
カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業, スタートアップ
公開日 2026.05.11
近年、日本のスタートアップは実証フィールドや成長余地を求め、早期から海外展開を視野に入れるケースが増えている。なかでも、少子高齢化や農家の貧困といった社会課題が顕在化するタイでは、日本の先端技術への期待が高く、スタートアップが力を発揮できる機会は多い。
こうした潮流の中、微細藻類による二酸化炭素(CO2)固定技術の事業化を目指すアルガルバイオは昨年、タイで火力発電所を運営するBLCP Power Limited(以下、BLCPパワー社)と共同研究契約を締結。タイのカーボンニュートラル推進に向けて大きな一歩を踏み出した。
本特集では、両社に協業の経緯や相乗効果について話を聞くとともに、タイ市場に挑む日系スタートアップ2社にも取材。タイが今スタートアップにとって有望な理由と、事業を軌道に乗せるための要諦を探る。
目次
排出されたCO2を藻類が固定し、バイオマス製品を生み出すことで、全く新しい価値を創出する—“脱炭素の新革命”とも言えるこの構想に向け、着実に歩みを進めているのが、日本のスタートアップであるアルガルバイオだ。2018年に創業した同社は、東京大学における20年以上にわたる藻類研究の成果を技術基盤とし、企業や社会が抱える課題の解決に貢献すべく挑戦を続けている。
藻類は、海藻類のような大型藻類と、単細胞性の小さな微細藻類の大きく2種類に分けられる。同社が主に取り扱うのは、後者の微細藻類だ。自然環境中から分離された藻類や、東京大学の研究成果として作出された藻類などを含め、100種1,260株以上からなる「微細藻類ライブラリー」を有している。
実は、これらの藻類には多大な可能性が秘められている。陸上植物に比べて成長速度が速く、育成に広大な土地を必要としないことから、持続可能なたんぱく源として注目されているほか、CO2を固定して有機物を生成する特性を持つため、カーボンニュートラルの観点からも関心が高まっているという。
陸上植物の50倍以上ともいわれるCO2固定率を持つ微細藻類の特性を生かし、アルガルバイオは昨年、BLCPパワー社の火力発電所で排出されるCO2の固定化技術に関する実証実験を実施。あわせて、その過程で得られる藻類バイオマスを、サプリメントや肥料などの製品・原料として活用するための共同研究プロジェクトを行った(図表1)。

なぜタイ企業は日本のスタートアップに着目したのか。協働によって、どのような相乗効果が生まれたのか。そして、日本発の独自技術はタイ社会をどのように変えていくのか。BLCPパワー社マネージング・ディレクターのユッタナ・チャロンワォン氏と、アルガルバイオCOOの大江真房氏の言葉から、同プロジェクトの狙いと展望を探っていく。

BLCPパワー社は、タイ東部ラヨーン県のマプタプット臨海工業団地において、大型石炭火力発電所を運営している。大手エネルギー企業であるバンプーグループと、大手発電事業者のエレクトリシティ・ジェネレーティング・パブリック・カンパニー・リミテッド(EGCOグループ)による合弁会社として、1997年に設立された。

同社との出会いについて、大江氏は「2023年に参加した日本貿易振興機構(ジェトロ)主催のマッチングイベントがきっかけだった」と語る。その後、両社は議論を重ね、2024年には微細藻類を活用した二酸化炭素回収・利用(CCU)の取り組みに関するフィージビリティスタディを共同で進めることで合意。さらに、その結果を踏まえ、2025年3月には「共同研究契約」を締結するに至ったという。
タイは2030年までに温室効果ガス排出量を、予測される通常の事業活動(BAU)水準から30%削減することを目標に掲げている。さらに政府は、タイ国家アジェンダとして「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルの実現」を推進し、官民一体でカーボンニュートラルおよびネット排出ゼロの実現に向けた取り組みを加速させている。
ユッタナ氏は「当社も、タイ政府の方針や国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)の指針に基づき、発電所からのCO2排出削減という課題に対して、さまざまな施策を模索していた。その過程で、アルガルバイオの微細藻類を活用したCO2固定化技術に出会い、強い関心を抱いた」と当時を振り返る。
「藻類活用は、植林と比べて少ない面積で同量のCO2削減を実現できる、高効率な技術だ。スタートアップでありながら、アルガルバイオは日本国内の発電所における実務経験や実績を有しているだけでなく、多様な藻類のライブラリーの中から環境(海水や太陽光など)や目的に最適な品種を選定する“プロフェッショナルな提案力”がある」と述べ、アルガルバイオの技術力と専門性の高さを評価する。
一方で大江氏は、「藻の培養には、広大な敷地、豊富な太陽光、海水、そして十分なCO2が必要だ。タイにはこれらの特性を兼ね備えた場所が多く、特に海に面した広大な敷地を有するBLCPパワー社の発電所は最適な場所だと判断した」と、自社技術とBLCPパワー社の相性の良さを強調した。
アルガルバイオが初の海外実証の場としてタイを選んだ理由は、「新しい技術を受け入れるオープンな文化が根付いていることに加え、ジェトロをはじめとする日本の公的機関による強固なサポート体制があったため」だという。大江氏は、「こうした公的支援は、当社のようなスタートアップが海外で事業実証を円滑に進め、継続的に展開していく上での大きな後押しとなっている」と述べる。
ユッタナ氏もまた「東南アジアの他国と比べても、タイはビジネスの基礎インフラや市場の受け入れ体制が整っており、新しいビジネスを試す場として最も優れた環境を有している。厳しい法規制や不安定な政治などの問題が解決されれば、世界各国のスタートアップが挑戦できる舞台となるだろう」と、自国を評価する。
両社が協業を決断した最大の理由は、共通のビジョンを有していた点にある。脱炭素という取り組みの先に見据える「地域社会への還元」は、両社にとって譲れないゴールだ。大江氏は「カーボンニュートラルはあくまで手段に過ぎず、最終的には事業を通じて地域コミュニティに価値を還元し、人々の生活をより豊かにしたい。これがわれわれのビジョンだ。BLCPパワー社と事業領域は全く異なるが、目指す方向性が一致していたことで、安心して手を組めると感じた」と語る。
ユッタナ氏も、「藻類活用は、環境負荷低減への貢献にとどまらず、地域社会における新たな雇用創出や経済活性化にもつながる可能性を秘めた、持続可能なソリューションだと捉えている」と述べ、アルガルバイオの技術力とビジネスモデルに大きな期待を寄せる。
共同研究プロジェクトでは、発電所から排出されるCO2を直接回収して藻類を培養する取り組みが行われた。加えて、固定したCO2から生成される藻類バイオマスが、サプリメントや動物飼料としてどの程度の価値や収益を生み出しうるのかについても検証。脱炭素効果だけでなく、事業全体としての投資対効果(ROI)を多角的に評価した。
大江氏は「脱炭素の取り組みであっても、コストが見合わなければスケールアップはできない。事業として成立する生産性を確保し、コスト構造を最適化するためのプランニングと実行力が不可欠だ」と語り、費用対効果検証の重要性を強調する。
藻類活用は、これまでも他社が挑戦してきた分野ではあるが、コストに見合う形での事業化が大きな課題とされてきた。その壁をいかに突破するかが、実装・拡大への道筋を切り開く重要な鍵になるという。
新技術の実証ということもあり、プロジェクト推進の過程ではさまざまな課題に直面した。大江氏は、「40度に達する高温環境下では、機械や装置が想定通りに稼働しないなどの技術的課題が発生した。しかし、適切な対処を重ねることで解決できたことは、大きな自信につながった」と前向きに振り返る。
さらに、「言語や文化の違いに加え、バイオ事業特有の不確実性が高い中でプロジェクトを進める難しさもあったが、BLCPパワー社が新しい技術を積極的に理解しようと歩み寄ってくれたことで、プロジェクトは非常に円滑に進行した」と述べ、両社の強固な協力体制が成果につながった点を強調した。
一方、ユッタナ氏は「社内では当初、新しい取り組みに対する理解度に課題を感じる場面もあった。しかし、丁寧な説明を重ねていく中で共通認識が醸成され、最終的には反対する人は誰もいなくなった」と語り、全社一丸となってプロジェクトに向き合った姿勢を明かした。
また、「従来、発電所は安定稼働を最優先事項としてきたが、CO2を藻類培養に活用するという着想に触れたことで、従業員の間に新たな可能性を見出す動きが生まれている。これにより、石炭火力発電所が環境と共生する道筋が見えてきた」と述べ、今回の協業が自社にもたらした前向きな変化に感謝の意を示した。
共同研究プロジェクトは昨年12月に終了した。その結果、タイの豊富な太陽光や海水を活用できる環境下において、狙い通りに藻類を培養できることを実証。事業化に向けた重要な実績を築くことができた。また、生成された藻類バイオマスについては、ダイエットや肝臓ケア向けのサプリメント原料や、水産飼料としての活用が見込まれるという。
ユッタナ氏は「われわれは、ラヨーン県の発電所周辺住民を対象としたコミュニティモデルの構築を計画している。具体的には、周辺に居住する農家や漁師に対して藻類の培養技術を伝承する取り組みだ。生産された藻類バイオマスを、ビタミン産業をはじめとする高付加価値製品の原料として供給することで、地域住民に新たな副収入の機会を創出したい(図表2)」と意気込みを語る。

そのためにも、株主ネットワークや各種団体を通じて、アルガルバイオのタイ国内におけるマーケティングおよび広報活動を強く支援していく方針だという。
商業化の道筋についても大江氏は、「好ましい結果が得られたことで、明るい未来が見えてきた」と述べており、今後のさらなる進展が注目される。
アルガルバイオは、タイを単なる販売市場としてではなく、競争力のある製造拠点として捉え、同国での事業展開を足がかりに第三国へ展開していくサプライチェーンの構築を見据えている。一方、BLCPパワー社としても今回のプロジェクトを成功例の一つと捉え、今後も日本のスタートアップとの協業を積極的に歓迎していく方針だ。タイが、新たなイノベーションの実験と発展の場として、さらなる役割を果たしていくことに期待を寄せているという。
脱炭素という世界共通の課題に対し、日本発のスタートアップ技術と、タイの現場力・受容力が結びついた今回の協業。微細藻類という最先端技術は、単なる環境対策にとどまらず、地域経済や人々の暮らしに価値を還元する新たなモデルとして、タイ社会を大きく変える可能性を示した。両社の挑戦は、タイを舞台に、日本とタイが共に未来を創る「協創」の象徴とも言えるだろう。

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THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子


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