カテゴリー: ビジネス・経済
公開日 2023.04.25
岸田文雄首相は2022年1月、アジア各国が脱炭素化を進めるとの理念を共有し、エネルギートランジションを進めることを目的に「アジア・ゼロエミッション(AZEC)」構想を打ち上げた。そして2023年3月4日には、タイのスパタナポン副首相兼エネルギー相を含む東南アジア、日本、オーストラリアの10カ国の担当閣僚が参加する初のAZEC閣僚会合が東京で行われ、AZECの枠組みが正式スタート。これを受けて日本貿易振興機構(ジェトロ)バンコク事務所は3月20日、タイ・エネルギー省などとの共催で、「国際エネルギーAZECワークショップ」をハイブリッド方式で開催した。
同ワークショップではまず、ジェトロ・バンコク事務所の黒田淳一郎所長が開会あいさつし、「アジアのグリーントランスフォーメーション(GX)を実現するためには、政府と企業との連携や国際協力は必要不可欠だ。今後、セミナーの開催等を通じて最新の情報共有に努めるとともに、企業間のマッチングを推進し、新規ビジネス創出のご支援をさせていただく」と強調。その上で、日ASEAN友好協力50周年を機に、ジェトロは経済産業省と協力して、日タイの大手企業とスタートアップのオープンイノベーションを加速する「ファストトラック・ピッチ」を今年の初夏をめどに開催する計画を明らかにした。
また、タイ・エネルギー省側からはプーンパット国際局長が登壇、「低炭素社会の実現に向け、タイでは再生可能エネルギーの消費・生産比率を高め、エネルギー効率の向上、省エネ技術の活用、二酸化炭素回収・再利用・貯留(CCUS)などへの投資を推進する必要がある。また、化石燃料依存から脱して低炭素社会化を加速するためには、電気自動車(EV)の利用とEVインフラ整備も不可欠だ。今回のワークショップによりタイと日本はエネルギートランジション、カーボンニュートラル(脱炭素)の実現を共に目指していく」と訴えた。
続いて資源エネルギー庁の国際資源エネルギー戦略統括調整官の小林出氏が基調講演を行った。小林氏はまず、「日本のエネルギー自給率は11%しかなく、他国と比較して極めて低い数字だ」とした上で、日本は2050年のカーボンニュートラル達成、また、NDC(国が決定する貢献)として、2030年度に2013年度比で温室効果ガス排出量を46%削減するという目標を掲げていると説明。このNDCに基づいて2021年に決まった第6次エネルギー基本計画では再生可能エネルギーのシェアを現在の約2倍の36~38%と見込んでいるが、現状を考えれば、「恐ろしく高い目標」だとし、その理由について日本は平地が少なく、再エネ設備の設置スペースが限られ、送配電グリッドが弱いなどの障害があるからだとの認識を示した。2050年カーボンニュートラル達成では「現有技術では全く不十分で、脱炭素技術の革新が必要になる」ため、民間企業の水素、アンモニアなどの分野の脱炭素技術開発を支援しており、これらの技術は「特に東南アジア各国の脱炭素化の取り組みと親和性が高い」などと述べ、AZEC立ち上げの背景を説明した。
その上でアジアの現状については小林氏は「欧州と異なり、電力需要は今後も増大が見込まれる。再エネのポテンシャルは必ずしも大きくなく、グリッドは小さく連結は弱い」などの課題を指摘。特にASEANが脱炭素を目指す際には一つの処方箋で全て済ますのではなく、各国の状況を踏まえた「多様な脱炭素に向けた道筋」を検討する必要があるとし、ASEANのカーボンニュートラルへの道筋として、①省エネにより増大する電力需要を少しでも抑える②再エネをできるだけ増やして電力需要の伸びの多くの部分をカバー③電力システム全体の安定性を図るために必要な範囲で火力発電を増やし、並行して火力発電からのカーボンフットプリント削減に取り組む④中長期的課題として原発導入を検討する-ことを提案した。
そして、経団連と経産省の共催で3月3日に開催されたAZEC官民投資フォーラムに合わせ、再エネ、バイオマス、水素、アンモニア、CCUS、LNG等多岐にわたる脱炭素分野での協力に関する計28件ものMOUが新たに発表されたことや、AZEC閣僚会合の際にも、日タイ企業間の多くのMOUに加え、両国政府間では西村康稔経産相とスパタナポン副首相がCCUSに関する協力覚書に調印したと報告した。
一方、タイ・エネルギー政策計画事務局(EPPO)のサラット副局長は基調講演で、「タイでは、2022年のエネルギー消費量は2021年と比べて9.3%増加した。タイは経済が回復し始め、コロナ以前のような通常の状態に戻りつつある。一方、エネルギー安全保障とカーボンニュートラル、二酸化炭素排出ネットゼロ目標を達成するため、昨年、新しい国家エネルギー計画を発表した。今回のワークショップはタイと日本の協力によって、両国は確実にこの目標を達成することができると信じている」とアピールした。
同ワークショップのセッション2では、日タイ両国の民間企業の専門家も参加するプレゼンテーションが行われた。最初に登壇したのは日アセアン経済産業協力委員会(AMEICC)の藤岡亮介代表で、米アップルが脱炭素化の取り組みとして、サプライチェーン内の企業にゼロを要請していると紹介する一方、ジェトロの調査では、既に日本企業の7割が脱炭素の対策を既に取っているか、その計画があることが分かったと報告。脱炭素化で最初に取り組む必要があるのは、「CO2の見える化」だが、既にCO2の見える化ソフトを日本国内で提供しているスタートアップ企業のゼロボード社が近くタイ事務所を開設し、タイからASEAN全体のCO2の見える化に取り組もうとしていると紹介した。さらに、ASEAN各国が日本と組むメリットについては、ASEANには日本のレガシーアセットが相当あるとした上で、タイにある日系工場の屋根すべてに太陽光パネルを敷き詰めた場合には5ギガワットの発電が可能になるとの試算を明らかにした。
続いてタイ開発調査研究所(TDRI)のカンニカー上級研究員が講演し、現在のエネルギートランジションにおけるタイの取り組みについて、「低所得者層はまだEVに乗り換えることができないため、彼らの内燃機関(ICE)車にどう対処するかが課題であり、明確な政策を示す必要がある。また、EVシフトによって直接に影響を受ける自動車メーカーや従業員、パーム油農家などを支援する政策も明らかにしなければならない」との認識を示した。
そして、タイ国トヨタ自動車のネーラン渉外担当アドバイザーは同社の脱炭素化戦略について、「2021年5月に2050年までに脱炭素を達成することを約束した。そして2021年12月にこの目標に向けて、2030年までに少なくとも30車種のバッテリー電気自動車(BEV)を展開することを発表した」と報告。トヨタは脱炭素化の取り組みとして「マルチパスウェイ」戦略を推進しており、国営タイ石油会社(PTT)グループや、工業用ガス製造・販売のバンコク・インダストリアル・ガス(BIG)との実証実験として、チョンブリ県パタヤで国内初となる燃料電池車用(FCV)の水素ステーションをオープンしたほか、ラヨン県マブタプット工業団地ではクリーンエネルギーの利用により工業団地を脱炭素する『マブタプット・スマートパーク』プロジェクトをパートナーとともに展開しており、他県でも同様のプロジェクトを展開する」との計画を明らかにした。
同氏はさらに、タイならではの持続可能な脱炭素化を実現するための「エネルギー」「データ」「モビリティー」の3領域でのソリューション提供を改めて説明。「持続可能な脱炭素化を達成するため、さまざまな種類のEVの組み合わせが必要だ。環境資源の多様性を利用できるのもタイの強みだ」と強調した。
また、国営タイ石油会社(PTT)のイノベーション研究所のタナー部長は、「PTTはタイのネットゼロ・エミッション(温室効果ガス排出量実質ゼロ)実現に向け、さまざまな取り組みをしており、水素の全バリューチェーンの研究もしている。例えば、ブルー水素(天然ガスなどの化石燃料から水素を作るが、二酸化炭素を大気排出する前に回収する方法)とグリーン水素(再生可能エネルギーから作った水素)や、燃料電池による発電、水素ステーション、輸送で利用する燃料電池などだ。さらに、われわれはタイ国トヨタ自動車、BIGと昨年11月に燃料電池車(FCV)や水素ステーションの効率性を検証するため、タイ初となる水素ステーションを開設した。これらの取り組みは未来のエネルギーとしての水素を推進するためだ」と強調した。
一方、3月4日に東京で行われた第1回AZEC閣僚会議ではタイのスパタナポン副首相が講演したが、ここでその要旨を紹介しておく。
同副首相は「タイは2050年カーボンニュートラル達成目標に向けて『国家エネルギー計画2022』と『電力開発計画2022』を推進しており、新電源として再生可能エネルギーの比率を50%まで高めることを目指している。2030年までに再生可能発電所を1万メガワットまで増やす計画だ。これらの計画はCCUS、EV、バッテリー貯蔵システム、グリッドの近代化などを含む、先端技術開発の枠組みとなるものだ」と表明した。さらに、タイ発電公社(EGAT)が全国の発電ダム湖に合計2800MW分の浮体式太陽光発電パネルを設置する計画や、北部ランパン県メーモ炭鉱を将来、実現可能なCO2貯留所に転換する方針を明らかにするとともに、タイのCCUSロードマップを加速するため日本やパートナー企業からの技術や投資への支援を歓迎すると強調した。
TJRI編集部
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