用車にラッピング広告を貼り、ドライバーは走行距離やインプレッション数に応じて広告収入を得るビジネスモデルで今の会社をスタートしました。しかし、「シリーズA」の資金調達をした翌週に新型コロナウイルス感染拡大の影響で空港閉鎖になり、外出禁止令も出てしまいました。渋滞は解消され、快適な道路になり、資金調達をした翌月には売上高がゼロになってしまいました。
そこで広告を貼った運転手が事故を起こした時に、広告主から運転手の運転技術を把握していないのかと指摘されたことを思い出し、運転手も皆、スマホを使っているので、スマホで運転技術がわかるようになればと今のビジネスモデルを発想しました。その後、四輪・二輪メーカーとも実証実験を行い弊社の精度を認めてもらいました。
佐野氏:続いて、Zeroboard (Thailand)(ゼロボード・タイランド)鈴木慎太郎代表と、Neural Group Thailand(ニューラルグループ・タイランド)の竹中一真CEO兼Managing Directorにお願いします。
鈴木氏:弊社Zeroboardは企業や製品、サプライチェーン全体の温室効果ガス(GHG)排出量の算定と可視化を行うクラウドサービスを提供しています。2022年8月に長瀬産業、アユタヤ銀行、豊田通商、三菱商事、住友商事のパートナー5社とともに、タイでの事業展開を開始しましたが、タイ法人の設立は今年3月末です。タイで事業展開してまだ2カ月です。本社は東京で、2021年8月に創業し、今年3月にはシリーズAで合計約25億円の資金調達を完了したところです。現在、上場企業を中心に約2400社にご利用いただいています。
私自身、前職の日系事業会社の駐在で来タイし、新規事業の立ち上げを行っていましたが、コロナになって私が担当する事業が撤退となってしまいました。その後、商社業をやっているタイ人のみのローカルスタートアップに移り、日本発の環境配慮型素材など、日本のプロダクトを持ってきてタイのバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済に貢献するようなビジネスをやっていました。その後に縁あってゼロボード創業者や幹部らと出会い、ゼロボードのタイ法人の立ち上げおよび現地事業の責任者としてスタートすることになりました。
竹中氏:ニューラルグループは2018年に創業した人工知能(AI)領域のスタートアップです。「AIサービスをはじめとする最先端テクノロジーで心躍る未来を」というビジョンのもと、主に街空間に設置したカメラ映像を、AIを用いて解析し、街情報の可視化・発信をするスマートシティーサービスを展開しています。
これまで現地で撮影した映像をAI解析するには、大規模なサーバーを準備し、現地の映像を送信するネットワークを構築する必要があり、特に大規模に実施する場合にはコストや遅延の観点で課題がありました。当社では、カメラのそばにエッジ機器と呼ばれる小さな産業用コンピューターを設置し、エッジ機器内で全てのAI解析を完了させるため、より安価かつ低遅延でのAI解析が可能です。
また、エッジ機器内でAI解析が完了した後、映像は機器内で削除できるため、個人情報保護の観点でも優れています。AIのエンジン開発やデータ学習を含め、自社内で一貫したエンジニアリング体制を持っており、エッジ機器の限られた容量のなかでも、100%水準の高精度なAI解析ができる点に強みがあります。
ポケットサイズのデバイスによるAI解析とLEDビジョンをはじめとする情報発信媒体とを連携させることで、われわれが思い描くスマートシティーのコンセプトである「待ちのない街」「情報に出会える街」の実現を目指しています。
画像解析領域は言葉や文化のハードルが小さいため、創業当時から海外での事業展開を意識していましたが、コロナ禍を経て、ようやく本格的な海外進出ができるようになりました。昨年11月に初の海外現地法人としてタイ法人を設立し、本社からの出向2人とタイ人従業員4人の計6人で事業を立ち上げました。
神谷氏:スタートアップに必要なのは「ヒト」と「カネ」です。協業相手は力のある大企業や財閥企業の方が望ましい。しかし、スタートアップがいきなり大手財閥企業に行っても、「誰?」ということになってしまう。そこで、2016年に、「Rock Thailand」の先駆けとなる大使館主催イベント「Embassy of Pitch」に参加させてもらいました。
佐野氏:タイの財閥もスタートアップを探している。これは相思相愛ですね。大使館はこうした動きに注目し、日系スタートアップと在タイ企業のネットワーキングとして、タイ側のドアをノックするという力添えをやってきました。
神谷氏:スタートアップが海外の財閥と提携するにはそれなりのリスクがある。そのときに、日本政府のある種の仲介として、そういう場をスタートアップが活用できるのはありがたい。
鈴木氏:タイに進出した理由は2点あります。1点目はユーザー様からのニーズです。最近日本でもタイでもカーボンニュートラルやネットゼロなどのキーワードを聞かない日はないです。このようにグローバルに脱炭素が加速していく中で、日本の上場企業では金融市場から財務諸表だけでなく気候関連財務情報を開示することを迫られています。日本での省エネの取り組みが一巡し、さらに排出量を削減するためには、取り組み余地が残されているサプライチェーン上の取引先または海外拠点の脱炭素化を進める必要があり、その排出量の可視化について多くのお問合せをいただいていました。
このような背景から、海外拠点、海外サプライチェーンとの取引が多く、脱炭素を目指すパートナー5社とともに、アジアでの脱炭素経営支援を開始することとなりました。その中でも、アジア展開の第一弾として日本企業が多くの製造拠点を構えるタイへの進出を決めました。
2点目は、去年「Rock Thailand」の第4回に登壇したことをきっかけに、そこからタイ財閥企業から直接お問い合わせいただくこともたびたびあり、タイには在タイ日系企業以外のタイ現地企業にもニーズがあるのではないかと考えました。日本もタイも2050年のカーボンニュートラル達成を目指すことは一緒なので、在タイ日系企業だけでなく、タイ企業にも脱炭素経営支援で貢献したいという想いからタイ進出を決めました。
佐野氏:「Rock Thailand」の聴衆には共催のCPグループだけでなく著名な財閥の幹部もいますから、これをきっかけにさまざまなタイ財閥と出会えた、というのは企画側としてもとてもうれしい話ですね。
竹中氏:日本では行政主導でのルールづくりの成果もあり、街空間のカメラ映像の解析に対して社会受容も進んできましたが、欧米では人権意識や個人情報保護法の観点から、同様のサービス展開はなかなか難しいのが現状です。一方で、中国では国を挙げてこの分野が推進されており、プレーヤーも多くいます。東南アジア諸国連合(ASEAN)は経済成長が著しい魅力的な市場でありながら、まだ市場を牽引するようなプレーヤーはいないと見ています。スマートシティーのフォーマットづくりから入り込むことで、旺盛なスマートシティー開発へのニーズを取り込みたいと考えました。
進出先をタイにした理由は大きく3つあります。まずは当社サービスとの親和性です。深刻な交通渋滞や交通事故といった社会課題や、新しいものをいち早く取り入れることが好きな国民性が、「待ちのない街」「情報に出会える街」とのコンセプトにまさにフィットすると感じました。2つ目がアジア有数の規模を誇るタイ財閥企業の存在です。先人たちや日本政府のおかげで、日系スタートアップへの期待や信頼も厚く、経営ファミリーのテック技術への高い興味を感じています。3つ目は日系企業6000社が培ってきた現地の厚いネットワークです。
タイ法人設立直後には、佐野さんにもサポートしていただき、「Rock Thailand」に登壇しました。そこから、CPグループのデジタルマーケティング機能を担うEggDigital社との事業提携をさせていただくなど、名だたる現地企業との関係ができました。まだスタートしたばかりですが、「Rock Thailand」をドアノックの機会として活用させていただき、今、いくつかのドアが開きつつある状況です。
竹中氏:まだこちらに来て半年程度ですが、日本に比べて、意思決定はトップダウンで、目の前の課題解決への大きなインパクトを求められるケースが多いと感じています。日本ではまず1カ所での導入予算を確保してもらい、担当部署の方に効果を実感して頂きながら、少しずつ規模を拡大していくケースが多いのですが、タイでは経営層に興味を持っていただくと「全施設にフルスペックで入れよう。セットでこんな機能も開発して欲しい」という大きなスケールの話になります。
とはいえ、担当部署との調整段階になると、担当部署では予算を持っていない場合も多く、「上手くできたら全施設で導入するので、まずは無償で入れて欲しい」と言われることも多くあります。無償での対応はなかなかハードルが高いのですが、国際協力機構(JICA)など日本政府が最初の一歩をサポートしてくれる制度もありますので、上手く活用しながら実績を積み重ねていきたいと思っています。
佐野氏:冒頭に言及した「共創」というのは、経営の方針や戦略さえも東南アジアとハイブリッドにしていくことかもしれません。その意味で、共同出資は今の時代には意外と価値観として見直されてきているのではと感じています。
竹中氏:ニューラルグループでは、4月にソニー株式会社との資本業務提携を発表しました。グローバルなネットワークを持つ企業から応援をしていただけることになり、グローバルな事業展開において、非常に心強いパートナーシップになると考えています。今後も国内外のグローバル企業を中心に資本提携を推進し、一緒になってスケール感の大きな事業での共創を模索したいと思っています。
鈴木氏:われわれは温室効果ガス(GHG)データのプラットフォーマーとして中立的な立場でお客様の脱炭素経営を支援するのが役割なので、どこかの財閥の色がついてしまうと規模を拡大していった時に財閥の色が濃くなってしまいます。
一方で、昔ガンタトーンさんの記事でも読んだのですが、日系企業はタイ投資委員会(BOI)の制度により独資でタイに進出し、日系企業同士でビジネスをしている。その間に中国はタイの財閥と組んでやっている。日本企業のタイでのプレゼンスが下がっているという状況もあるので、われわれとしては出資なのか、スタートアップがどうパートナリングするか、タイ企業がわれわれと組むメリットはどこにあるのかも考えています。タイでビジネスを広げていくためにローカル企業との協業も必須と考えています。
佐野氏:タイは製造業が多いですが、日本のサービス業も多数進出しています。ビジネス環境、駐在生活、精神面などタイに立地するメリットはどのようなものでしょうか。
神谷氏:日本の実家より楽ですよね。フードデリバリーが浸透しているので、家にいてもラーメンが届く。タイは指一本で買い物もできるし、日本食もある。世界で頑張る日本人でさまざまな国で活躍している人がいますが、タイはその中だと割と住みやすく私生活でのストレスは比較的低いと思います。
竹中氏:タイで人材募集をしていると、過去に日系企業に在籍経験のある方からの応募が多くあります。彼らも同じ日系企業という安心感があるのだと思いますが、日本が好きな方、日本式の仕事の進め方に理解がある方が多くいるというのは、少数精鋭で事業を回していく必要があるスタートアップにとっては、非常に恵まれた環境だと思っています。もちろん、タイ現地のカルチャーに適合していくことは大事ですし、その努力をする必要はありますが、タイ人はなんとなく腹の内を分かってもらえることが多く、正直仕事はやりやすいと感じています。
鈴木氏:プライベートについて言うと、家族も生活がしやすい。バンコクのスクンビット、サトーン周辺はお客さんも会食の場も集積していてやりやすい。企業とのパートナリングの話だと、まず在タイ日系企業の脱炭素支援をしたいということで日系企業のパートナーが必須です。スタートアップであるわれわれが大手企業にドアノック営業をやっても立ち行かない。そこで、一緒に脱炭素経営支援に取り組んでくださるパートナーの商社や銀行の協力は必要不可欠で、彼らの存在が弊社のタイ事業展開の中でキーになっています。パートナーの助けがあるからこそタイで事業展開できている。
佐野氏: 6000社という日本のぶ厚い産業集積が進出の決め手、といえそうですね。日本料理の浸透も日本流の仕事のカルチャーも、その背景には製造業を中心とする日系企業の事業活動や駐在員のタイでの営みの積み重ねがあります。先人たちが築いてくれた日本の地位が、この時代に皆様のようなスタートアップをタイに惹きつけているのですね。
TJRI編集部
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