最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中
カテゴリー: 協創・進出, 組織・人事, カーボンニュートラル, DX・AI
公開日 2025.06.10
自由貿易体制の揺らぎ、脱炭素への移行、そしてテクノロジーの急速な進化。今、日ASEANのサプライチェーンはかつてない変化の渦中にある。日本企業がASEANとともに築いてきた「現地と共につくる生産体制」は、改めてその真価が問われている。
こうした体制を、国際情勢の変化に対応する形で強化し、より持続可能なものにするため、リーン化(ムダを省く生産方式)、GX(脱炭素)、DX(デジタル変革)をいかに個々の現場レベルで根付かせ、サプライチェーン全体として競争力を高めていくか。その鍵を握るのが、「人」だ。サプライチェーンの最前線を担う人材こそ、持続可能で柔軟な体制の礎となる。
人材育成を通じて日本とASEANが未来を切り開くためには何が必要か。フォーラムで共有された支援策や知見、現場の実践例を通じて、そのヒントを紐解いていく。
目次
日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)および一般財団法人 海外産業人材育成協会(AOTS)は5月16日、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)、タイ国投資委員会(BOI)、東部経済回廊(EEC)事務局(EECO)、タイ工業連盟(FTI)と共同で、日ASEAN人材育成フォーラムを開催した。
当日は、ASEAN各国の企業や大学、日タイ行政機関の関係者が登壇し、AMEICCおよびAOTS等の支援制度、現場と連携した育成モデルなど、実務に根ざした取り組み事例が紹介された。
まず開会挨拶でジェトロ・バンコク事務所の黒田所長は、「ASEANの現地のパートナーとともに長年築き上げられた強固なサプライチェーンという資産を、国際情勢の変化に合わせてより強靭で持続可能なものにアップグレードするために、基盤となるのは優秀な人材である」と述べ、加えて、時代の変化に合わせた人材育成にサプライチェーン全体で取り組むことの重要性を強調した。
続いてBOIのスターシニー上級エグゼクティブ投資顧問は、日本の高専をタイに導入する「高専プログラム」の成果について報告し、「今後さらに日タイのコラボレーションを促進し、人材への投資による持続可能な経済成長に繋げたい」と訴求した。
また、東部経済回廊(EEC)事務局のコーキット副事務局長は「過去5年間で著しく高まっているDX、GXの移行需要に対応するためには、産官学連携による人材開発が極めて重要」とし、EECとして取り組む人材育成モデルを紹介した。
基調講演1では、AMEICC事務局長兼AOTSバンコク事務所長の藤岡氏が日本とASEANの長年にわたる産業協力を振り返りつつ、今後の競争力強化に必要な視点を提示した。
過去10年のASEANでの製造業分野における日本の投資は米国に次ぐ第2位で、タイでは製造業における日系企業の現地調達率が約60%と、他のASEAN諸国と比較して突出している。一方で、「競争力、サステナビリティ、レジリエンスを高めるためには、最新のトレンドに応じてサプライチェーンを強化する必要がある」と同氏は指摘。その背景として、第1に米中の相互関税によるコスト圧力、第2にEUやApple等のグローバル企業の脱炭素要求を挙げ、「費用対効果の観点から、CO2排出量の可視化から、省エネ・再エネへの段階的な対応が現実的であり、企業単体ではなくサプライチェーン全体での取り組みが鍵」と強調した。
また、リーン化、GX、DXの関係について、「生産性向上にはリーン化が重要であるが、リーン化によるエネルギーや材料の使用量削減はGXにもつながる。また、DXで実現する『無駄』の可視化は、リーン化やGXを加速することができる」と指摘。「こうした相関関係を意識し、可能な限りそのすべてを同時に追求することが、不確実な国際情勢に柔軟に対応しつつ、効率的に国際競争力を向上させることにつながる」と訴えた(図表1)。
続いて藤岡氏は、「エコシステムの中心にある教育機関や研修機関から人材を輩出して終わりではない。政府が彼らとソリューションプロバイダーなどとマッチング支援し、リーン化、GX、DXが現場で実際に加速されてこそ意味がある」と説明。「従来、多くの日系企業はインハウスで人材育成を行ってきたが、今後はローカルの研修・教育機関とも協力してサプライチェーン全体で人材育成にも努めることが求められる」と、現地関係機関との連携の重要性を示した。
そうしたローカルとの連携も活かした日本政府による支援策として、同氏はAMEICCによる「GX/DX人材育成支援プログラム」を紹介(図表2)。2024年7月から開始した同プログラムでは、認定された研修の参加費を最大50%補助する。日系企業の重要なサプライヤーと証明できれば、日系以外の従業員も対象となる。同氏は「タイにおける受講者数は計約200名にのぼり、ASEANの中で最も多い」と実績を明かした(同プログラムの詳細は本記事最下部を参照)。
加えてもう一つの支援策は、2020年から本格スタートした、AOTSによる「産学連携プログラム」だ。同プログラムでは、日系企業が大学に対し講座を開設する。現地学生への講義やインターンシップの実施を通じて、日系企業で求められる能力を向上させ、就職につなげることが狙いだ。AOTSは講師の派遣やインターン生受け入れにかかる費用を補助している。同氏は「コロナ禍に始まったプログラムのため、情報通信系の企業の利用が多かったが、最近は製造業も多い」とし、タイはベトナムに次いで2番目の利用実績があると説明した。
同氏は人材育成の成功要因として、①企業のエンゲージメント向上、②ソリューションおよびマッチングの選択肢拡大、③継続的な改善に向けたピアレビュー、の3つを挙げ、講演を締めくくった。
基調講演2では、タイ工業連盟(FTI)副会長 / 人材開発研究所(HCBI) 会長のターヴォーン氏が登壇。自身が日本企業であらゆるトレーニングを受けた過去を振り返り、「良いツールがあるから良い製品が作れるわけではない。効率や安全性を含めた”品質”は、すべて人間から生まれるものだ」と人材革命(PX=People Transformation)の重要性を示した。
同氏タイ政府も人材育成に力を入れているとし、その具体的な取り組みとして、タイ高等教育研究開発庁(NSTDA)では今年6月から140の講座を提供しており、参画する大学は約100校にのぼるという事例を紹介。「当初は280のカリキュラムが提案されたが、現在の産業に合わないものは省き、DXやGXなどを含む最新のカリキュラムだけが残った」と説明した。
また、ターヴォーン氏はリーン化、GX、DXの関係性について「藤岡氏が説明した通り、相互関係にある」とした上で「まずはリーン化に着手することが大切だ」と述べ、生産性向上と利益向上のためのプロセス改革について解説した。
同氏によれば、プロセス改革には7つの段階(図表3)がある。第1段階は、無駄やロスの多い「現状」を意味し、第2段階は無駄の削減に取り組む「リーン化」だ。第3〜5段階は「DX」にあたる。データ分析などによる無駄の可視化、モニタリング、全員参加の生産保全(TPM)などを行う。次なる第6~7段階がGXにあたるステージで、ここに辿り着いて初めてエネルギーの可視化や再生可能エネルギーの活用などに着手することができるという。
同氏は「取り組む順序が極めて重要だ」とし、同フォーラムのパネルディスカッションに登壇するデンソーの事例を共有した。
最後に同氏は、FTIおよびHCBIが提供する人材開発プログラムを案内し、その特徴として「産業の専門家から直々に学べること」を挙げ、長期間にわたり経験を積んだ人材のノウハウを伝承することの重要性を強調した。
第1部のパネルディスカッションでは、「サプライチェーン強化に向けた従業員の教育・リスキリング」をテーマに、ASEAN各国から人材育成プログラムを提供する立場と、人材育成を戦略的に活用している企業の双方から登壇者が集結。先述のAMEICCのGX/DX人材育成支援プログラムで提供されている研修の開発者や体験者等の生の声を交えながら、人材育成が成長につながる実践例と効果も報告された。
インドネシアのアストラテック(アストラポリテクニクス)産業サービスの副ディレクター、アディヨノ氏は、スキルマッピングに基づく伴走型研修を紹介。20万人規模のグループ企業における技術教育の体系化が、全体の競争力向上につながっていると明らかにした(図表3)。
日本カンボジアデジタル化製造業センター(CJDM)のリチャードCEOは、「大学を出ても現場で即戦力にならない若者が多い」と指摘。座学中心の教育の限界を述べたうえで、日本やタイと連携した実践型研修が中小企業にとっての新たな武器になると訴えた。
また、産官学連携による運営体であるタイ・ブラパー大学EECオートメーションパークのディレクター、パイブーン氏は、EECオートメーションパークを活用した“10日座学+3日実習”のハンズオン研修を紹介。安価な可視化ツールやプロジェクト型学習によって、中小企業でも導入可能なモデル構築を進めていると述べた。
企業の現場からは、実際に人材育成で得た知見を使ってGX推進・コスト削減を実現した例も紹介された。自動車部品の製造等を手がけるSriborisuth Forging Technology Co., Ltd.のマネージングディレクター、チャルムラット氏は、AMEICC認定研修を経て設備のエネルギー使用量を可視化し、空気漏れ対策や太陽光導入を実施。最大60%の電力削減を実現できる計画を策定し、足下着実に実施している実体験を紹介し、「段階的な改善こそが中小企業にとってのGXである」と語った。
続いて、タイサミットPKコーポレーションHRDのプロジェクトマネージャー、アーナット氏は、自社内にトレーニングセンターを設置し、研修経験者が社内改善に大きく貢献した事例を共有。企業内での継続的な学びと実践の連動の重要性を示した。
ディスカッションの締めくくりとして、モデレーターである藤岡氏は、「研修と現場をつなぐ“翻訳者”の役割が鍵になる」と述べ、教育と実務を架橋する仕組みを現場から積み上げていくことの意義を強調した。
第2部パネルディスカッションでは、「産学連携による未来の人材育成」をテーマに、大学・企業・研修機関の関係者が登壇。AOTSの寄附講座事業を活用する日系企業や、講座を開設する現地の大学関係者に対して、産学連携によるメリットや人材の獲得・育成において抱える課題、現場への波及効果を共有した。
まずは泰日工業大学(TNI)の工学部長、アンチャリー准教授が、教員研修について紹介。得られた知見を学生向けの課題解決型学習(PBL)や企業連携の実践教育に展開し、教育現場と産業界の橋渡しを図っていると語った(図表4)。また、インドネシアのバンドン工科大学学生部のディレクター、ムハマド氏は、「企業は変化を求めるが、教育現場はすぐには動けない。翻訳者として機能する人材が必要」と指摘。学生・教員・産業界の3者連携を通じた「協調型カリキュラム」の重要性を訴えた。
企業側からは、デンソー・インターナショナル・アジア GM/デンソー・トレーニングアカデミー・タイランドのGM、横井氏が登壇。寄附講座を起点に各国工場での改善活動を支援しつつ、受講者がトレーナーとして現場を動かす仕組みを構築していると報告。「現場で成果が出た事例を、各国で共有・展開できるようにしていきたい」と述べた。また、ソリマチベトナムの高橋CEOは、「講座を通じて現地社員の改善提案が増えた」と語り、シンプルで汎用性のある教材・モデルの活用によって、ベトナムでも中小企業に根差した実践が始まっていることを紹介した。
登壇者はいずれも、寄附講座を単なる研修にとどめず、現場に活かす取り組みを通じて、地域全体の人材力の底上げにつなげる意義を強調した。
本フォーラムで示されたのは、ビジネス環境変化の対応に必要な知識やスキルを持つ人材を育てる仕組みの重要性である。GX・DXといった要請に応えるには、教育機関と産業界の連携を深化させ、実践に即した育成モデルを継続的に展開していく必要がある。
AMEICCでは今後も、こうした実践知をさらに広げるための取り組みとして、「GX/DX人材育成支援プログラム」の展開を継続する。2025年8月頃、同プログラムで採択された研修機関を訪問する視察ツアー(参加無料)が開催される予定だ。申し込み開始は7月上旬予定。
日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC) 事務局
HP: https://ameicc.org/
Tel: (+66-2)255-2370
Email: [email protected]
THAIBIZ編集部
激動するタイ市場を走破せよ! 三菱自動車が挑む日本のHEV最前線
対談・インタビュー ー 2025.06.10
タイ不動産業界、新章へ MQDCが描く次世代住宅開発ビジョン
対談・インタビュー ー 2025.06.10
ASEAN戦略の要としてタイのIT・クラウド分野の成長に取り組む ~KDDIタイランド 浪岡智朗社長インタビュー~
対談・インタビュー ー 2025.06.10
タイに広がる“ゼロバーツ工場” 中国資本の影と地元経済への影響
ビジネス・経済 ー 2025.06.10
変革の鍵は人材育成にあり「日ASEAN人材育成フォーラム」開催
協創・進出 ー 2025.06.10
タイにおけるeコマース規制
会計・法務 ー 2025.06.10
SHARE