カテゴリー: バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.11.28
タイ・バンコクでは先週も主要産業分野の展示会・国際会議が相次いだ。1つはバンコクで最も有名な製造業の展示会「METALEX」で、会場であるバンコク国際貿易展示場(BITEX)の会場を訪れてみると、通常の展示スペースの場外に数多くのブースがはみ出して設置されているのに驚いた。新型コロナウイルス流行による規模縮小を経て、今年の展示会場はコロナ前をも上回る規模に拡大していた印象すらあった。そして、国別の出店数ではやはり中国企業が急増していたようだが、それぞれ小規模だったようで、メーンフロアでは日本の大手工作機械メーカーのブースが相変わらず大きな存在感を示していたのに少しほっとした。
一方、バンコク都心の人気の展示会場クイーン・シリキット国際会議場(QSNCC)では規模は小さいが興味深い二つのイベントが開催されていた。1つは「スマートシティーEXPO」であり、隣のホールでは「International Hemp Expo and Forum 2023 (国際ヘンプエキスポ)」という、大麻ビジネスの国際イベントが行われていた。タイでは、昨年の大麻自由化以後、街中に一気に大麻ショップ(dispensary)があふれ、問題視されているが、このイベントに参加した日本人の専門家の話を聞いて、タイなどでの大麻産業のポテンシャルを再確認できた。
「今日上映させていただいた映画は、『麻てらす』シリーズの1作目です。2作目もできています。それは、末期がんで余命1年と言われた方が大麻を吸って治ってきたが、法律違反なので捕まって裁判になり、裁判の途中で天国に行ってしまうという話です。そして今、3作目を作っています。それは、タイの大麻事情を描いた作品です。今、タイの各地を廻っており、ファームとか、ショップとか、ドクターとかを撮影しているところです。タイだけでなく、アジア、あるいは世界の原点の草が大麻なのです。麻を描くこと、それは未来を描くことなのです」
アジア国際ヘンプエキスポの会場内で、23日行われた日本映画「麻てらす」シリーズ第1作の「よりひめ 岩戸開き物語」の試写会後、吉岡敏朗監督が壇上でこうあいさつした。日本で「大麻を再発見する旅」をドキュメンタリーにした映画が「麻てらす」だ。ホームページでは、「日本人の精神性にも大きな影響を与えてきた大麻の文化性と、世界的にも注目を集める“衣・医・食・住・農・エネルギー”などさまざまな分野にわたるその利用法に着目し、大麻が次世代を導き、可能性を“てらす”役割を紹介する」映画だと説明されている。
吉岡監督は筆者の取材に対し、改めて「大麻と麻薬は違うものだと考えている。そもそも草が違う。麻薬はケシで、モルヒネとして使われている。大麻は少し眠くなるとか、酔ったような現象になることあるが、凶暴になるとか、悪い夢を見るとか、違うものが見えるとかの事例を一回も聞いたことはない」と強調。そして、「大麻を産業用で使っていこうというのは世界の方向性で、日本がいくら止めようとしても止まらない。大麻、麻を使っていく時代に入っている。過去の偏見がない若い人たちからだ」と訴えた。
タイ政府は、現在策定中の大麻(カンナビス・ヘンプ)法でもカンナビスを「麻薬」に再指定せず、「管理されたハーブ」として定義づけ、カンナビスの医療目的の利用は維持する方針だ。一方、テトラヒドロカンナビノール(THC)の含有量が0.2%超の抽出物は引き続き麻薬扱いとし、カンナビスを娯楽目的で使用する抜け穴を封じるなどの規制を強化するという。しかし、今回の国際ヘンプエキスポに参加したタイの動向をウォッチしている日本の大麻ビジネス関係者の間でも、乱立する大麻ショップが過当競争での撤退は増えるとしても、違法業者を根絶するのは難しいだろうとの声が多かった。
9月3日付バンコク・ポストは米ニューヨーク・タイムズのタイの大麻産業の特集記事を転載している。同記事はタイ国内では多くの大麻クリニックが規制の緩さに付け込んでカナダや米国から乾燥大麻を違法に輸入してきたと指摘。その結果、カンナビスの販売価格は過去数カ月で3分の1の水準まで下落。違法クリニックの多くは、競争激化、供給過剰、そして新規制により廃業を余儀なくされるだろうとの業界専門家の見解を紹介している。さらに、米国、欧州、オーストラリア、ロシア、シンガポールなどの企業が、タイ国内で高価な屋内カンナビス工場を建設してきたと報告。複数の大麻ビジネスの起業家は、いったん規制が明確化すれば価格も安定、タイ政府も成長性の大きな産業をつぶすことはないだろうとの見方を示しているという。
一方、昨年の第1回ヘンプエキスポから参加、産業用大麻の利活用に取り組むヘンプイノベーションの岡沼隆志取締役CTOは、タイの現状について「何の規制もない広がり方は危惧している。依存性や毒性がないのは明らかでも、向精神性がある限りは事前の教育なり、情報の共有が不可欠ではないか」と指摘。そして「あまりに早急にマーケットが広がってしまったので、ある程度の選別は市場の健全化のために必要だ。また、CBD市場一辺倒になっているが、環境に良い影響を与える素材として繊維などにも広がってほしい」と訴えている。
日本政府は10月20日に始まった臨時国会に大麻由来の医薬品の使用を解禁する大麻取締法改正案を提出した。同国会中に成立する見込みで、日本でも今後1年以内にようやく大麻の医療用での使用が始まることになる。これについて、一般財団法人・日本ヘンプ協会(JIHA)の佐藤均理事長(昭和大学薬学部教授)は国際ヘンプエキスポの会場で取材に応じ、今回の改正案のポイントは「保持罪」だけでなく「使用罪」を加えたことだが、適用対象が現時点で重症のてんかんである「ドラベ症候群」のみで、現時点では国内に3000人程度しかいないと説明。「ただ医師は適用外の使用権利があり、新しいケースでもどんどん使用できるので、徐々に適用用途は広がるだろう」と述べた。
2022年4月に設立されたJIHAのホームページでは、「CBD(カンナビジオール)が軽微な症状に対するセルフメディケーションに貢献できるという基本的概念を確立、CBDの臨床効果を検証、さらにはヘンプがSDGs達成のために極めて重要な植物であることを検証する」のが協会の役割だと説明。具体的には「適正なCBD製品のガイドライン構築」「ヘンプ栽培の研究及び栽培免許取得の推進。国産ヘンプからTHCを含まないCBD原料を抽出し、国内法に完全準拠したCBD産業の育成・支援」「ヘンプのSDGs応用:バイオマス燃料、CO2削減建築材料等の研究開発支援」などに取り組むとしている。単に医療用大麻の促進だけでなく、大麻産業育成を視野に入れていることが分かる。
タイの大麻事情にも詳しい佐藤教授は「タイでマリファナ(THC系)を吸っているのは主に外国人で、外貨獲得手段になっている」との見方を示す。さらに「大麻の使用が増えても社会問題になることはないだろう。アルコールやたばこの方がよほど問題だ」と訴える。そして世界のトレンドについては、「米国では既に大麻は50州のうち40州が何らかの形での使用を合法化している。まだ違法としている連邦政府が合法化したら非常に大きい」との見通しを示している。
TJRIニュースレターでは今年6月13日号の「大麻は人類の貴重な資源になれるか」という記事で、「米フォードは大麻の茎を原料とする樹脂でボディーを作り、燃料は大麻由来のエタノールを使う車を販売しようとしたが、どこでも生産できる万能の天然素材の普及を恐れた米国のロックフェラー財閥などの石油資本が大麻を毒性の強い麻薬だとアピールし、実質禁止に追い込んだといった陰謀論的な話も流布されている」と書いた。これについて、今回、ヘンプエキスポに参加した日本人専門家にも聞いてみた。皆、そんなところだっただろうと答えてくれた。
吉岡監督は「ロックフェラーが石油の採掘権を獲得したので石油を売らなければと思い、車や繊維など、これから伸びる産業には石油が不可欠で、大麻が不都合になる仕組みを考えたのかもしれない」と語る。さらに第2次世界大戦での日本の敗戦を受けて、連合国軍総司令部(GHQ)が日本の大麻を禁止させたことについて、「石油よりも麻を使う日本に、何とか麻をやめさせたいと考えていたのかもしれない。日本は昔から産業としての麻があり、第2次大戦の時に軍部は軍服、大砲を引くロープなどの原料としての大麻の栽培を奨励した結果、軍需品になってしまった」ため、米国から大麻禁止に追い込まれたのではと、その一因も指摘する。
そして吉岡監督は、今年が2回目となった国際ヘンプエキスポが「タイで始まったというのは先見の明があったのでは。大麻はアジアが原産であり、大麻の利用は米国や欧州より先だ」と述べ、世界の大麻ビジネスをタイがリードしていくことへの期待を表明した。一方、岡沼氏は「本当は日本に勝算があるはずだが、日本の大手が思い切った投資をするなどの動きがないなら、タイがアジアのヘンプ産業をリードしていく動きになる可能性は十分にある」との見通しを示した。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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