カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 川島博之が読み解くアジア
公開日 2023.09.12
中国の大手不動産である恒大集団が米国で破産申請し、同じく不動産大手である碧桂園の経営危機が伝えられるなど、中国の不動産バブル崩壊は誰の目にも明らかになった。米国の著名経済学者であるポール・クルーグマン氏は中国のバブル崩壊は1990年代前半の日本のバブル崩壊よりも深刻な事態に発展するとの見方を示している。中国バブルの崩壊は東南アジアにどのような影響を与えるのだろうか。ここではタイとベトナムを中心に経済や安全保障について考えてみたい。
まず貿易について見てみよう。2021年のタイから中国への輸出額は372億ドルであり、タイの輸出総額の25%を占めている。輸入は665億ドルで輸入総額の24%だった。ベトナムの中国への輸出は559億ドルと輸出総額の16%、輸入は1105億ドルで輸入総額の33%にもなっている。両国ともに国内総生産(GDP)に占める輸出や輸入の割合が高いことから、今後、中国との貿易が縮小すれば、経済に悪影響を及ぼすことは必至だ。
より深刻なのは中国からの投資が激減する可能性である。2021年の海外からタイへの投資額は80億ドルだが、その22%は中国からだった。海外からベトナムへの投資額は317億ドルとタイの4倍にもなっているが、中国からの投資はその中の9%にとどまっている。
これはベトナムで反中感情が強いためだ。中国はベトナムに直接投資することを避けてきた。ただ中国はベトナムを良い投資先と考えており、シンガポールを経由して投資を行っている。シンガポールからの分を合わせると中国からの投資は全体の24%にもなり、ベトナムにとっても中国からの投資は無視できない。
今後、中国のバブル崩壊が本格化すると中国から海外への投資は急速に減少するだろう。それのみならず不良債権処理のために海外に投資していた資金を引き上げることも考えられる。それはタイやベトナムの経済に悪影響を与えるだけでなく、ラオスとカンボジアの経済には致命的な影響を与える。
海外からラオスへの投資額の58%を中国が占めている。またカンボジアへの投資の61%は中国からだ。今後、中国が新たな投資を控えるだけでなく、これまでの投資を引き上げるような事態に発展すれば、それは両国の経済に極めて大きなインパクトを与えるだろう。
ただ、少し長い目で見ると一方的に悪いことばかりではない。中国バブルの崩壊が東南アジアに好影響をもたらすことも考えられる。それは、これまで中国に向かっていた先進国の投資が東南アジアに向かう可能性があるからだ。既に日本では欧米から流入した資金によって、株式市場が活況を呈している。
その一方で政治的なリスクに注意を払う必要がある。バブルが崩壊した後の中国がどこに向かうか予測することは極めて難しいが、最も可能性が高いのはバブル崩壊をできるだけ遅らせるシナリオである。
債券を償還できなくなってから2年が経過して恒大集団はやっと米国で破産申請を行った。欧米や日本では2度目の債務不履行で破綻と認定されるが、中国では借金が返せなくなった企業でも倒産しない。
また次のようなことも報道されている。中国では当局が指導する価格でしか不動産を売買できない。自由に取引を行わせると暴落するからだ。指導価格は地域によって異なるが、高騰していた時期の8割から9割程度に設定されているようだ。だが指導価格で不動産を購入する人などほとんどいないから、事実上不動産取引は行われていない。
これはほんの一例であるが、中国政府はあらゆる手段を使ってバブルの崩壊が顕在化しないようにしている。しかしながら、政府のそのような行為は健全な経済活動を阻害する。その結果として、時間が経過すれば経過するほど、中国経済は衰退する。
そんな状況が続けば民衆に不満が蓄積する。中国政府は不満を外に逸らそうとする。それは既に日本が東京電力福島第1原発の廃炉過程で蓄積された冷却水を海に放出しようとした際に顕在化している。中国政府は冷却水放出の危険性を過度に国民に宣伝したが、それに過敏に反応した人々が日本にいやがらせ電話をかけると言った事態だ。今後、中国政府が民衆の不満を海外に向けようとして似たような行為を繰り返すと、思わぬ政治リスクに発展する可能性がある。
ベトナムは南シナ海の問題を抱えている。また陸路で中国に接しており、そう遠くない過去である1979年に中国と戦火を交えてもいる。そんなベトナムは気の休まらない日々を送ることになろう。一方、タイは中国と陸路で接していない。また南シナ海の問題にも直接関係していないので、問題が起こる可能性はほぼない。
それのみならずタイは中国バブルの崩壊から利益を得る可能性がある。軍事クーデター以降、欧米諸国からタイへの投資は低迷していた。先に見たように海外からタイへの投資はベトナムの1/4に過ぎない。
だがタイは今年5月に総選挙を行い、その後の首相選出過程で、クーデター後の軍事政権下で任命された上院議員の票などをめぐるドタバタ劇はあったものの、一応民主的な手続きによって何とか政権は発足した。今後、中国が内部の不満を逸らすためにより過激な対外強硬策を採用した場合に、タイは西側に入れてもらえる可能性が出てきた。それは欧米や日本からの投資の増加につながる可能性もある。
2023年の総選挙は絶妙のタイミングで行われた。タイは外交巧者として知られるが、今後、中国と米国を中心とした西側諸国の対立がより先鋭化するならば、その過程でタイは利益を得る可能性が高い。
最後になるが、中国のバブル崩壊は歴史に記憶される大事件になる。歴史的にも地理的にも中国との関わりが深い東南アジアは、バブル崩壊の影響を強く受けることは必至である。今からその衝撃に十分に備えておく必要がある。
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー
川島 博之 氏
1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。
近著として「日本人の知らないベトナムの真実」を執筆。
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