タイにとってのAPEC、そしてBCGモデル

タイにとってのAPEC、そしてBCGモデル

公開日 2022.12.07

先月18~19日にバンコクで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議では太平洋沿岸の主要国トップが多数集まり、タイのプラユット首相にとっては人生最大の晴れ舞台だっただろう。タイの地元テレビでは、空港に到着し、飛行機のタラップから降りてくる各国首脳をプラユット首相が出迎え、握手する姿が何度も放映された。そして最も放映されたのはやはり中国の習近平国家主席だろう。このほかでもベトナムのフック国家主席、ゲスト参加のサウジアラビアのムハンマド皇太子は空港でプラユット首相の出迎えを受けた。一方、ハリス米副大統領はスパタナポン副首相、ゲスト参加のマクロン仏大統領はプラウィット副首相、そして岸田文雄首相はアネーク高等教育相がそれぞれ出迎えた。このことだけで、タイ政府が中国に最大の敬意を払い、日本を軽視したとは判断できないが、それでも象徴的だった。

APECとは何か

「習近平氏の国家主席としての初めてのタイ訪問は“前向きの対話”につながった」-これはAPEC首脳会議が閉幕した翌日11月20日付バンコク・ポスト紙の1面トップ記事のタイトルだ。同記事は、タイのプラユット首相は19日に習主席を首相府に招いて会談し、2022~2026年の間の戦略的な協力と、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」を共同で促進する計画で合意。具体的には電子商取引や投資、科学技術に関して合意書を取り交わしたという。タイのアヌチャ政府報道官によると、習主席は「タイと中国は家族のように緊密だ」とリップサービスしたという。

また20日付のバンコク・ポスト紙の1面の2番目の記事ではAPEC加盟21カ国は域内の経済統合を推進するためにアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)の推進を決断し、首脳宣言の23項目の1つに盛り込むことができたとその成果を評価した。ただ、今号のFeatureで国士舘大学の助川成也教授が指摘するように、包括的および先進的な環太平洋連携協定(CPTPP)にも参加せず、今年5月に立ち上げた中国を排除した経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を優先する米国が来年のAPEC議長国となることでFTAAP積極推進に疑問符が付いている。

そもそもAPECは自由貿易協定(FTA)や経済連携協定(EPA)など物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減するなどの具体的なルールを導入するものとは異なる。「APECは、非公式で非形式的な対話を重視し、拘束力の弱い緩やかな合意の原則に従って運営されている政府間協力の枠組み」(助川教授)でしかなく、民間企業や産業界にとってはもともとビジネスに直接の影響を与えることは少なく、関心は高いものではないかもしれない。ただ、助川氏は「例えばFTAに関して様々な規則やルールが乱立する状況から、ルール形成をする際の参考になるよう望ましいガイドラインを作成するなど、地道な活動を続けている」とも評価している。

ASEAN3カ国に「ブラボー」

22日付バンコク・ポスト紙はオピニオン欄(7面)では、ASAEAN問題に詳しいベテランジャーナリスト、カビ氏の「三つの首脳会議は協力して中心性を押し上げた」と題する論説記事を掲載している。同氏は「カンボジア(ASEANおよび関連首脳会議)、インドネシア(G20首脳会議)、タイは、独特のリーダーシップのスタイルと外交の巧みさで、ウクライナ戦争のすべての関係者をまとめ、国際関係で最も困難なSomersault(宙返り)を演じることに成功した。その際立った成功を実現したASEAN加盟国のトリオに対し、ブラボーだ」と称賛。「東南アジアは、ASEAN、G20、APECサミットのホスト役をアピールし、新たな国際秩序を形成することができた」と強調している。

タイ政府が今回のAPEC首脳会議ウィークで成果をアピールした経済政策は、FTAAPのほかではやはりBCG政策の採用だろう。首脳宣言の16項目で、「APECの持続可能性目標をさらに推進するための包括的枠組みとして、われわれはBCGに関するBangkok Goalsを承認した」と盛り込んだ。さらにプラユット首相は17日のAPEC CEOサミットでの基調講演では「タイ政府がポスト・パンデミックの経済再生に向けた国家のテーマ、戦略として採用したBCG経済モデルを支援するためには民間部門が重要な役割を果たす」と訴えた。しかし、今回のAPEC首脳会議に関する少なくとも日本の大手メディア報道では「BCG経済」という言葉を目にすることはほとんどなかった。

BCG経済モデルは真に持続可能なのか

一方、19日付のバンコク・ポスト紙は7面のオピニオン欄で、河川と流域住民の人権を守る活動をしている国際NGO団体幹部による「BCG経済とAPEC~ただの空疎なレトリック」という寄稿記事を掲載している。同記事は冒頭からいきなり、「バンコクで行われたAPEC首脳会議ではBCG経済に関するBangkok Goalで国境を超えて協力する合意が盛り込まれた。多くはサミットのホスト役としてタイ政府がこの目標を本気で推進するのか疑問を投げかけた。それは単にいつものように企業を支援するうわべのグリーン政策ではないのか」と批判する。

同記事はその理由として、「30年以上前から中国雲南省のメコン川上流の水力発電ダムの国境を超えた環境問題が続いている」ことを挙げる。ヒマラヤ山脈のふもとからベトナムのデルタ地域までの農業、水産業、水供給の場であるメコン川流域のエコシステムは20年以上、中国のダムの悪影響を受けてきたものの、関係各国政府の間で真剣な議論が行われたことはないと指摘。メコン川下流のタイも少なくとも4つのラオスのダムプロジェクトから電力を調達する計画で、建設業者はクリーンエネルギーとしてこれらのプロジェクトを推進しているものの、特に、大半の電力をタイが購入する予定のラオスのサヤブリダムはタイ東北部県の地域社会の環境への悪影響が報告されているという。そして同記事は、「タイ政府が今回のAPECサミットでアピールしたBCG経済は一見、美しく見えるかもしれないが、メコン川流域の人々にとっては依然として、水漏れするバケツのような空疎な言葉にしか聞こえない」と辛らつだ。

筆者も30年以上前、四国で高度成長期に作られた発電・治水用ダムに伴う河川の放流被害訴訟の取材をしたことがある。メコン川上流のダム問題にも関心を持っていたが、本格的に取材したことはない。BCGは経済政策であり、民間企業の利益を優先するが、そこでは企業利益と真に持続可能な循環型、グリーンな社会が果たして本当に両立するのかという、昔ながらの命題は何も変わっていない。APECではタイのバランス感覚は示されたものの、BCGモデルの真の意味について改めて問い直す必要もありそうだ。

THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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