カテゴリー: ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.06.28
ロシアによるウクライナ侵攻という歴史の教科書でしか知ることはないと思っていた大国による侵略戦争の映像を目の当たりにして、人間の知性と文明がほとんど進歩していなかったことに愕然とする。そして戦争がいかにリアル経済に大きなインパクトを与えるかを実感している。ただ、マスメディアで最も旬なニュースになっている燃料価格や食糧価格の高騰に関しては既視感がある。
それは2008年夏をピークとする米国発の金融・商品の大投機相場と似ているからだ。今号のFeatureでは世界の食糧需給や中国などアジア経済のデータ分析で知られる川島博之氏に緊急寄稿していただいた。農業大国のタイにとっても国際穀物価格の見通し、そして為替動向含め金融情勢は無視できないはずだ。
食糧危機だと大騒ぎになった2008年ごろの金融情勢をごく簡単に振り返ってみる。2005年ごろまで長期間続いた低金利によるカネ余りで資産価格が高騰。米ゴールドマン・サックスに象徴される国際金融資本に煽られる形で投機マネーは不動産や株から原油、そして穀物にまで向かった。ニューヨーク原油先物相場は2008年7月に147ドルの史上最高値を付け、またシカゴ市場のトウモロコシ、大豆相場も同じ頃にそろって急騰。食糧危機論が喧伝された。
しかし、低所得者向け高金利型(サブプライム)住宅ローン問題がきっかけで2008年9月に米大手投資銀行リーマン・ブラザーズが経営破綻し、100年に1回と言われる世界金融経済危機、いわゆる「リーマンショック」が発生。これを受けて原油相場は2008年末には32ドル台まで暴落。1~2年の間に通常の2~4倍の水準まで吊り上げられていた穀物相場も急落した。これは作物の不作などの個別の需給要因が主因だったというより、「金融相場化」したことが大きかった。食糧危機も世界需給のひっ迫というより、投機マネーの参入による価格の高騰で一部途上国の構造的問題が顕在化したことが大きかったことが徐々に分かってくる。
(参考「検証:米国農業革命と大投機相場」増田篤、時事通信社、2010年)
今回の小麦を筆頭にする穀物相場の高騰はロシアのウクライナ侵攻がきっかけだったことは間違いないが、川島氏が指摘するように戦争前の2020年から国際穀物価格の上昇は始まっている。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年の世界金融危機を乗り切るために超低金利政策に加え、量的緩和(Quantitative Easing)を3回にわたって実施、2021年まで継続していた。こうして市中にお金がジャブジャブに余り、投機資金は再びさまざまな市場に流入した。今後、世界的なインフレ高進に伴いFRB主導で世界の中央銀行は金融引き締め政策に向かうとされる中で投機資金が縮小すれば、穀物相場も沈静化していくだろう。
2008年の世界金融危機の教訓は穀物などの商品でも金融市場の変動に大きく左右されてしまうということだ。そういう意味では、タイの農業・農産物輸出関係者も国際金融市場のからくりを知り、その背景要因、動向に注意を払う必要はあるだろう。
米国在住ストラテジストの滝沢伯文氏は、ウクライナ危機の背景を説明する中で、通貨覇権をめぐる興味深い攻防を指摘している。米ドル紙幣と金との兌換一時停止を宣言(ブレトン・ウッズ体制の終結)したニクソンショック後、「米国はドルを原油と穀物に関連付けた。サウジアラビアに対し米国がサウジから輸入する原油の支払い代金をドルにするように求め、『ペトロダラー』が始まった。さらに中南米の軍事政権を支援する代わりに穀物貿易もドル建て決済をするよう迫った。これらの結果、ドルは金から離れても覇権通貨(基軸通貨)の座を維持した」と説明する。
そして今回のウクライナ危機の中で、ロシアが天然ガスや穀物を武器にルーブル防衛策をとったものの、ルーブルがドルに代わる基軸通貨になれるわけではないと明言。米ドルが今後も石油を裏付けとする基軸通貨の座を維持できるかが、台頭する中国との覇権争いの中でも一つのカギを握るとの見方を示している。
滝沢氏は米国務長官を務めた国際政治学者ヘンリー・キッシンジャー氏の “Who controls the food supply controls the people; who controls the energy can control whole continents; who controls money can control the world.(食糧を支配する者は人々を支配する、石油を支配する者は諸大陸を支配する、お金を支配するものは世界を支配する)”という言葉を引用してコメントを締めくくった。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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