カテゴリー: バイオ・BCG・農業
公開日 2023.06.13
ちょうど1年前の2022年6月9日にタイ政府が大麻(カンナビス)を麻薬リストから除外し、個人の栽培・使用を自由化したことがタイ社会に大きな波紋を広げ、現在もさまざまな議論が続いている。バンコク市内では今、有名観光地、繁華街だけでなく街中の多くの通りに緑色の大麻草の葉のマークのディスプレーがあふれている。今回の総選挙でも大麻自由化問題が1つの争点ともなり、第1党となった前進党を中心とする連立政権を目指す8党が合意した政策覚書(MOU)では、大麻の麻薬リスト再指定と規制法導入が盛り込まれた。今回は、昨年7月19日号で紹介した日系大麻会社「サイアムレイワ(2020)」のビジネスの現状を報告することで、タイでの大麻を含むバイオマス産業の未来を探ってみたい。
目次
「苗を成長させて収穫するまでのプロセスで、弊社はこれまで外部環境の不確定要素を極力排除するためにインドアで栽培をしてきたが、このほど品質管理を強化するために、海外では事例はあるがタイでは初めてとなる新しい栽培方法を確立した」
医療・産業用大麻の栽培と大麻関連製品の製造・販売を手掛けるサイアムレイワの茅原拓人取締役副社長は、ブリラム県クームアン市にある大麻を栽培する同社の植物工場内で、同社の生産モデルについてこう説明してくれた。同社の藤代浩司社長インタビュー記事に対する読者の反響が非常に大きかったこともあり、早く工場見学をしたいと思いながらも実現したのは今年5月12日のことだった。
サイアムレイワの設立は2020年7月で、同月には工場建設に着手、2021年1月には完成した。ちょうど同月には民間企業の大麻栽培・販売などのライセンス制度が始まり、すぐにライセンスを申請。同年8月に「栽培」「販売」「種子輸入」「種子販売」のライセンスを取得し、すぐに栽培・生産を開始した。大麻成分はストレス緩和や不眠症などに効果があり医療用に利用されるカンナビジオール(CBD)と、陶酔作用が強いテトラヒドロカンナビノール(THC)に大別され、大麻(カンナビス)の品種にはTHC濃度の低いヘンプもある。サイアムレイワでは当初、THCが0.1~0.2%以下のヘンプの種で栽培をスタートした。
茅原氏によると、屋外ではなく植物工場内での栽培にしたのは、特に温度管理ができないとTHCの濃度が上昇してしまうなど品質が安定せず、病院や製薬会社などへの出荷ができないためだという。同氏は「製薬会社などに卸せるレベルの生産設備を所有しているタイ国内企業は、弊社を含め完全にインドアの植物工場で生産している4社のみだ」とアピールする。
実際の栽培作業では、「受粉をしてしまうとCBDを分泌しなくなるので、雌のみを育てる。種自体が女性化した品種を使うが、2~3%ぐらいは雄になってしまうため、見つけたらすぐに除去して廃棄する」ことに留意しているという。栽培開始から約4カ月で1.4メートルぐらいの高さまで育った後、花を手作業でカットしていく「トリミング」を行った後、花を乾燥させる。また種から育てるほかに、健康そうな枝を選んでカットし、他の鉢に植え替えるという挿し木、クローン栽培も行っている。
同社のブリラム工場の床面積は640平方メートルで、4カ月ごとに年3回収穫でき、生産能力は年間10万鉢まで可能という。屋内なので収穫期は季節に左右されず、栽培はいつからでも始められる。2021年8月から生産を開始し、2022年1月に初出荷。現在はフル生産状態になっているという。
生産モデルでは、センサーやネットワーク接続デバイスを農業機器や農作物に組み込むIoTなどのアグリテックを活用した栽培方法だ。主な環境要素は「温度」「湿度」「光」「二酸化炭素」などで、光は成長段階によってどの色、どのスペクトルが良いかは違うのでプログラム化している。さらに、生産出荷販売データを一元化した上で、デンソーと岐阜大学との産学共同研究で開発した「Symbol」ブロックチェーン基盤のトラッキングシステムを採用。データ改ざんを防ぎ、安心と安全を担保できるという。
サイアムレイワではこうした先端テクノロジーを活用して生産したカンナビスのCBD、THC成分が多く高価な「花」は国内の病院に医療用として卸している。一方、剪定した「葉」は、お茶、コーヒー、バーム、ブラウニー等のスナック菓子、そして各種コスメティック(ボディーローション、ボディーオイル、リップクリーム)の商品に加工して、今年2月にオープンした直販店「大麻問屋」やグループ店、Eコマースなどで販売している。現在、制汗剤やデトックス用麻炭などの新規商品を開発中だという。
同社はまた、バイオマス発電用のウッドペレット生産も準備している。茅原氏は「発電用バイオマス燃料では現在、パームオイルを絞ったあとのヤシ種殻(PKS)が使われることが多いが、ヘンプは成長が早く、屋外では高さも4~6メートルぐらいになり、年3回収穫できる。油分もあり、非常に効率が良い」と指摘。「大麻草は成長する時の二酸化炭素の吸収力が他の植物に比べて抜群に良く、バイオ・循環型・グリーン(BCG)のストーリーにも合う」と推奨している。
さらに大麻草を断熱材や吸音材などの建材としての利用の検討も始めたという。元大手建設会社社員で一級建築士でもある茅原氏は、「従来の断熱材はアスベストの問題があり、石油由来の薬品、塗料も使っている。これをオーガニックのヘンプで作ればすべてが解決する。大麻は地球上の生物で2番目の強度があるという文献もある。また鉄の7分の1の重量で同じ強度がある」と説明する。
2008年頃、米国シカゴでバイオエタノールブームを取材していた時、米フォード・モーターの創業者ヘンリー・フォードがT型フォードを作った際に、植物油由来のエタノールを燃料にしたとの話を知り、記事にしたことがある。今回、タイでの大麻自由化関係の取材をする中で、フォードは大麻の茎を原料とする樹脂でボディーを作り、燃料は大麻由来のエタノールを使う車を販売しようとしたという話も聞いた。しかし、どこでも生産できる万能の天然素材の普及を恐れた米国のロックフェラー財閥などの石油資本が大麻を毒性の強い麻薬だとアピールし、実質禁止に追い込んだといった陰謀論的な話も流布されているが、確認はできない。
日本でも「麻」は古来、しめ縄という神事の素材に使われたほか主要な繊維素材として使われてきた。しかし第2次世界大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)が「麻取締法」を制定させ、麻の栽培を実質禁止し、麻産業は衰退していったという。私自身、GHQの影響が強い戦後教育のせいなのか「大麻=違法ドラッグ」としか思っていなかった。本当に米石油資本が「生産地が限られ自ら蛇口を閉められる石油で世界の政治経済をコントロールする」(業界筋)ために、大麻を抹殺したといった話が真実かは分からない。それでも、今後、多くの地域で生産可能な大麻の資源としての優位性、万能性が確認されてくるなら、歴史の真相はおのずから浮かび上がってくるのだろう。
5月14日のタイ総選挙で第1党となった前進党を中心とする連立8党の政策MOUに大麻の麻薬リスト再指定、規制再強化が謳われている。ただ前進党ピター党首のメディア株保有問題がくすぶる中では、次期政権がどうなるかはまだ分からず、大麻再規制の先行きも不透明だ。昨年6月の大麻実質自由化後、想定されていた規制法の導入が遅れ、大麻の一般販売が実質野放し状態になっていることに対しては、大麻の積極活用を主張する人々の間でも規制導入とルール順守体制の整備が急務との声も聴かれる。
サイアムレイワの茅原氏も、「政府は国民に対して大麻使用のルールに関する啓もう活動を積極的にはしていない。一般のタイ人は、麻薬成分が少ないCBD商品すら怖くて買いたがらない。タイ政府が推奨しているCBD製品をまじめに開発し、販売しているタイ企業も困っている」と指摘。さらに、「街中にある大麻販売店の大半がライセンスを取得しておらず、安全が確認できない製品が出回っている」とし、非合法の大麻販売が増えたことで大麻のイメージが悪化している事態を憂慮。「新政権になって法を順守している企業が、正しい大麻への理解のもとに成長できる環境がくることを強く望んでいる」と訴えている。
前進党を中心とした連立政権を目指す陣営が、大麻の再規制方針を打ち出したことで、大麻ビジネスに新規参入した業者の間で不安が広がっている。規制緩和に伴いライセンス取得を義務化したにもかかわらず、警察など当局はほとんど監視・管理ができておらず、ライセンス制度が有名無実化しているとも見られる。
TJRIニュースレターの前号で、大手私立病院グループのバンコク・ドゥシット・メディカル・サービス(BDMS)のチャイラット最高執行責任者(COO)が「現時点では自由化は医療用大麻に限るべきだ。医療用大麻は保健省の監督下にある病院内で使用されるため、管理が容易だ。一方、大麻を完全に自由化する場合には・・・国民が十分な情報と知識を持っているかどうかを検証する必要がある」とのコメントは、大麻に何らかのリスクがある以上、妥当な指摘だろう。 大麻をめぐってはさまざまな政治・社会的な議論もあるが、さまざまな利用方法がある天然素材としての価値の高さが損なわれるわけではない。適切な利用ルール順守体制を整備することで、大麻が本当にタイ政府の言うバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済の主役の1人になれるかを長い目で見守っていきたい。
(増田篤)
TJRI編集部
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