
カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, バイオ・BCG・農業, スタートアップ
公開日 2026.05.11
目次
世界最高水準の放射冷却性能を備え、エネルギーを使わずに外気温より低温にする新素材「SPACECOOL」を展開するSPACECOOL株式会社は、海外展開先の一つとしてタイに着目。現地パートナーとともに、商機の可能性を探っている。「通年で素材の価値を発揮できるタイで、スタートアップとしての強みを最大限に生かし、この新技術を普及させる足がかりをつかみたい」と意気込みを見せるのは、同社で海外事業を担当する木嶋優斗氏だ。

「日本の冬の朝、車に乗ろうとしたらフロントガラスが凍っていた」─こうした経験のある人は多いだろう。これは「放射冷却」と呼ばれる自然現象によって起こるものだが、この現象を応用して「ゼロエネルギーで冷やす」ことを実現しているスタートアップがSPACECOOL株式会社である。
SPACECOOL株式会社は、ガス会社の企業研究員として赤外線放射の研究に携わっていた末光真大代表取締役CEOによって、2021年4月に設立された。同社が開発した放射冷却素材「SPACECOOL」は、日中に太陽光で暖められた地表の熱が、夜間に宇宙空間へ放出されることで地表温度が下がる「放射冷却」の原理を応用した、世界的にも新しい技術だ。薄いフィルムを屋外機器や建物などに貼り付けるだけで、日本の夏場の直射日光下においても、外気温より2〜6℃の温度低下が可能だという。
「SPACECOOLは、太陽光からの熱を反射して吸収を抑える『反射率』と、熱を赤外線に変換して宇宙空間へ放出する『放射率』のいずれも、世界最高水準となる最大95%を実現している。『入熱量<放射する熱量』の状態をつくることで、太陽光の入熱量が大きい日中でさえもエアコンなどのエネルギーを使用せずに冷却が可能になる(図表3)」と、木嶋氏は冷却の原理を説明する。

この技術は、ここ10年ほどで理論として確立され、同社設立当初の2021年時点では、商業化に取り組んでいたのは米国と中国の計2社のみだった。現在は動きがさらに加速し競合も増えているが、木嶋氏は「当社は日本で安定した生産体制を構築している点で、唯一の企業と言える」と自信をのぞかせる。
SPACECOOLは、太陽光を受けて高温化するあらゆる建物や設備に使用可能だ。日本国内では、販売パートナーの協力のもと、交通インフラ、畜産、漁業などを含む多岐にわたる分野で導入が進み、バスなどの車両や空調機器、商業施設など、さまざまな場所で使用実績を積み重ねてきたという。
一方で木嶋氏は、「春夏秋冬の中でSPACECOOLが最も効果を発揮するのは夏だ。暑い国であれば一年を通じて価値を提供できるため、まずは日系企業が集積するタイと、産業が拡大し成長フェーズにあるサウジアラビアを起点に、海外事業展開を進めている」と語る。
同社は2024年から、公的機関の支援や各種イベントでのネットワーキング、日本の顧客企業とのつながりを活用し、タイでの販売や施工のパートナー開拓を進めている。現地拠点はまだ設けていないものの、主に木嶋氏が定期的にタイへ出張し、同国での商機を探っている。
同氏によれば、タイでは本社やグループ全体が掲げる「脱炭素化」や「省エネ」という目標のもと、現地法人がその対応に追われる状況が続いている。一般的な施策である太陽光パネルの設置は、建物の荷重制限や発電量の上限などの理由から、設置が難しいケースもある。
さらに、考えうる対策を一通り導入した後も、毎年課せられる電力消費量削減の目標を達成し続けるためには、継続的に新たな施策に取り組む必要がある。
こうした課題を抱える企業にとって、SPACECOOLは「新しい選択肢」となりうる。木嶋氏は「日系の製造業や物流業を中心に、室外機をはじめとする屋外機器への導入が進んでいる。昨年からは屋根への導入にもアプローチを進めており、新素材に対して懐疑的だったお客様からも、『想像以上に効果がある』という声をいただいている」と、タイでの順調な滑り出しについて説明する。
一方で、「暑いタイだから売れる」という単純な話ではない。木嶋氏は、タイでの事業展開の難しさについて「日本以上に、『誰とどのような実績を築いてきたか』が重視される傾向がある」と指摘する。
具体的には、投資利益率(ROI)だけでなく、知名度のある企業での導入実績といった客観的なデータも用い、論理的に効果を示すことが求められるという。そのため同社は2024年に、タイ大手企業であるサイアム・セメント・グループ(SCG)をはじめとした現地企業とも実証実験に取り組み、地道に実績を積み上げてきた。
さらに同氏は、「投資に対する考え方の違いも大きい」と続ける。一般的に日本では、初期投資額の多寡よりも、長期的に見て投資回収が可能かどうかが重視される傾向がある。一方、タイでは長期的な見通しよりも、初期投資がどれだけ抑えられるかを重視する企業が多い。
しかし、こうした違いを踏まえたうえで、実績に基づく論理的な説明や、納得感のある投資回収ストーリーを提示できれば、新しい取り組みへの関心が高いタイ市場では意思決定が比較的早い。「他社が導入しているなら、自社でも試してみよう」という空気が生まれやすい点は、大きな可能性だと同氏は分析する。
異国ならではの難しさがある一方で、SPACECOOLは着実にタイでの存在感を高めつつある。日本のスタートアップを取り巻くタイ進出環境について、木嶋氏は「日本人コミュニティが充実していることに加え、公的機関による支援体制も整っている。さらに、タイ社会全体にスタートアップを後押しする機運があり、挑戦しやすい環境だと感じている」と語る。
新素材を扱う企業には、その国や市場に合った使い方を提案することが欠かせない。その点、提案方法やパートナー企業との役割分担を柔軟に変えられるのは、スタートアップならではの強みだ。同氏は「リスクを恐れず、試行錯誤を重ねながら商機を探れることも、大企業ではなくスタートアップだからこそできることだ」と述べ、小回りの利く地道な活動の重要性を強調する。
同社は、タイやサウジアラビアでの取り組みをモデルケースとして、他国への横展開も視野に入れている。そのうえで木嶋氏は「まずはタイにおいて、エネルギーを使わずに冷やすという新しいソリューションの認知度を高めたい」と意気込みを語る。
さらに「省エネにとどまらず、エアコンを購入できない人々や、災害で電力が途絶えた際にも涼しさを提供できる“適応策”としての普及も目指している。最終的にはコストを下げ、誰もがアクセスできる状態を目指したい」と、将来像を描く。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子


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