タイの政治のこれから-新型コロナで浮き彫りになったタイ社会の矛盾

ArayZ No.120 2021年12月発行

ArayZ No.120 2021年12月発行変わる日タイ関係-タイ人における日本の存在とは

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タイの政治のこれから-新型コロナで浮き彫りになったタイ社会の矛盾

公開日 2021.12.09

タマサート大学
政治学部客員研究員 水上 祐二

横浜国立大学大学院博士課程修了。専門はタイ政治経済論。在タイ日本国大使館で内政担当の専門調査員を経験後、国立チェンマイ大学人文学部歴史学科専任講師に着任。再度の大使館勤務を経て、2018年よりタマサート大学政治学部客員研究員として在籍しつつフリーランスのタイ政治アナリストとして活動中。
◎ 楽観シナリオ予測
支配層が妥協し、ある程度の権力と資源を手放すことを容認し、変革を求める若者を中心とした民衆との間で新たな民主的なルールや制度を構築することで合意が成立する。軍の政治的な役割が低下し、法秩序が公正さを取り戻して信頼が高まり、選挙による政権交代を伴う普通の民主主義国家へ脱皮する。経済的社会的な格差も縮小し、成熟し安定した社会に向かう。

△ 中間シナリオ予測
現在と同じように一時的に反政府デモが盛り上がっては、弾圧されて収束することを繰り返す。選挙を実施しても保守派勢力が実権を握り続ける可能性が高く、他方で民主派の政権になると司法や軍が政治に干渉するようになり政治的不安定が恒常化する。一時的なポピュリズム政策は実施されるが構造的な改革は実施されずに放置され、経済的社会的な格差は解消されないままとなる。

× 悲観シナリオ予測
強権政治が激化し、司法がより支配層によって都合良く私物化されて公正さが失われ、暴力や人権弾圧、言論統制などの恐怖によって統治される社会となる。人々は平和的、民主的な方法での変革への希望を失い、最後の手段としてゲリラ的な武力闘争や暗殺、テロが蔓延し、治安が著しく悪化する。欧米諸国からの非難を受けて国際的に孤立を深め、資本逃避も著しくなり経済は衰退する。

金通貨危機後タクシン政権誕生

1997年のアジア通貨危機は、これまでタイ経済が経験をしたことがないほどの大きなショックを与え、積極的な投資を展開していた一部のタイ財閥企業が倒産し、多くの投資家に多大な損害を与え、回復まで相応の時間を要した。

だが他方でさほど失業率が上昇することもなく、一般のタイ人の生活はそれほどの影響を受けなかったという側面も見られた。

この危機が歴史的な転換点となり、同じ97年に成立した最も民主的な憲法と称えられる「97年憲法」と共に2001年のタクシン政権を生み出す原動力となり、現在まで続く政治対立の端緒となった。

さて、今回の20年に始まった新型コロナに端を発する経済危機はどうだろうか。アジア通貨危機以上に幅広くタイ国民全般に、著しい社会的経済的な影響を与えたことは間違いない。

感染防止のための厳格なロックダウンを強制され、僅かな補助金などを除いて十分な救済策もなく、多くの国民が事業閉鎖や倒産、失業などの苦境に直面した。貧困に陥り、日々の食事にさえ事欠くようになり、慈善団体の配給の食事に列をなすことも続いた。

他方で21年版の米国フォーブス誌の長者番付などを見る限り、タイを代表するトップ財閥は軒並みに資産を拡大させた。クレディ・スイスの18年の推計では、タイが世界1位の格差大国となったことが知られているが、コロナ危機を経て富裕層はより豊かになり、格差はより拡大したことは間違いない。

14年のクーデター以降、プラユット軍政下で不動産課税や相続税などの導入が始まったものの、格差是正は単なるポーズだけであり、抜け穴だらけで全く根本的な格差解消には繋がらなかったことを裏付けたことになる。

この間、国民の多くが効果的なワクチンの接種を求め続けたが、政府は中国製で高価かつ効果の疑わしいシノバックのワクチンばかり輸入。国王が所有する企業が受託生産するアストラゼネカ社のワクチンを優遇するかのような方針が続き、最も効果が期待されるmRNA型ワクチンは、何らかの「見えない圧力」による妨害でいつまでも輸入されなかった。

増額が必要とされる保健省や教育予算は大きく削られても、なぜか軍の兵器調達の予算はほとんど削減されず、さらに王室関連予算は増加を続け、予算配分の歪みも国民の間で強く意識されるようになった。

支配層の顔色ばかり窺い、国民の不満の声に耳を傾けない政権への怒りが蓄積し、政治体制の不条理を強く実感した。

新型コロナ問題の裏側で20年からは、若者や学生を中心とした反政府デモが盛り上がりを見せた。1932年の立憲革命になぞらえて、「人民党」と自称するようになった運動のきっかけは、若者達の期待を集めて大躍進を遂げた新党の新未来党の憲法裁判所による解党処分であったが、反政府運動は単なるプラユット政権退陣要求だけではなく、公然と王室改革までを目標にまで掲げた運動に発展した。

王室批判がタブーとされるタイ社会ではこれまでに考えられなかった現象である。コロナ禍を経て、タイ社会の様々な矛盾がいよいよ噴出してきた。

人口構造の変化で社会が変容

タイ人口ピラミッド

2019年総選挙、20年からの反政府運動の主役は、若者や学生達である。彼ら世代の意見を代弁するのが解党された新未来党であり、その後継の前進党である。新世代の思想は、これまでの王室を中心とした保守的な国家観とは大きな断絶が存在し、一切のタブーがない。

タイは少子高齢化が進行中であるとはいえ、今後、保守的な高齢層が徐々に寿命を迎えていくのに対して、リベラルな政治思想を持つ若い世代は、続々と選挙権年齢に達して、確実に増加していく。今後の10年ほどで約1000万人が新たな有権者となる。

また都市化が確実に進展することも投票行動に影響を与える。国家統計局の20年人口センサスの結果が未だ公表されておらず19年の推計値であるが、バンコク首都圏のタイ全国の人口比は2000年の16・7%が10年には22・2%、19年には23・9%となっている。

既にバンコク都は人口過密により増加率は横這いになっているが、都市交通の発展により利便性が高まった近隣県のサムットプラカーン、ノンタブリ、パトゥムタニなどで著しく人口が増加している。

また工業地帯を含むチョンブリやラヨーンなどの東部も2000年6・6%、10年7・8%、19年には8・6%となり、今後も急速に増加が見込まれる。

バンコク近隣県や東部では、地元の「ジャオポー」と呼ばれるマフィア的な政治家が買票や集票請負人を通じて支配する農村型社会の政治風土が色濃く残っているが、今後は人気重視の都市型の有権者が増加していく。

これまで選挙で圧倒的な勝率を誇ってきたタクシン派政党も人口構造の変化により徐々に衰退を迎えていく可能性が高い。タクシン派の強い地盤であり、与党のタイ誇り党や国民国家の力党(PPRP)も勢力拡大を狙っているタイ最大の票田である東北部の人口比は、2000年に34・2%、10年に28・7%に減少し、19年には27・2%となり、今後はさらに減少が進んでいく。

同様に北部も2000年に18・8%、10年に17・7%、19年には16・6%にまで減少している。タイの選挙区割りは厳密な人口比となっており、人口が減少する北部、東北部の議席配分は減少していくことになる。

拡大する都市部・若者の声

タイ地方別人口比の変遷

再度の選挙制度の変更に伴って、当面はある程度選挙で不利になるものの、長期的には人口構造の変化と都市化の進展により、今後10年及び20年先のタイ社会は、若者や都市の声を代弁するリベラル派勢力が拡大し、これまでの支配体制からの変革を求める声が強くなることは間違いない。

そうしたダイナミズムに対して現在のタイの支配層はどう反応するだろうか。 支配層が安定を引き換えにある程度の権力と資源を手放すことを容認し、変革を求める国民との間で新たな民主的なルールや制度を構築することで合意が成立するだろうか。

それとも妥協せずに、現在と同じように変革の波を押し留めようと抵抗を続けるだろうか。そうであれば、一時的に反政府デモが盛り上がっては、弾圧される度に収束することを繰り返し、選挙を実施しても保守派勢力が実権を握り続ける可能性が強い。

もし民主派の政権になると、司法や軍が政治に干渉するようになり政治的不安定が恒常化するだろう。これまで以上に支配層の強権政治が激化する可能性もある。

暴力や人権弾圧などの恐怖によって統治される社会となれば、人々は平和的、民主的な方法での変革に希望が持てなくなる。最後の手段としてゲリラ的な武力闘争や暗殺やテロが蔓延し、治安が著しく悪化する。こんな絶望的なシナリオには進まないで欲しいものである。

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THAIBIZ編集部

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