「タイ人は主体性が無い」は本当か?

「タイ人は主体性が無い」は本当か?

公開日 2025.02.03

Question:弊社のタイ人スタッフは、指示を待つばかりで主体的に仕事を進める姿勢が足りないと感じます。どう教育したらよいでしょうか?

Answer:方針と指示を明確に出せば、タイ人はむしろ積極的に動いてくれます。

タイで仕事をしていれば、「タイ人部下がなかなか動いてくれない」ともどかしく感じることは必ずあるでしょう。「主体的に仕事に取り組む」ということについては、日本とタイでは文化的な違いがかなり大きくあるように私は感じます。今回はこの疑問を紐解いていきたいと思います。

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主体性を重視してきた日本と、異なるタイ

まず日本においては「主体性」というものが非常に重視されてきました。

1947年(昭和22年)に施行された教育基本法において、人材育成の方針の一つとして「自主的精神」が謳われました。これは、それ以前の国家主義的教育からの転換を象徴するものでした。

それに基づき実際の学校現場では「学級活動」「生徒会」など生徒の自主的な取り組みを奨励し、「単元学習」と称した、主体的な計画と実践をベースにした教育が行われてきました。

仕事の現場では「仕事は自分で作るものだよ」といった言葉で象徴されるような、「上司の指示を待っていてはいけない」という暗黙の了解が形成されてきたのです。

一方でタイでは、「国王に対する敬愛」と「上下関係の重視」が、教育に非常に強く組み込まれてきました。タイの学校には「先生の日」というものがあり、先生の前に生徒がひざまずいて感謝の意を伝えます。花やお供え物を渡して、知恵を与えてくれる存在としての教師に深い敬意を表します。これは日本ではなかなか見られない光景です。

もちろん近年ではアクティブラーニング的な教育も行われていますし、若者世代の意識はより自立してきています。しかし、家庭や人間関係における上意下達な風潮は根強く、主体的というよりは従属的なマインドセットがいまだにタイ人全体に強く残っています。

タイの家庭では、「親や先生の言うことをよく聞く子」が良い子とされて育ちます。大人になっても親子は深い絆でつながっていて、成人してからでも親の意見に従って会社を選ぶことも珍しくありません。日本では親の意見に背いて生きていく人もいますが、そうした人はタイではかなり少ないと言っていいでしょう。

職場では、「上司に忠誠を誓う」ことを暗黙の了解としている人が多く、表立って意見をぶつけることをよしとしない風潮があります。このような背景から、「上司の指示は忠実に行動に移す一方で、言われていないことはやらない」という行動パターンが形成されています。

トップダウン=悪という日本人の思い込み

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このように考えると、タイ人スタッフに自発的な行動をしてほしい場合、「いかにこちらの指示をはっきりさせるか」というのがポイントになります。上司が「私は、あなたの提案を求めている」とはっきり言葉にすれば、それに従って意見を出そうとしてくれます。

よくあるタイ人から日本人への不満に「依頼がわかりにくい」というものがあります。特に、上司の期待や願望レベルの発言が、「それは正式な仕事のオーダーなのか、それともただの雑談レベルの話なのか」と判断に迷うことが多い、とタイ人はこぼします。

日本の職場の場合、上司が「これができたらいいよね」という希望的観測を発言しただけでも、部下が「わかりました。ちょっと動いてみます」とその意図を汲んで動き始めるということがしばしばあります。上司と部下の阿吽の呼吸で、主体的に業務が作られていくというのは日本の職場の特徴です。

一方で、タイ人にこれを期待するのは難しいと言えます。「先日あの方針について話しただろう」と思っても「それは業務の指示だとは思わなかった」とタイ人は感じています。その結果、日本人には「タイ人は主体性が無い」、タイ人には「日本人は指示がわかりづらい」という印象が双方に残るのです。

このようなことが起こる背景の一つには、日本人には「トップダウンの命令は良くない」という暗黙の前提があると私は考えています。

先ほど、日本の主体性教育の歴史について紹介しましたが、これは戦前の強烈なトップダウン・カルチャーへの反省から来ています。日本は理念としては主体性を掲げつつも、実際の教育現場では、部活動における体罰やブラック企業のような、上意下達の文化も強く残しながら歩んできました。それゆえに、トップダウン型への嫌悪感を持っている人が多いのです。

注意したいのが、日本人とタイ人のトップダウンのイメージはかなり違うという点です。日本人は、トップダウン型リーダーというと、声を荒げて指示を出したり、時には感情的になる独裁者のようなリーダーを思い浮かべるかもしれません。

しかし、タイ人のイメージは違います。決して怒らず、ニコニコと話を聞きながらも、相手への指示やアドバイスは明確。そうした「頼りになるお父さんのような上司」というのが、タイ人のトップダウン型リーダーの理想像です。こうした像は、多くの日本人リーダーも目指せる姿だと私は思っています。

ビジョンや方針を「自分の言葉」で示そう

新たな年が始まり、多くの企業はこれから新年度の方針を作成していくと思います。このタイミングは、タイ人の主体的な行動を引き出すうえで最重要のタイミングと言えます。事業目標や重要業績評価指標(KPI)に加えて、各部署・チームに期待することを明確にして、経営トップあるいはマネージャーがしっかりと語りましょう。

弊社では、方針伝達と意思統一の場として「年頭キックオフ」といったイベントをサポートすることがあります。全社単位あるいは事業部単位などで従業員を集めて、経営方針をしっかりと伝え、タイ人と一緒にディスカッションをします。

こうした場は、タイ人から非常に歓迎されます。彼らは、リーダーの意向を汲んで仕事をするために、まずはとにかくリーダーの考えを知りたいと思っているのです。それをしっかりと理解すれば、「実現のために、自分たちも頑張ろう」とやる気を出し、また意見も積極的に出してくれます。

重要なのは、「リーダーが自分の言葉で語る」ということです。日本人は、しばしば「会社」を主語にして語りがちですが、タイ人が知りたいのはリーダー個人の意志です。

また、日本人には「方針をみんなで話し合って決めよう」とする傾向もしばしばみられます。意見を聞くのはタイでも良いことですが、それに偏りすぎるとタイ人からは「聞いてばかりで、自分の意見を持っていない人」と誤解されてしまいます。ある程度は話を聞きながらも、担当組織の将来像については、「これが私の方針だ」と自分の考えをズバッと出した方が、タイ人にとっては信頼されるリーダーとして映ります。

このようにリーダーが明確な方針を示し続ければ、皆さんの部下の行動もきっと主体的なものに変わってくるでしょう。ぜひチャレンジしてみてください。応援しています。

株式会社アジアン・アイデンティティー 代表取締役

中村 勝裕 氏(愛称:ジャック)

愛知県常滑市生まれ。上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。「アジア専門の人事コンサルティングファーム」としてタイ人メンバーと共に人材開発・組織開発プロジェクトに従事している。
リーダー向けの執筆活動にも従事し、近著に『リーダーの悩みはすべて東洋思想で解決できる』がある。Youtubeチャンネル「ジャック&れいのリーダー道場」も運営。

人事に関するお悩み・ご質問をお寄せください。
「タイ人事お悩み相談室」コラムで取り上げます!→ [email protected]

Asian Identity Co., Ltd.

2014年に創業し、東南アジアに特化した人事コンサルティングファームとして同地域で事業を展開中。アジアの多様な人々を調和させ強い組織を作るというビジョンの実現に向けて、"Asia is One”をスローガンに掲げ、コンサルタントチームの多様性や多言語対応を強みに、東南アジアに展開する日本企業を中心に多くの顧客企業の変革をサポートしている。

◇Asian Identityサービスサイト
http://asian-identity.com

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