なぜタイでは建設事故が繰り返されるのか – 大手ITDの問題から見える産業構造

最新記事やイベント情報はメールマガジンで毎日配信中

なぜタイでは建設事故が繰り返されるのか – 大手ITDの問題から見える産業構造

公開日 2026.04.10

今年初め、タイの建設現場で重大事故が相次いだ。これらの事故に関与していたのが、大手建設会社イタリアン・タイ・デベロップメント(ITD)だ。国家インフラを担ってきた巨大企業はなぜ問題の中心に立たされているのか。本稿では事故の経緯を整理しながら、タイ建設産業の構造と制度の課題を読み解く。

相次ぐ事故で浮上したITDの問題

今年1月14日、ナコーンラチャシーマー県で建設が進められていたタイ・中国高速鉄道プロジェクトの現場で、大型クレーンが線路上に転落し、列車に衝突する事故が発生した。この事故では32人が死亡し、64人が負傷する大惨事となった。

さらに翌15日には、バンコク南部へ続く主要幹線道路であるラマ2世通りの高架道路建設現場でもクレーン崩落事故が発生し、2人が死亡した。2日連続で発生した重大事故は社会に大きな衝撃を与え、建設現場の安全管理体制への疑問が一気に広がることとなった。

この2つのプロジェクトの施工を担っていたのが、タイ最大手の建設会社ITDだ。同社は、昨年3月のミャンマー地震で倒壊した会計検査院(SAO)新庁舎の施工にも関与しており、近年の重大建設事故に複数関わっている(図表1)。

出所:各種報道を基にTHAIBIZ編集部が作成

国家インフラを担ってきた巨大建設企業

ITDの総資産は約1,000億バーツにのぼり、国内最大級の建設会社として知られている。1958年、タイ人の創業者とイタリア人エンジニアの共同出資により設立され、欧州の土木技術とタイ国内のネットワークを基盤に事業を拡大し、空港、高速道路、鉄道など数多くの大型インフラプロジェクトを手がけてきた。

スワンナプーム国際空港をはじめとする国家規模の公共事業にも関わり、ITDは長年にわたりタイ建設業界の中心企業として存在感を示してきた。

しかし最近は、別の側面で注目を集めている。同社が関与する重大建設事故では、安全管理の不備をめぐり幹部や関係者の刑事責任を問う捜査や、ブラックリスト登録の検討も進む。さらに、財務面でも赤字や債務問題が指摘されている1

なぜ国家プロジェクトを担う企業が、このような事態に陥ったのか。背景には、ITDという企業単体の問題だけでは説明できない、タイ建設業界の構造課題がある。

大手に依存する国家プロジェクト

同社が関わるプロジェクトで事故が繰り返される背景の一つに、タイの大型インフラ事業が一部の企業に依存している点が挙げられる。案件が集中すれば、一社が同時に複数のプロジェクトを抱えることになる。そのため、建設業界では工事を複数の企業が分担する多重下請体制が一般的だ。

巨大プロジェクトでは施工区間ごとに複数の企業が関わることになるが、下請企業は技術水準や経験に差があるため、施工体制が細分化するほど、現場全体の安全管理が十分に行われなかった可能性が高い。

国の制度が安全を担保していない

もっとも、こうした業界の構造は、国の制度のあり方とも深く関係している。日本では事故が発生した場合、行政や業界団体による調査が行われ、原因分析や再発防止策が業界全体で共有される仕組みがある。

一方タイでは、建設事故の調査や検証を体系的に行う制度が十分に整備されておらず、事故の原因分析が行われたとしても安全基準の改善に活かされにくい2

また、公共工事の入札制度も要因の一つだ。公共調達では本来、価格だけでなく品質や技術も含めて判断されるべきだが、タイの制度は依然として価格競争が中心となっており、安全対策への投資が後回しになりがちだ3

さらに、入札汚職や仕様操作といった不正も指摘される。タイ反汚職機構(ACT)によると、年間約7,800億バーツ規模の公共建設事業のうち、約2,000億バーツがキックバックなどで失われているという4。設計段階で特定の業者しか対応できない仕様にする、見積価格を水増した上で施工段階で資材の質を落とすなど、複数の工程で利益を捻出する不正が疑われている。 

加えて、公共調達・資産管理法により公共利益(社会機能を維持すること)が優先されるため、重大事故を起こした企業でも契約解除や次の入札資格の制限がされにくい点も見逃せない5

その結果、安全対策は企業の自主的な努力に委ねられている状態だ。つまり、近年繰り返される建設事故はITDの安全対策や施工体制の問題に起因するものだが、その根本には、こうした業界構造を生み出している制度そのものの課題があると言えるだろう(図表2)。

出所:THAIBIZ編集部が作成

タイで「安全」が競争力になる兆し

こうした連続事故を受け、タイでは安全性が企業の評価を左右する動きも見え始めている。例えば、昨年のミャンマー地震後、日本の耐震設計を採用した建物として大林組の現地法人「タイ大林」のオフィスビル「O-NES TOWER」に注目が集まった。

前述の通り、価格競争が重視されるタイの建設業界ではこれまで、安全対策は「コスト」として捉えられやすい側面があった。

そうした中でO-NES TOWERのような事例は、「安全」が企業の信頼性や競争力を高める要素になりうることを示している。タイ開発研究所(TDRI)も国に対し、建設事故を受けて制度改革の必要性を指摘。事故調査制度や安全評価制度の強化など、安全文化を支える制度整備を求めている6

タイでは現在も、高速鉄道や都市鉄道など大規模インフラ建設が続いている。インフラ投資が拡大する中、建設現場の安全性をどう確保するかは、国内外に対する国家の信用にも関わる問題だ。相次ぐ事故は、タイの建設産業が「量の拡大」から「安全と品質」を重視する段階へ進めるかどうかを問いかけている。

  1. 1. ターンセタキ「ITDの財務状況を分析」(2025年3月29日) ↩︎
  2. 2. BBC「なぜラマ2世通りでクレーン事故が繰り返されるのか」(2026年1月15日) ↩︎
  3. 3. 公共調達法は主に汚職を防ぐ目的で2017年に制定された。TDRI「公共調達法の見直しに関する研究」(2023年11月22日) ↩︎
  4. 4. タイパブリカ「ACTは7,800億バーツの建設予算における不正を暴露」(2025年4月24日) ↩︎
  5. 5. ThaiPBS「タイ国鉄、ITDとの契約解除をまだ決定せず」(2026年1月29日) ↩︎
  6. 6. ターンセタキ「TDRI、建設事故の多発を受け緊急5対策を提言(2026年1月16日) ↩︎

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック / 和島美緒

Recommend オススメ記事

Recent 新着記事

Ranking ランキング

TOP

SHARE