カテゴリー: ASEAN・中国・インド, DX・AI
公開日 2024.07.23
みずほ銀行バンコック支店メコン5課が発行する企業向け会報誌『Mekong 5 Journal』よりメコン川周辺国の最新情報を一部抜粋して紹介
陳 農|国際戦略情報部 グローバルアドバイザリー第二チーム
米中貿易摩擦に伴う中国からの生産移管等を背景に、近年ASEANへの投資に対する関心は高まっている。ASEAN各国は、海外からの投資誘致のためにデジタル技術も活用した社会インフラの整備・国内産業高度化に取り組んでおり、その中でデジタルトランスフォーメーション(DX)の事例も徐々に現れている。
本稿では、メコン5のタイ、ベトナムに焦点を当て、事例を取り上げながら、両国の動向を俯瞰していきたい。なお、デジタル技術の活用については、いくつかの段階があるが、本稿におけるDXの定義は以下の通りとする(図表1)。
タイは1980年代から外国企業の誘致を推し進めたことにより、ASEAN屈指の工業国の地位を確立し、経済水準もASEAN上位国へと成長した。一方、近年の実質GDP成長率は2~3%前後と低水準となっており足踏み感が続いている。また2022年に65歳以上の人口が14%を超える高齢社会を迎え、少子化による生産年齢人口減少も予測されており、生産性向上および産業高度化に向けた変革ニーズが高まっている。このような背景から、タイ政府はデジタル技術の活用を更なる発展の有効な手段と考え、2016年に「タイ・デジタル経済社会発展20年計画」を発表した(図表2)。
タイ政府はデジタル分野への投資促進のため、投資奨励制度や社会インフラ等の基盤整備も推進している。投資促進機関であるタイ投資委員会(BOI)は、デジタル分野へ投資する企業に加え、デジタル技術を導入する企業に対しても法人税免除の恩典を付与するなど、需給両面においてデジタル投資の拡大を図っている。また、タイデジタル経済振興庁(DEPA)はデジタル経済社会を促進するためのマスタープランを作成し、デジタル人材の育成やIoT研究施設をはじめとしたデジタル産業のインキュベーション施設の設置なども進めている 他、 デジタル経済社会省(MDES)は 5G(第5代移動通信システム)の対応エリア拡大・キャパシティー増強といった通信網の拡充に向けた取組みを進めている。
これらの政府支援等を背景に、DX実現に向けた企業の取組み事例も現れている。医療分野では、現地大手グループであるBangkok Dusit Medical Services(BDMS)傘下のSamitivej Hospitalが、2020年にオンライン診療プラットフォーム「Virtual Hospital」を開発した取組みがある。これは、スマートフォンやタブレットを使用したビデオ通話により、看護師に自身の症状等を伝え、その後医師による診療報告がアプリを通じて通知され、最短で90分以内に薬品が郵送で自宅まで届く仕組みである。
このオンライン診療プラットフォームは他の病院も採用し、新型コロナウイルスによるパンデミック時には、医療の逼迫状況を緩和する役割を果たし、成果をあげた。パンデミック後も多くの患者が活用しており、タイが抱える都市部と地方部の医療格差という課題に対しても、オンラインでの診療機会提供という観点からソリューションを提供している。
医療分野以外では、スタートアップ企業であるHaupcar社によるタイ初のカーシェアリングアプリの開発、Logistyによる輸送サービスプラットフォームの構築などがあげられる。後者の例では、貨物輸送依頼主と物流サービス提供者とをプラットフォームを通じてつなげることで、中小事業者における物流効率向上等につながっており、タイの物流業界の変革に一石を投じる動きとなることも期待されている。
一方で、今後タイにおいて更なるDXを拡大・加速させていくには2つの課題があると考えれられる。一つ目は、専門性を持つ高度IT人材の不足、二つ目は、DX推進に係る初期コスト(システム開発等)の発生である。前者については、タイデジタル経済社会省の試算によれば、当該人材は約10万人不足しているとされる。後者については、DX推進は新たな仕組みを創る活動であり投資に見合う結果が得られないリスクがあるため、企業としては第一歩を踏み出しにくい傾向にあるとされている。これらの課題に対し、タイ政府はIT専門家人材の確保に向けてスマートビザ制度の導入(2018年12月)やDX投資に対する補助金制度や恩典の整備などの支援策も進めており、今後政府が打ち出す政策にも注目していきたい。
ベトナムは近年、ASEANにおいても特に関心を集めている国の一つである。2023年9月には米国との外交関係を包括的戦略パートナーシップに格上げし、米中両国との距離をうまく保ちながら、世界中からの投資を受け入れて高い経済成長を続けている。製造拠点としての投資誘致に加え、足許では1億人を超える人口を背景とした内需の伸びも経済成長を下支えしており、ベトナム市場をターゲットとした投資も拡大傾向にある。
このような環境下、一層の経済成長の実現のため、ベトナム政府は2020年6月に「2025年までの国家DXプログラム及び2030年までの方針」を打ち出した。その中で、デジタル政府、デジタル社会、デジタル経済の形成を三本柱として国家競争力を高め、2030年までに高度なデジタル国家になる目標を公表した。政府機関の情報技術インフラ構築、企業デジタル化支援、デジタル人材育成、5Gの普及率向上などのタスクリストに従い、国家戦略としてDX化を推進している。また国家プロジェクトである「インダストリー4.0」においても、産業のオートメーション化、データ化を推進することを掲げている。加えて、首相自らベトナム国家DX委員会の委員長を務めていることからもベトナム政府のDX推進に対する強い意識がうかがえる。
ベトナムでもいくつかDXの事例が現れている。ベトナム農業農村開発省によると、近年スタートアップ企業が、農場管理を対象としたソフトウェアとプログラムの開発を通じて水と農薬を効率的に配分し、農業分野の生産性向上につなげる事業を開始した。この取組みにより、生産性が低い伝統的な農法から脱し、天候などの自然環境に左右されにくい近代的農業への変革をもたらすことが可能となる。2021年末時点においては、全国1万9,000の農業組合のうち、当該技術を導入しているのは2,200組合にとどまっていることから、まだ初期段階であるものの、今後の普及に伴い、農業全体への貢献が期待される。
また、電子商取引(EC) 関連の事例も出現している。ベトナムでは消費市場の成長に伴いEC市場が急拡大しているものの、個人情報を含む顧客データの管理、新規顧客の獲得に向けた営業ツールとしての活用といった面では、まだ発展途上であり、多くのEC事業者およびECプラットフォーマーも課題として認識している。これらの課題に対し、様々なIT技術を活用したソリューションを提供する事例が出ている(図表3)。
このような動きは、今後も成長が期待されるEC市場の拡大につながり、ECを含む小売・卸売業界全体の発展への貢献が期待される。
ベトナム政府としてもDX推進を今後加速していく方針であるが、その実現や課題の解決については政府の主体的な支援がポイントになる。2021年のベトナム全国デジタル技術企業発展フォーラムにおいて、Nguyen Manh Hung情報通信相は、「企業のDX化推進にあたり、企業内部の組織改革、意識転換をすることが大きなネックの一つ。また、DXソリューションを提供するスタートアップ企業、イノベーション企業に対する資金面での支援策が不足していることも現状ベトナムの課題」と発言しており、政府としてもDX推進に向けた課題を認識していると考えられる。加えて、高度IT人材の不足についても、タイと同様の課題を有している。
これらの課題解決のため、ベトナム政府も積極的に高度IT人材の確保・スタートアップの支援等に取り組んでいる。具体的には、デジタル分野のスタートアップ企業育成を支援するべく、2019年にベトナム国家イノベーションセンターを設立した。また米国国際開発庁などの国際機関と連携し、人材育成プログラムを実施するとともに、海外投資家と地場企業とのマッチングを通じ、高度人材の確保やDX推進に必要な資金調達支援に取り組んでいる。
両国を取り巻く状況を踏まえ、DXが進む両国における日系企業のビジネスチャンスについても考えてみたい。まずは、日系企業の有するデジタル技術・ノウハウを活用したソリューション提供が考えられる。具体例としては、経済産業省はアジアで新産業創出に挑む企業をサポートする「アジアDXプロジェクト」を進めており、その中の補助金制度「日ASEAN におけるアジアDX促進事業」などを通じ、DXを通じて社会課題を解決するビジネス創出に向けた実証実験が行われている(図表4)。
また両国におけるDXがリープフロッグ型発展を遂げる可能性もあり、日系企業が有する技術を活用して新たなビジネスを創出するフィールドとして捉えることもできると考えられる。
これまで見てきたように、タイとベトナムの両国ともに今後の成長に向けた重要な施策としてDX推進を位置付けている。産業の高度化および投資誘致のために両国政府が積極的にDX支援策・基盤整備を進める中、今後もDX推進の動きは加速していくことが予想される。
日系企業によるDXの取組み事例も見られる中、両国の政策動向、および各企業における検討状況の進捗については、今後も注視していきたい。
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みずほ銀行メコン5課
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