カテゴリー: 組織・人事
連載: Asian Identity - タイ人事お悩み相談室
公開日 2024.07.04
「Question:タイ人がなかなか主体的に動いてくれません。何かコツはありますか?」
「Answer:ピー・ノンの関係になれれば、彼らは爆発的なパワーを発揮します。」
はじめまして。中村と申します。今回からTHAIBIZにて「人事」についてのコラムを書かせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。
私は10年前からタイで会社を経営しています。生業は、人事のコンサルタント。日本人やタイ人向けのトレーニング実施や、人事の諸制度をクライアントとともに改善するのが仕事です。
海外拠点では、現地スタッフに動いてもらわないと仕事が進みません。英語が通じにくいタイではなおさら現地スタッフの活用が必須になります。特に日本で部下を率いた経験がない人ほど、この「人が動かない」という壁にぶつかりがちです。
「タイでは、タイ人を動かして仕事をする」。この原則をまずは意識しましょう。
タイ人の国民性についてはすでに様々な解説がありますが、私は「権力格差」「集団主義」というキーワードを挙げたいと思います。
まず権力格差については、タイは公式な身分制度は存在しないものの「見えない階層社会」であることを知っておく必要があります。タイ人同士では、互いの名字や学齢・身なりなどでお互いの“身分”を判断して接し方を決めます。
「一億総中流」の意識が強い日本人が、学歴の低い人を良かれと思って昇格させようとすると「なぜあの人を上げるんですか」とタイ人から反発をくらったという話をよく聞きます。人事制度に学歴キャップが存在する会社も少なくなく、日本との常識の違いに留意が必要です。
また、日本からマネージャーとして赴任した場合は基本的には「目上の人」とみなされ敬ってもらえますが、それゆえに距離を作られてしまいがちです。
加えて、上司の言うことだからすべて従ってくれるかというと、そう単純ではありません。誰の言うことを聞いて、誰の言うことを聞かないかをタイ人はなかば無意識に判断する傾向があります。「タイ人は人につく」と言われるゆえんです。
権力のパワーに頼るのではなく「あなたのために頑張りたい」と思ってもらえる関係性を作れるかがポイントになります。
もう一つのポイントは「集団主義」という特徴を理解しておくことです。
「集団主義」の社会では「内集団」と「外集団」を区別します。
内集団の最も基本的な単位は家族です。多くのタイ人は、家族にはすべての利害を超えて忠誠をつくします。またそこから拡張して、家族的な共感を感じ、深い信頼関係を持つ相手も内集団です。そうした内集団に入ることができると、タイ人は明らかに異なる表情を見せてくれます。
とにかく「大好きな仲間と、みんなで頑張る」というのがタイ人のモチベーションの特徴なのです。
これが最もよく見られるのはNew Year Party(タイの忘年会)でしょう。多くのタイ人はこうしたイベントが大好きで、みんなで一生懸命に出し物などを準備して、信じられないような高いパフォーマンスを見せてくれます。
それを見た日本人が「仕事でもこれぐらい頑張ってくれれば・・」とつぶやくまでがタイの年末の風物詩ですが(笑)、こうした仲間意識をうまく活用すれば、仕事においても爆発的なパフォーマンスを発揮してくれます。
「タイ人は言われたことしかやらない」「主体性が低い」と評価しがちですが、それは私たちがタイ人と「内集団」の関係性を築けているかどうかによるのです。
では内集団の関係性になるためにはどうしたらよいのか。
ポイントは「仕事の話以外を積極的にする」ことです。
相手や自分の家族のことを話題に出したり、趣味やプライベートな時間の過ごし方を話したり。そうした人間としての側面を知り合うことで関係性が築かれていきます。
これは昨今の日本の風潮とは逆行するかもしれません。日本では、プライベートの話をすることはNG、相手の髪形や服装に言及することも管理職としては禁止されていると聞きます。
日本の常識ではこれは“不適切”ということなのですが、タイではそこまで神経質にならないほうが良いでしょう。
こうしたプライベートなトピックを避けすぎると「この人たちは私たちに関心がないんだな」と思われてしまいます。むしろ、相手と良好な関係を築きたいのであれば、積極的に口にしていく方が人間味のある上司だと思ってもらえます。私も、スタッフが髪形を変えたり、新しい服装をしていたら極力言及したり褒めるようにしています。
また、タイでは職場においても「ピー」(お兄ちゃん・お姉ちゃん)「ノン」(弟・妹)という呼称で相手を呼びあい、親近感を表明します。互いの距離が近づいてくると、「クン」(さん)から、「ピー」に呼び方を変えてくれます。
その状態に近づくためにはタイ人に倣って自分に「チュー・レン(あだ名)」を付けてしまうのもお勧めです。ご存じの通り、チュー・レンを持たないタイ人はいません。私も最初は、「ナカムラ・サン!」と呼ばれていましたが、途中から「ピー・ジャック!」(ジャックは私のあだ名)と呼んでもらえるようになり、親近感を感じるようになりました。
ピー・ノンの関係性になれたとき、タイ人との本当の関係性がスタートするのです。
まとめると、タイ人は「家族的な組織」が好きなのです。
タイで成功している会社にお邪魔してインタビューをすると、例外なく「Family」「Second Home」といった言葉が出てきます。そうした安らげる場所、何でも話せる仲間がいる場所、がタイ人にとっての「良い職場」です。
これを聞いてどう思われたでしょうか。共感する部分もあるでしょうし、一方で「仕事なんだから厳しさも必要じゃないか?」と感じた人もいるかもしれません。
実はこの「会社は家族的であるべきか?」というテーマは昨今よく話題に上がるテーマです。
優れた人事マネジメントで知られる米Netflix社は、「会社は家族ではなく、プロフェッショナル・チームだ」というスローガンを掲げて話題を呼びました。人間は、家族に対しては情が入ってしまうから、厳しく突き放したり役割変更したりすることができない。職場においては、成果に向けてドライであらねばならないというわけです。
私はこの考えには半分賛成、半分反対です。
働かない息子を甘やかすのはダメな家族です。ですが、本当に相手を思いあっていたら、厳しいことも言え合えるはずです。そうした家族関係も世の中にたくさん存在します。ですから、この「温かさ」と「厳しさ」は二律背反ではないのです。
タイにおいては「家族的な愛情」と、「プロとしての厳しさ」の両立を目指しましょう。
どちらか一方だけを取る必要はなく、この2つを併存させるのです。国民性を無視してしまっては、人材の本当のパワーを引き出すことができません。タイ人の国民性にフタをせず、この「家族的」な特性を活用したマネジメントをすることこそが有効なのです。
普段は温かく接しながら、言うべき時は人事制度に基づいてビシッと言う。
そうしたバランスをとることができると、皆さんのタイでの成果はきっと上がっていくと思います。 本コラムでは皆さんからの日々のお悩みを受け付けています。是非お悩みをお寄せください。ではまた次回もお楽しみに。
株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役
中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)
愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。
人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]
Asian Identity Co., Ltd.
2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。
◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com
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