カテゴリー: 協創・進出, 対談・インタビュー, スタートアップ
公開日 2023.07.11
TJRIが5月末に実施した、日系スタートアップ企業3社のタイ法人トップを招いた座談会記事の(上)では、各社の事業概要やなぜ進出先としてタイを選んだのか、そして日タイの商慣行、ビジネス環境の違いなどをめぐる意見交換を紹介した。今回の(下)では、タイの起業家や若手経営者に対する見方や、東南アジアへの展開を含む今後の事業展望などに関するパートを掲載する。
目次
佐野氏:タイの起業家、あるいは企業の経営幹部、創業家の方々と接して、日本の若い世代として何か感じることはありますか。例えば、欧米の高等教育を受けているタイのビジネスパーソンは欧米とタイのハイブリッドのような面もあるのか。良いところ悪いところも含めてエピソードがあれば教えてください。
神谷氏:タイのスタートアップ起業家は良い意味で堅実な人が増えたなと思っています。例えば、クラウド会計SaaS(Software as a Service)の「FlowAccount」は「Sequoia(セコイア) India」から投資を受けるなど、世界標準のベンチャーキャピタル(VC)から投資を受けるスタートアップも出てきました。
他方で、タイ語という特殊な言語の国で、ある程度の人口や産業もありますから、自国内だけで事業をする人も多いのは日本と似ているかもしれません。人口がタイの半分くらいのマレーシアなどでは配車大手グラブ(Grab)などユニコーンに近いメガベンチャーやメガスタートアップもありますが、タイであまり出てこないのは自国内だけでやり取りするからなのではとも思います。
私もタイで起業しましたが、他の東南アジアと比べてタイは「シリーズA」以降の投資が集まりにくいと思っています。また、インドネシアやインドなどは人口が多いので、同じようなサービスを展開していてもバリュエーションの付き方が全然違ってきます。展開領域によっても異なりますが、大きくなるためにはタイから外に出るという選択肢が次世代の課題かなと思っています。
佐野氏:タイのスタートアップでユニコーンが少ないのは、財閥の内製型で生まれるからとか、生まれてもすぐに財閥系などに吞み込まれてしまうからとかといった仮説もありますよね。後半のお話は、日本のようにそれなりに大きな市場があって、いろいろな「空気を読む」といったような「非認知的」な参入障壁で守られている市場だから、日本と同じようにユニコーンは出てきにくいのかもしれません。
神谷氏:そうですね。グラブはマレーシアだけでなくシンガポール、タイ、インドネシアとか市場がすごく大きい。だから投資家も投資しますよね。
佐野氏:ところで、皆さんはタイのファミリービジネスなど20代~40代で次の経営を担いそうな人物との交流はありますか。どんな印象でしたか。
鈴木氏:お会いしたことのある若手の経営者だと、親が工場を経営しているファミリービジネスで、息子さんや娘さんが社長となった関連会社と取引することはあるのですが、皆さんシンガポールや欧米などの大学でMBAを取っていてかなり優秀で、欧米ナイズされた方が多いなと思いました。彼らもただファミリービジネスを継ごうとしているわけではなくて、例えばオイル&ガス系のビジネスだと、私が次の社長になるときには石油ビジネスから脱却してソーラービジネスをやりたいなど、時代の潮流に乗ったビジネスをしようとしている方が多いようです。
神谷氏:タイ人の都市部の若い層は彼を支持していました。
竹中氏:彼はエリート代表のような経歴だと感じます。タブーを気にしないストレートな発言も多く、同じようなコミュニティ層から支持を集めることは分かりますが、そうではない人からも支持を集めています。エリートが再生産されるようなタイの階級社会に不満を感じている人も多いのではないかと思っていたので、皆から支持を集めている理由を知りたいと思いました。
ガンタトーン氏:私も私の同級生も皆、オレンジ(前進党)に投票しました。変化を期待しているからです。タイは700~800年続いている階級社会ですが、上が良い人なら階級社会でも良いし、独裁だって良い。ワンマン社長だって、サラリーマン社長だって良い。ただ、今は自分たちの未来を託せるリーダーではない。私たちは特別な国になってほしいと思っているわけはなくて、世の中の変化についていける人が欲しかっただけです。若者は変化を求めています。(新未来党の党首だった)タナトーン氏とピター氏の共通点は、実家の事業をやっていて、ビジネスマンとしての成功体験も失敗体験も持っていることです。
佐野氏:抑圧された800年の時を経て、タナトーン氏、ピター氏が出てきました。タイ人はどのような変化を求めているのでしょうか。やや飛躍しますが、そのような大きな変化の中で、スタートアップのような新しい企業がビジネスチャンスを見い出すことができるかもしれません。
ガンタトーン氏:人間は本来、変化を好まない。ただ、今これだけ変化を求めているというのは「Uncomfortable」だからだと思います。知識層も屋台のおばちゃんも、他がダメ過ぎて、選択肢がないということで変化を求めているというのが実態なのではないかと思います。オレンジをつくったのはタイ国民です。ピター氏が変化を起こした。
ガンタトーン氏:山田長政の時代から数百年間、タイ人の考え方は何も変わっていません。自分たちの強み弱みを分かっていて、上手く外国人を活用していく。日本企業がたくさん来てくれて、日本企業は凄いねと。ただ、日本企業が良いものを出せるネタが減ってきている。ただ国としては存続していかなくてはいけないので、良いものを出してくれる次の国はと考えると、中国だったりする。自国を守るために自分の弱いところは素直に外国人に頼ろうとしている。
スタートアップがなぜタイで評価されるのかというと、山田長政だからです。つまり、タイの財閥企業にとって、協業する企業の規模やステータスは関係なく、あなたに能力があるなら私は正当に評価すると。それを後押しするために大使館や経済産業省のお墨付きがある。実際に話を聞いたら「凄いやつ」だから。聞いてもらえるチャンスや雰囲気をつくれるのは日本政府の役割で、「Rock Thailand」の仕掛けは上手くできているなと思いました。
佐野氏:なるほど、時代にマッチしているのですね。一方で、タイには外国頼みから変わりたいという感覚もあるように思います。バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済は、外国に頼ってきた経済発展モデルから「ゼロイチ」のモデルを創ろうということ。外国資本がやって来て「これをどうぞ」というよりは、スタートアップがタイに乗り込んで来て「一緒に大きくなっていきましょうよ」という投げ掛けが、タイの社会にはまっているのかなと感じます。その意味でも、「令和の山田長政がスタートアップ」というキャッチフレーズはいいかもしれません。
ガンタトーン氏:個人的には、BCGが出てきたときに「タイ政府はようやく分かってくれたか」と思いました。50~60年前に、車1台をつくって100万バーツで売る、田んぼから収穫するおコメを100万バーツで売るために何ヘクタールも作らないといけない。だから「日本人来てください」という考え方だったんですが、自動車産業は、タイが本来持っている資源の強みは一切ない。安い労働力だけ。
当時からBCGに気づいて、50~60年前からやっていれば「スーパーバイオ」の国になっていたと思います。ようやく成熟してきたが、自国のブランドがない。まだ3割が農家でGDPでは10%もない。BCGも自国だけでできるかというとできない。海外に頼ろうとすることは変わっていません。方向性が正しくなっただけです。
竹中氏:日本で展開してきたビジネスモデルを、タイ向け、グローバル向けにトランスフォームをさせながら、タイに進出した昨年の当社グループの売上高規模(約29億円)を、まずはタイを中心としたグローバルで実現したいと思っています。「日本発のAIグローバル企業」として、タイから他の東南アジア諸国連合(ASEAN)へ、そして中期的にはASEANを起点により大きな市場を目指したいです。
個人的には、「アメリカのベンチャー市場は桁が1つ違う」と言われていますので、アジアで地盤を固めてからアメリカに挑戦して、そういうスケール感の世界を見てみたいという想いもあります。
鈴木氏:日本のプレゼンスを高めたいという想いもあり、在タイ日系企業やタイ企業の脱炭素支援をやって日本のものづくりの競争力を守っていきたいと思っています。われわれは日本政府が主導する「アジア・ゼロエミッション共同体(AZEC)」にも共感しており、まずは東南アジアを攻めていきたいと考えています。日本企業の拠点も多い東南アジアで脱炭素の取り組みのルールメイキングから入っていきたい。まずはタイおよび周辺国に展開していこうと思っています。
神谷氏:ようやくコロナ禍で実行したピボットも完了し、昨年はそれなりの業績で終えることができたので、それを伸ばしていく段階で、引き続きタイをベースにやっていきます。ただ、すでに10か国にソリューションを提供しており、タイを拠点にしながら、東南アジア各国のほかエジプトやケニアでも使われているので、将来的にはアフリカにも広げていきたいと思っています。来年にはタイの交通事故に対するアウトプットも出せそうなので、今はそこを深掘りしてやっていくところです。
佐野氏:ありがとうございました。「事業で社会を変える」という経営者の力強い想いがたくさん聞けました。東南アジア、特にタイを皮切りに世界展開をしていく、というのもクリアになりました。ぜひ日本のプレゼンスを高めるために、タイで世界戦略の足掛かりを作っていく。そして、東南アジア、南西アジア、中国、アメリカなど世界展開を見据えていただけると嬉しいなと思います。
大使館も、「ノックドア」などのサポートはしっかりやっていきます。今年から「Rock Thailand」に加え、「Zest Thailand」という名前のスタートアップピッチをタイ国営石油会社(PTT)と共催で行います。8月7日に第1回を開催します。ちなみに、「zest」には、「熱意を持つ、熱情をもって楽しむ」という意味があります。
「共創」の1つの方法論として、東南アジアを代表する財閥や国営企業が日本政府と手を組むことで、日系企業やスタートアップがタイでノックドアしやすくなる、事業展開しやすくなる、という事業環境をつくっていきたいと思っています。
次の段階の支援としては、例えば、国際協力機構(JICA)や日本貿易振興機構(ジェトロ)など、共同実証など事業化の最初のフェーズをサポートする取り組みも進めています。「アジアDX補助金」という支援策も、東南アジアから世界展開の形をつくるという狙いがあります。官民連携の形をより具体化していければと思います。
本日は大変、有意義な議論で勉強になりました。ありがとうございました。
ガンタトーン氏:日本企業でタイ語でのニュースをメディア戦略でやっているところはあまりないと思います。タイの企業は面白いなと思わせるブランディング戦略をたくさん見るのに、企業価値そのものブランディング広告を高めることを日系企業はほとんどやっていない。大きな看板でブランド認知度を高めるのではなく、みんなが消費しているメディアやいろいろな知識層が参考にしているようなところに出してほしい。
タイ国に対する情報発信をやっていかないと日系企業は勝てないと思っています。 日本の技術の伝道師がいないので、そんな人がいたらいいですね。例えば、タイでは富裕層やミドルアッパーくらいの人たちが見ているYouTuberで、技術オタクみたいな人もいます。そういう人たちに日本の技術等を紹介してもらったらいいなと思っています。
TJRI編集部
タイのオーガニック農業の現場から ~ハーモニーライフ大賀昌社長インタビュー(上)~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
タイ農業はなぜ生産性が低いのか ~「イサーン」がタイ社会の基底を象徴~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
「レッドブル」を製造するタイ飲料大手TCPグループのミュージアムを視察 〜TJRIミッションレポート〜
食品・小売・サービス ー 2024.11.18
第16回FITフェア、アスエネ、ウエスタン・デジタル
ニュース ー 2024.11.18
法制度改正と理系人材の育成で産業構造改革を ~タイ商業・工業・金融合同常任委員会(JSCCIB)のウィワット氏インタビュー~
対談・インタビュー ー 2024.11.11
海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~
ビジネス・経済 ー 2024.11.11
SHARE