カテゴリー: ASEAN・中国・インド, スタートアップ
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.08.22
東南アジアでは、民主主義が後退する中で経済成長を続けるという日米欧とは異なった経済発展モデルが顕著になりつつある。その典型例が7月23日に総選挙が実施されたカンボジアだ。この選挙では有力野党を事前に排除した結果、与党・カンボジア人民党が圧勝。そして38年間も首相を務めたフン・セン氏が辞任を表明する一方、後任に長男のフン・マネット氏を指名、世襲が決まった。
一方、カンボジアの経済成長率は、アジア開発銀行(ADB)のデータで、新型コロナウイルス流行前の10年間、平均で7%超の伸び率を続けた後、2021年には3.0%、2022年が5.2%と回復。2023年も5.5%と予想されるなど東南アジア域内ではベトナム、フィリピンに次ぐ成長率になると予測されている。そうした中で、8月11日にカンボジアの首都プノンペンで、最先端の宇宙・衛星技術でビジネスを展開する日本のスタートアップ企業を紹介するシンポジウムが行われた。筆者はこのイベントにオンラインでしか参加できなかったが、その様子を少し紹介することで、今年、日本との外交関係樹立70周年を迎えるカンボジア経済の今を概観する。
「今年は日カンボジア友好70周年、また日ASEAN友好協力50周年で、われわれは共創の新たなチャンスを模索したい。ちょうど1年前にJAXAとカンボジアのニーズに合った宇宙技術関連企業を連れてくることができるかを話し合った。カンボジアは極めて柔軟な国であり、デジタル通貨導入のためにブロックチェーン(分散型台帳)技術を採用したように新技術のフロンティアを先駆的に取り入れようとしている」
8月11日にプノンペンで日本貿易振興機構(ジェトロ)と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の共催で行われた「カンボジア-日本“共創”ネットワーキング・シンポジウム」の冒頭で、ジェトロ・プノンペン事務所の春田麻里沙所長はこのイベント開催の経緯をこう述べた。さらに、「先端技術を持った企業を紹介する良いタイミングであり、今日紹介するハイテク企業8社・機関は、農業の刷新、グリーン脱炭素、災害防止などのソリューションを開発した」と強調した。
一方、カンボジア側で登壇したカンボジア商工会議所のオクニャ・ソック・ピセス副会頭は、「日本は外国投資家、そして貿易相手としては最大の国の1つだ。2022年の両国間の貿易額は24億ドル、日本からカンボジアへの投資額は29億ドルに達した。日本による投資額の多い分野はショッピングモール、自動車組み立て、二輪車製造、電気製品、病院などだ。そして農業分野における両国の協力は1990年代まで遡ることができ、この時、日本はカンボジアでの灌漑システムとコメ生産の再生を支援するために技術と設備を提供した」と報告。
さらに、「近年では、日本は農業分野のレジリエンス、サステナビリティーを強化するために最先端の衛星技術を活用した排ガスの追跡やイノベーションをカンボジアに導入した。これらの技術を活用し、カンボジアは農業の競争力を向上させ、温室効果ガスを削減し、地元住民の間でのイノベーション文化を醸成した」と述べた。
日本側から開会あいさつに立った植野篤志・駐カンボジア大使は、「衛星を使ったデータ収集技術、人工知能(AI)、センサーを導入するために今日、日本の企業・機関8社が集まった。これらの企業の何社かはカーボン・クレジットの創出を含むビジネスモデルを提案する予定だ」とした上で、「このイノベーティブなビジネスはカンボジアの農業分野の効率性、収益性を強化するけん引力になるだろう。さらにこれらはカンボジアのグリーン投資の促進を支援すると確信している」と訴えた。
また、今回のシンポジウムは「将来の日ASEAN経済関係の方向性と完全に合致している」とした上で、「単に一方が支援する関係を維持するのではなく双方の経済成長に向けた対等のパートナーとして協業する」とし、カンボジアの社会問題を解決するために互恵的な関係を構築し、取り組みを共有するとアピールした。
同シンポジウムの後半では、各社・機関のプレゼンテーションが行われた。トップバッターはJAXAで、続いて登壇したスタートアップ企業は①Synspective(シンスペクティブ)②Green Carbon(グリーン・カーボン)③天地人④Sagri(サグリ)⑤ヤンマー・アグリビジネス⑥日本工営⑦Asuzero(アスゼロ)-の7社だ。
このうち、シンスペクティブと天地人は、JAXAとタイ地理情報宇宙技術開発機関(GISTDA)が昨年6月28日にバンコクで開催した「日タイ宇宙ビジネスウェビナー・マッチングイベント」にも参加しており、両社のプレゼンテーションの詳細はこのTJRIニュースレターでも個別でも紹介している。さらに、サグリは農林中央金庫などJAグループとタイのカシコン銀行が今年5月17日に開催した食品、農業分野における日本の先端的スタートアップ企業をタイに紹介するイベント、「AgriTech Bridge 2023」に登壇しており、そのプレゼンテーションは個別に報告済みだ。
今回のカンボジアでの日本の宇宙スタートアップ企業の紹介イベントはさまざまな示唆を与えてくれる。1つには、経済発展でカンボジアより相当先を行っているはずのタイで行われた宇宙スタートアップ企業のピッチイベントのわずか1年後に、プノンペンで同様のイベントが開催されたという事実だ。カンボジア政府および民間企業側に、日本からの最先端技術も含む宇宙ビジネスの売り込みにどれだけ受け入れ体制が整っているのか、現地パートナーが現れるのかはまだ良く分からない。ただ、社会インフラがまだ十分に整備されていない新興国で、新しいサービスなどが先進国が経験した段階的な技術発展を飛び越えて一気に普及するといういゆる「リープフロッグ現象(Leapfrogging)」が宇宙分野でも起こる可能性があるのかどうか。カンボジアでも指摘されるのは、固定電話の普及を飛び越してスマートフォンが一気に普及しているという事実だ。
そしてもう1つの視点は、宇宙・衛星ビジネスが主にターゲットとしている分野が、その言葉がイメージさせるハイテク製造業的な分野ではなく、農業という最も古い産業分野であることだ。日本でも10数年前から「スマート農業」「IT農業」が注目されるようになり、そこではGPSを活用した自動運転機能や、ドローンとセンサーによる土壌分析などが主な目標とされていたが、今、世界中で衛星データによる農地分析事業が注目を集めており、スタートアップ企業の参入が増えている。そこでは政策支援があれば途上国の農業にも有効活用できるのではとの認識が広がっている。
先に紹介した農業スタートアップのピッチイベントAgriTech Bridge 2023に登壇した「ecologgie(エコロギー)」は、コオロギから抽出したタンパク質素材から食品や飼料を生産、販売している。同社はカンボジアの農家の協力を得てコオロギの量産体制を構築しつつあるという。そこではコオロギの餌となる食品残渣が豊富で安いからのようだ。日本の農業関連スタートアップがタイだけでなく、カンボジアにも注目するのはやはり、農業関連資源の安さと豊富さに気づいたからだろう。さらに、スマホの普及に見られるように、途上国でもITと携帯のアプリケーションが一気に普及している。
昨年8月下旬に開催された、東南アジア最大規模のテック展示会と銘打つ「テックソース・グローバル・サミット2022」では日本のスタートアップ企業も参加したが、その中では、フィンテック分野で注目を集める「ソラミツ」も参加していた。「企業や大学、政府向けにブロックチェーン(分散型台帳)技術をベースにしたソリューションを提供するグローバルテクノロジーカンパニー」を標ぼうする同社を有名にしたのは「使いやすくかつ強力なiOS/Androidモバイルアプリを通じた金融包摂を推進する、次世代の即時グロス決済システム」である「バコン」だ。そしてこれを共同開発したのが、カンボジア国立銀行だということが世界を驚かせた。このイベントでプレゼンテーションを行った共同創業者、武宮誠・最高経営責任者(CEO)に会場でなぜカンボジアだったのかと質問したところ、「話を聞いてくれて積極的に対応してくれたのがカンボジア国立銀行だっただけだ」と淡々と答えてくれた。
8月8日付の日本経済新聞(朝刊P9)は、ソラミツはカンボジア国立銀行と組んでアジア各国の中央銀行デジタル通貨(CBDC)と、法定通貨を裏付けにしたステーブルコインの相互交換による日本を含めた越境決済インフラを構築すると報じている。同記事によると、ソラミツはカンボジアでバコン、ラオスで「デジタル・ラオ・キープ」と、CBDCの発行を支援。バコンはカンボジア国内にとどまらず、マレーシア、タイ、ベトナムとQRコード決済を実現させ、2022年末の利用者は850万人、決済額は約2. 2兆円まで成長した。フィンテックの最先端の取り組みを、まだ「低中所得国」でしかないカンボジアが主導していることは驚きだ。ぜひ現場取材してみたいと改めて思った。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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