カテゴリー: 会計・法務, カーボンニュートラル
公開日 2023.10.10
タイ政府も気候変動対策、カーボンニュートラル政策を一段と強化する姿勢を示す中で、在タイ日本国大使館と日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所は9月20日、オンライン、オフラインのハイブリッド型で「CNセミナー」を開催した。テーマは1つが、タイ産業界でも関心を集め始めている欧州連合(EU)が導入する「カーボン・ボーダー・アジャストメント・メカニズム(炭素国境調整メカニズム)」、いわゆるCBAMで、2つ目はタイの石炭火力発電の大型プロジェクトとして知られている、タイ北部ランパン県のマエモ発電所の脱炭素化事業だ。今回はCBAMのパートを紹介する。
目次
この日のセミナーではまず、ジェトロ・バンコク事務所の黒田淳一郎所長が開会あいさつで、まずCBAMについて今年10月に欧州連合(EU)が報告義務を掛けることを踏まえ、直前の議論の状況、タイがどんな対応しているかなどの現状と今後の課題を紹介すると説明。特に今後その規制が強化されていく可能性が高く、さらに他国も同様の規制を導入していくことも予想される中で、日本にとってサプライチェーンの中核であるタイで的確に対応していくことが重要だと強調した。
また、経済産業省が今年から開始した日タイ・エネルギー・パートナーシップのさらなる進化に向けた事例としてタイ・マエモ地区の脱炭素化事業を取り上げたとし、黒田氏はその狙いに関連し、日本はアジアがグリーントランスフォーメーションを達成していくためにアジア各国の脱炭素化にうまく寄り添って協力していくためにアジアゼロエミッション共同体(AZEC)を推進していると報告した。
セミナーの「テーマ1」は「炭素国境調整メカニズム(CBAM)」についてで、まずジェトロ調査部の主任調査研究員の田中晋氏が「CBAMの概要と移行期間の報告義務」というタイトルで講演。CBAMは「カーボン・ボーダー・アジャストメント・メカニズム(炭素国境調整メカニズム)」の略称で、日本語で「シーバム」と呼ばれ、「炭素国境措置」と訳されることもあると説明。「EU域内では排出量取引制度(ETS)があり、炭素集約的な関連企業にノルマを課している。その対象製品を輸入する際に、EU域内と同等の排出量削減の負担を負ってもらうという考えが背景にある」と述べた。
CBAMのスケジュールについて田中氏は、「欧州連合(EU)だけでなく幾つかの国でも類似の議論や検討が始まっているものの、現時点で具体的な制度として導入が決まり、先行しているのがEUだ」とした上で、今年の10月から報告義務が始まり、2025年末までが移行期間となり、本格的な導入、課税(CBAM証書の購入)されるのが2026年1月からだと紹介。EUの排出量取引制度(ETS)では域内企業が無償の割り当てを受けられる「無償枠」があり、それを段階的に削減していって、これをCBAMに差し替えるという発想で設計されているとし、CBAMに完全(100%)移行するのは2034年1月とかなり先になると解説した。
そして田中氏は、2026年にCBAMが本格導された場合、EU域外輸出事業者とEU域内輸入事業者が具体的にどのような対応を迫られるかを分かりやすく例示した後、CBAMの当初の課税対象について、「セメント」「電力」「肥料」「アルミニウム」「化学品」の6分野になると説明した。このうち、鉄鋼、アルミニウム、化学品については直接的な排出量のみが対象だが、セメント、電力、肥料については直接的な排出量だけじゃなくて間接的な排出量も対象になると指摘。肥料の中にはアンモニアが、鉄鋼製品の中にねじ、ボルト、ナット、リベットなども含まれているとし、さらに化学品には、「今は水素しかないが、おそらく将来拡大していくだろう」との見通しを示した。
そしてCBAMとは「EU域外の温室効果ガス(GHG)排出削減を促すため、特定分野の輸入品にEUの排出量取引制度(ETS)と同等の炭素価格を課す制度だ」と改めて説明。CBAM対象製品のEU輸出額が多い国について、ボリュームの大きい鉄鋼とアルミニウムは上位10カ国まで、その他の製品はトップ3を紹介した。これらの上位国に日本は入っておらず、田中氏は「日本からEUへの直接の輸出、現状の対象製品という意味ではそんなに影響がないのではと言われているが、日本企業は日本からEUへの直接輸出だけではなく日本以外の国から関連製品をEU向けに輸出していることもあるため、これらも今後見ていく必要がある」と強調。また、タイも上位には入っておらず、金額的には大きな製品があるわけではないが、個別には関係する企業もいるだろうと述べた。
続いて田中氏は、CBAM制度の対象製品を欧州連合(EU)に輸出する場合、事業者は「御社の製品のCO2の排出量はどれだけですか」と聞かれることになるため、CO2の排出量を知る必要性が出てくると指摘。「例えば中小企業のように『計算できません』『難しくて分からない』場合には計算しなくても輸出はできるが、デフォルト値が用いられることになる」とした上で、デフォルト値はEU側が決める計算方法で算出され、輸出国、例えばタイで信頼できるデータがあればそれに上乗せして計算された「悪い数値」を用いる。それも算出できない、平均データがない場合にはEUの排出権取引制度(ETS)の対象施設のうちの悪いデータを用いて計算することになるという。
CO2排出量の計算方法については、ETS制度のような工場単位の排出量ではなく、製品ごとの単位生産量あたりの排出量を求める必要があり、具体的には単位あたりの生産に必要な燃料の投入量に係数を掛けて排出量を計算していく(または直接測量)作業になると説明。また、企業が現在進めている「ライフサイクルでのカーボンプリント」は、CBAMで要求されている報告対象よりも通常広く、一般的な算出方式を用いると過剰報告になる可能性があるので注意が必要だと述べた。
排出量が分かった後、EU域内の輸入事業者は、対象製品の輸入時に製品単位当たりのCO2排出量に見合った「CBAM証書」を購入することが義務付けられている。CBAM証書の購入が課税行為に当たるわけだが、誰でも購入できるわけではなくて、CBAM証書を購入するには「認可CBAM申告者」として認定される必要があるという。
また田中氏は、CBAM証書の価格は、ETSの炭素価格に連動するため、いつ購入するかでも価格は変わってくると指摘。EUが立ち上げる予定の共通の中央プラットフォームで、CBAM証書のやり取りをする制度設計になっているという。CBAM証書はいつでも購入できるが、四半期ごとに四半期末までに必要なCBAM証書を購入して登記簿に載せていくという作業になり、CBAM証書を買い過ぎた場合は、後から払い戻しも可能だと説明した。
さらに田中氏は、今年10月から始まるCBAMの移行期間(2025年12月まで)の報告義務とCBAM報告書について、
①各種類の製品とそれぞれの総量(原産国の施設別)
②実際の「体化」排出総量(embeded emissions=直接排出、間接排出)
③間接排出の総量
④輸入品の体化排出量に対する原産国で支払われるべき炭素価格
-が含まれると紹介。また、CBAM報告書を提出しない、あるいは必要な修正を行わない輸入者や間接通関代理人は罰金を科されるとした。
さらに、欧州委員会が8月17日に採択した移行期間の報告義務に関する実施規則では、報告申告者(輸入者、または間接通関代理人)は、輸入が行われた四半期に輸入された製品の情報を含むCBAM報告書を当該四半期の終了から1カ月以内に、今後立ち上がるCBAM移行期間登記簿に提出する必要があり、また同報告書は当該四半期終了後2カ月までは修正可能だと説明した。
最後に、移行期間の規則が決まる前のパブリックコンサルテーションでは187件の意見が提出され、うち70件ぐらいが企業など産業界からだと報告。国別ではタイからも企業も含め6組織から意見が出され、バンチャクからは「準備期間が短すぎる」という意見があったという。さらにタイ商務省からは「生産工程の関連情報など機密性が高く商業的価値のある情報の開示により、操業者の利益が損なわれる可能性がある。提出期限までは短すぎ、延長すべき」という意見、さらにタイ工業連盟の気候変動研究所からは「タイにおけるカーボンフットプリントの評価および認証プロセスは、CBAM規則に基づく体化排出量の決定および認証に適用されるべき。施設が所在する国の政府機関を国家認証機関として承認すべき。タイの炭素クレジット認証制度T-VERの基準とガイドラインを考慮すべき」などの意見が出されたという。
続いて環境コンサルタント「Green and Blue Planet Solutions」のレッジーナ・ルーテゴード(Regina Rutegard)氏が「CBAMのタイ経済へのインパクト」をテーマに講演した。同氏はこの日の講演内容について、
①CBAMに対する不満
②欧州連合(EU)域外の国に対する一般的な影響
③タイ経済への影響
④CBAMのタイへの間接的な影響
⑤タイ政府による対策
⑥タイ企業がとるべき対策
-の6つの項目について説明するとし、①のCBAMの一般的な影響については、「CBAMは既に批判に直面している」と指摘。主なものは開発途上国からの「調整する時間が必要だ」という批判であり、さらに「CBAMは世界貿易機関(WTO)のルールを侵害する」もので、すでにタイやブラジル、トルコなどがWTOに対し正式の不服申し立てをしていることを明らかにした。そして、「1国に与えた特権はすべての国に対しても与えなければならない」などの3つのWTOルールに違反しているとの批判に対するEUの回答も紹介した。
そして、CBAMのEU域外の国への一般的な影響について、
①国際貿易をゆがめる可能性がある
②炭素集約(Carbon Incentive)的な製品をEUに輸出している国が最も影響を受ける-とし、具体的にはロシア、英国、モザンビーク、トルコなど
③タイにとって、EUは最重要の輸出市場ではないが、CBAMの内容が将来変更された場合には議論の必要があるとし、その場合は韓国、インド、中国がタイの主な競合国になる
④EUのCBAMを受けて、米国や英国、カナダ、オーストラリアでは独自で類似の制度を検討中
-という4点を指摘した。
ルーテゴード氏はCBAMのタイ経済への影響についてマクロ面の悪影響では、①輸出コストの上昇②韓国や中国、インドなど同様の状況にある国との競争力の低下-を挙げた。一方、良い影響としては、①低炭素経済への移行の加速②グリーン産業において貿易と投資の新たなチャンスとなる-とした。その上で、産業レベルでのタイ経済の影響について、2022年のタイの輸出データに基づくと、CBAM対象5分野の電力を除く商品のEUへの輸出総額は2億1290万ドルで、タイの輸出総額に占める比率はたった0.07%であり、EU向け輸出総額においても0.8%にとどまっていることを明らかにした。具体的にはタイのCBAM製品のEU向け輸出の67%が鉄・鉄鋼、33%がアルミだとしている。同氏は、「タイのCBAM製品のEU向け輸出額の全輸出に占める比率はまだ小さいが、タイの産業界はCBAM製品の将来の拡大に備えるべきだ」と助言した。
そしてタイがCBAM導入に備える上での課題として、
①二酸化炭素排出量の測定(EUとタイでは測定方法に違いがある)
②CBAM絡みのコストを削減するための国内カーボン・プライシング(炭素価格)の利用
③低炭素社会への移行
-の3つを挙げた。
タイ政府の対策についてルーテゴード氏は、タイ政府は今年8月18日、天然資源環境省のEnvironmental Quality Promotion DepartmentをDepartment of Climate Change and Environment(CCE)に改称、新設したと紹介。これはタイ政府の気候変動法に基づく2050年までのカーボンニュートラル、2065年の温室効果ガスネットゼロ目標達成に合わせたものであり、CCEはタイの気候変動関連の政策を管轄することになると強調。さらに財務省物品税局は、エネルギー、運輸、工業分野に「炭素税」を課すことを検討しており、今年、炭素税をいかにCBAMなどの国際標準に見合ったものにするかの調査も行っていると説明した。
最後に同氏は、タイ企業が取るべき対策について、「温室効果ガスの追跡と検証」が重要であり、EUがタイ企業を「検証者」として認めるかどうか、EU域外の事業者のガイダンスの詳細にも注目する必要があるとの見方を示した。
TJRI編集部
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