いま、日本のスタートアップがタイに向かう理由

THAIBIZ No.173 2026年5月発行

THAIBIZ No.173 2026年5月発行いま、日本のスタートアップがタイに向かう理由

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いま、日本のスタートアップがタイに向かう理由

公開日 2026.05.11

バイクが多いタイは、新基準確立のチャンスナチュラニクスが描くバイタク電動化の現実解

長寿命かつ高速充電を強みとする東芝の高品質バッテリーを武器に、タイの交通インフラ「バイクタクシー」の電動化に挑んでいる島根大学発のスタートアップ、ナチュラニクス。現在、東芝と共に実証実験の第二弾に着手している。「電動バイクの普及が日本よりも進むタイで新たなスタンダードを確立できれば、日本を含む他国への横展開も見えてくる」と、同社の金澤康樹最高経営責任者(CEO)は語る。

日本では災害対策用蓄電池を販売、売上は3億円

ナチュラニクスの原点は、金澤CEOが島根大学の博士後期課程に在学していた約10年前にさかのぼる。当時、バッテリーの寿命をいかに延ばすかを研究する中で、現在タイでの実証実験に用いられている東芝のバッテリー「チタン酸リチウム(SCiB)」と出会った。

同CEOは当時を振り返り、「世界各地でバッテリーの発火事故や、短期間で寿命を迎え廃棄される問題が相次いでいた。学生ながら、なぜ長寿命かつ短時間で充電できる高品質なバッテリーが、社会に広く普及しないのか疑問を抱いていた」と語る。

起業の道を選んだのは、バッテリーが実際にどのような現場で、どのように使われているのかを見たくても、学生という立場では叶わなかったからだ。

起業後は、トヨタ系列企業とゼロから車両を製造するプロジェクトに参画するなどして実務経験を積み、2018年には災害対策用蓄電池として、日本国内で非常用バックアップ電源の販売を開始した。自治体や大手企業のBCP対策(緊急事態発生時に、重要業務の継続と早期復旧を図るための計画)として採用が進み、累計売上は約3億円に達したという。

コロナを機にピボット、タイが新たな選択肢に

転機となったのは、世界を揺るがせた新型コロナウイルスの流行だった。「災害対策予算がマスクやアルコールなどの衛生用品に振り向けられるようになり、蓄電池の売上は激減した。事業の再構築を迫られる中で、2021年にバイク向け急速充電サービスへのシフトを決断した」と金澤CEOは明かす。

そのころ、島根県庁からタイ工業省への出向者からの誘いをきっかけに、「タイでの事業展開」が現実的な選択肢として浮上した。初めてタイを訪れた時、「日本とは比べものにならないほどバイク利用者が多い」ことに大きな可能性を感じたという。その後、同社は2022年にジェトロの「アジアDX促進事業」に採択され、本格的にタイでの事業活動を開始した。

「当初は日本から安価な他社製バッテリーを持ち込んでいたが、タイの高温環境に耐えきれず、劣化が進んでしまった」と同CEOは振り返る。改めてSCiBの必要性を痛感し、2023年に東芝の担当者に事業への思いを直接伝えた結果、タイでの協業が実現。2024年にはSCiBを搭載したバイクのリース事業がスタートした。

一方、日本で開発した「3分充電」技術も、そのままではタイ市場に適合しなかった。1回の充電で走行できる距離は約10km(走行時間にして約15分)と短く、走行距離の長いタイのライダーの利用実態には合わなかったためだ。現在は、フル充電に約20分、走行距離約50kmのタイプを主に採用しており、今後は充電時間を15分、6分、そして最終的には3分へと段階的に短縮していく計画だ。

東芝と実証実験を実施、今年に入り第二弾も

リース事業の第一歩として、ナチュラニクスと東芝は2024年9月から2025年3月にかけて、バイタクドライバー向けのバッテリーサブスクリプションサービスに関する実証実験をバンコクで実施した。

実証実験に先立ち2023年10月には、タイで駐車場管理サービスを手掛ける「JOWIT GLOBAL」との合同出資により、「WINDEE INTERNATIONAL(WDI)」を設立。WDIがタイの電動バイク最大手「DECO」から調達した車両に、ナチュラニクスが開発したバッテリーパックを搭載する体制を構築した。

実証実験の成果について金澤CEOは、「SCiBを搭載した状態で約半年間データを取得した結果、当初の想定を上回る寿命性能が確認できた」と語る。この結果を受け、現在は第二弾となる実証事業の準備を進めている。

第一弾との最大の違いは、第二弾では有償サービスを実際に提供する点にある。バッテリーパック66基を電動バイクに搭載し、ライダーに有償で貸し出す。充電設備も従来の1ヵ所から5ヵ所へと拡充する計画で、ライダーは有料で充電サービスを利用できる。

従来型の「交換式バッテリーステーション」と、約20分で充電が可能な「コネクテッド充電ステーション」の両方式を導入し、利用ニーズや運用面での差異を検証する(図表4)。

出所:取材内容にもとづきTHAIBIZ編集部が作成

バイタク電動化に寄与できる可能性

果たして、タイのライダーに受け入れられる勝算はあるのか。金澤CEOは、「現在支払っているガソリン代よりも低いコストで提供できれば、EVへのスイッチは十分に起こりうる」と語る。「彼らにとってバイクは生活を支える“資産”であり、担保としての価値も持つ。車両の価値を落とさない長寿命バッテリーは、大きな魅力になるはずだ」と自信をのぞかせる。

「東芝からナチュラニクスがセルを借り受け、それをライダーに貸し出す」というリースモデルを採用している点にも、明確な狙いがある。同CEOによれば、バッテリーを購入する場合、多額の初期投資が求められるが、リース形式であれば負担を抑えた形で提供できる。市場が未成熟の段階でも導入しやすく、普及のハードルを下げられる点が強みだ。

長寿命で高温環境下でも劣化しにくいSCiBの特性があるからこそ成立するこのモデルは、タイにおけるバイタク電動化を現実的に前進させる選択肢となりうる。

廃棄バッテリー問題の深刻化を防ぐ

たった一人で来タイし、実証実験を実現させた金澤CEOは、「ここまで辿り着けたのは、政府関係者やタイ人のカウンターパートなどの助けがあったからだ」と振り返り、スタートアップとしての強みとして「スピード感」と「リスクを取る覚悟」を挙げる。

「ここに根を張り、泥臭く本気で取り組む姿勢を示すことで、現地の信頼と協力を得ることができる。この点が、大手企業との違いであり、われわれの強みだ」と語る。さらに同CEOはタイの事業環境について、「『とりあえず、やってみよう』という精神が根付いており、新しいビジネスに挑戦するスタートアップにとって相性の良い環境だ」と評価する。

今後は、タイ国内でバッテリーパックの生産体制を確立し、自由貿易協定(FTA)を活用して、マレーシア、インドネシア、ベトナムなど周辺国への輸出体制を構築することが、直近の目標だという。

東南アジアは高温多湿な気候のため、安価なバッテリーでは2〜3年で寿命を迎えてしまうという共通課題を抱えている。「こうした問題の深刻化を未然に防ぐことこそが、自分たちの使命だと考えている」と同CEOは強調する。

さらに、「日本では新しい取り組みに対してネガティブな反応が返ってくることも少なくない。しかし、海外で実績をつくり、話題になれば、日本からも声がかかるようになる」と述べ、「将来的には、サービスを日本へ逆輸入することも目指したい」と意気込みを語った。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 白井恵里子

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