連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.07.23
先週、タイのエネルギー大手企業のビッグニュースが相次いだ。地元メディアによると、ガルフ・エナジー・デベロップメントは7月16日、同社が筆頭株主になっている通信大手インタッチ(INTOUCH)と合併すると発表。株主構成の簡素化やグループ財務の強化、投資ポートフォリオのバランス化が狙いだとし、合併新会社として「NewCo」を設立し、タイ証券取引所(SET)に上場させるという。また、インタッチが40%出資する携帯電話大手アドバンスト・インフォ・サービス(AIS)と、ガルフが41%出資する通信衛星会社タイコムの両社に対し、任意公開買い付けを実施する。
一方、再生可能エネルギー、電気自動車(EV)の新興企業エナジー・アブソリュート(EA)は7月15日、創業者のソムポート最高経営責任者(CEO)とアモーン副社長兼最高財務責任者(CFO)をタイ証券取引監視委員会(SEC)が業務上横領の疑いで告発したことを受けて、両氏を解任し、ソムチャイヌック元関税局長が暫定CEOに就任したと発表した。実はSET上場のEAの株価は2023年の年初の100バーツ近くの水準から、直近の約5バーツの水準まで、ほぼ一本調子の暴落が続いていた。タイの産業界で注目を集め続けてきた急成長企業2社の明暗を大きく分けるニュースはいったい何を示唆しているのだろうか。
エナジー・アブソリュート(EA)の問題について、16日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)がSECの声明として伝えたところによると、「2013年から2015年の間の太陽光発電所向けの設備やソフトウェアの海外からの購入に関連して、ソムポート氏とアモーン氏ともう一人の幹部が、総額35億バーツを横領した」という。ソムチャイヌック暫定CEOは15日の記者会見で、「ソムポート氏とアモーン氏に不正行為があったと最終的に認定されたわけではないが、調査委員会による捜査に協力するために辞任した」と説明。また、アモーン氏の後任CFOは、55億バーツの債券発行計画は継続しており、SECとの協議は最終段階に入っていると強調。「EAは現在、月に約10億バーツの収入があり、現在の債務返済と新たな55億バーツの債券の利払いに問題はない」との認識を示した。ただ、SETでのEAの株式売買は15日朝から停止された。
この15日のEAの記者会見後も、同社の資金調達や経営をめぐるニュース報道は続いている。17日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)は、EAは年内に期限を迎える195億バーツの債務返済に向けて財務力を強化するために戦略的パートナーを探していると報じた。EAは現在、短期融資(195億バーツ)の借り換えと2024年に満期を迎える債券の償還を予定している。SETによると、EAの金融機関からの融資と債券の残高は622億バーツに達し、債務総額の89%を占めるという。一方、同日付バンコク・ポスト(ビジネス2面)によると、タイ財務省のラワロン次官は、EA事件を受けて、SECと財務省の特別調査局、アンチ・マネーロンダリング事務所はタイの資本市場の信頼回復に取り組む必要があると強調した。
TJRI(タイ日投資リサーチ)では2023年6月にタイと日本の企業の協業・新規事業創出の機会創出を目指す「TJRIビジネスミッション」で、タイ東部チャチュンサオ県にあるエナジー・アブソリュート(EA)と台湾のバッテリー大手、アミタ・テクノロジーとの合弁子会社アミタ・テクノロジー(タイ)の電気自動車(EV)用バッテリー製造工場と、EV製造子会社アブソリュート・アセンブリー(AAB)の工場の視察ツアーを開催した。個人的にも初めてのEV用バッテリー工場と商用EV製造工場の見学であり、世界の先端トレンドであるEV産業に果敢に挑戦し、タイで最も注目されている企業の生産拠点を視察できたことに感慨は深かった。
さらに今年2月には、今回、辞任したEAの副社長だったアモーン氏にインタビューする機会にも恵まれた。この時、アモーン氏は「以前は証券会社に務めていたが、当時の上司が現在のEA社長のソムポート氏の知り合いだった。その後、ソムポート氏に売りに出ていたバイオディーゼル燃料生産工場の買収作業を手伝ってほしいと頼まれた。結局、買収は成立し、私も一部の株式を保有することになり、EAの共同創業者となった。二人の役割分担は、ソムポート社長が事業全体と技術面、そしてさまざまな新規プロジェクトを担当、私は主に財務を担当している」と語ってくれた。
アモーン氏は財務担当でありメディア向けのスポークスマン的な役割りも果たしていたが、個人的にはEAの創業者ソムポート氏にもぜひインタビューしたいと思っていた。約6年前に初めてタイ経済を取材するようになって早々にEAの存在を知り、その後、タイ政府が新たに打ち出したバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルを体現する企業として脚光を浴び、タイ産業界の新世代の「寵児」ともなったソムポート氏に今回のような落とし穴が待っているとは思いもしなかった。
今年3月1日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)によると、ソムポート氏はタイ工業連盟(FTI)会長に立候補すると発表した。FTI会長は通常2期4年を務めるのが慣例とされ、現クリアンクライ会長の2期目の任期前にソムポート氏が立候補を表明したのは異例のことと解説されていた。ソムポート氏は同記事で、FTI会長に立候補することを決意した動機も語っていたが、タイ商工会議所(TCC)と並ぶ有力団体のトップにまだ新興企業でしかないEAのソムポート氏が立候補しようと決意したことに少し違和感を感じた。結局、同氏がFTI会長になることはなかったが、FTI会長立候補表明の裏には、アモーン氏の何らかの政治的動機や焦りがあったのかどうか、知るよしもない。
ソムポート氏はエナジー・アブソリュート(EA)の成功、株式公開によって近年は米経済誌フォーブスのタイ長者番付の上位にランクインするようになっていたが、今月発表された2024年版では、EA株の急落により資産が急減し、前年の10位から32位へと大幅に後退した。ソムポート氏らに不正行為が本当にあったかは今後の調査結果を待つしかないが、金融のプロだったはずのアモーン氏を含め、現在報じられているような単純な横領に手を染めたというのはなかなか信じがたい。
アモーン氏のインタビュー記事の主見出しで、EAについて、「再エネから、EV、バッテリーまで時代の最先端を疾走」する企業と表現した。この認識自体は間違っていないと思っているが、横領事件とは別に、同社の株価が2023年1月以来1年半以上、ほぼ右肩下がりの展開が続いていたということを恥ずかしながら今回初めて知り、新規事業分野に果敢に挑戦しているという表面的なニュースの裏には企業経営やビジネスモデル自体にもどこかに無理があったのかと思わざるを得ない。
今回改めて紹介した当ニュースレターの過去記事にもあるように、EAは2006年にバイオディーゼル事業で創業した。そして、太陽光など再生可能エネルギー全般に事業を拡大する一方、同分野の限界を感じて、素早く電気自動車(EV)、そしてバッテリー事業に手を広げる「スピード経営」を展開してきた。特に世界のトレンドとなったEVとバッテリー事業をタイ企業としていち早く手掛けたことで注目度はさらに高まった。しかし、それぞれの産業をどこまで熟知した上で事業を急シフトしていったのだろうか。
「ブーム・アンド・バスト(Boom & Bust)サイクルはすべて同じように見える。消費者人気と産業での必要性が製品需要を喚起し、価格は上昇。生産者は設備投資する。新しい供給が実現した時には需要を上回ってしまい、価格は暴落する。ある水準まで安くなれば再び需要は増加する。こうした必然性は鉱業や半導体企業を安心させる。しかし、バッテリー製造はそうではない」
英エコノミスト誌7月11日号はビジネス面の「なぜ大半のバッテリーメーカーは、利益を上げるのに苦労しているのか」というタイトルの記事で、バッテリー製造業は伝統的な「ブーム・アンド・バスト・サイクル」になっていないと分析している。同記事は、調査会社ベンチマーク・ミネラル・インテリジェンスのデータを引用し、「EV需要の拡大を期待して、世界中の企業が2018年以来、バッテリー製造に5200億ドル以上を投資してきた」と指摘。そして、「その投資と技術向上はバッテリー価格、そしてバッテリーコストが3分の1を占めるEV価格をも押し下げている」ものの、それは消費者のEVシフトを加速するには十分ではなく、バッテリー産業はブームもないまま、バスト(破裂)に直面しているとの認識を示している。現在、欧米を中心にEV需要拡大予測が過剰だったことが明らかになるにつれ、バッテリー工場の建設、稼働停止が相次いでいる。タイ企業としていち早くバッテリー事業に進出したエナジー・アブソリュートの経営混乱も、バッテリー製造事業にも原因があるのか、今後の調査を見守る必要がありそうだ。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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