カテゴリー: ASEAN・中国・インド, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.12.06
今週、インタビュー記事を配信したタイの再生可能エネルギー大手バンプー・ネクストは日本国内20カ所で太陽光発電事業を行っているという。2011年3月11日の東日本大震災と福島第1原発事故後、筆者も日本国内の再生可能エネルギー市場の取材をする機会も多かったが、タイ企業が日本の太陽光発電所を手掛けているという話は全く知らず、タイに赴任してバンプー・ネクストなどの話を初めて知り、驚いた。
そして2011年8月に、ソフトバンクグループの孫正義氏が脱原発を目指して設立したのが自然エネルギー財団だ。当時、取材参加した設立総会で、大震災被災地の復興と脱原発への熱い思いを訴えた孫氏の姿は今でも鮮明に覚えている。原発事故から早くも12年が経過し、日本での脱原発の動きは大きく後退しているが、同財団は再生可能エネルギーの普及を目指し地道な活動を続けている。同財団は今年9月に「自然エネルギーが東南アジアの未来を拓く」と題するリポートを発表した。タイで今、最も注目を集めるビジネスニュースである自動車の電動化の今後を見通す上でも参考になると思われるので、その概要を紹介する。
「2010年以降、東南アジアの人口は13%増加、国内総生産は55%増加した。こうした人口動態と経済発展の結果、この地域のエネルギー消費量は26%増加した。このエネルギー消費増加の半分は、電力部門によるものである。過去10年間、石炭火力は東南アジアの発電量増加分の70%を賄い、大きな役割を果たした。2021年には、同地域の電力に石炭火力が占める割合は44%に達し、2010 年の27%から大幅に増加した」
自然エネルギー財団の東南アジアリポートは「はじめに」で、現状をこう概観する。そして「化石燃料の中でも最も汚染度の高い石炭火力に過度に依存することは、環境的に持続不可能」だが、東南アジアの多くの国が石炭を輸入しているとした上で、「石炭火力発電は環境とエネルギー安全保障の二重の危機を引き起こし、地域の豊かな未来を危うくしている」と警鐘を鳴らす。
そして「自然エネルギーは経済的にも技術的にも容易に利用可能であるため、つなぎ燃料の役割をガスが果たす必要はない。・・・自然エネルギー電力が石炭とガスの両方に取って代わる」と訴える。その上で、「日本は東南アジアにおいて自然エネルギーを支持する確かな証拠があるにもかかわらず、その限界ばかりを指摘してこの地域に火力発電を推進し続けようとしている」として、日本政府と日本企業の姿勢を批判している。
同リポートは第1章「自然エネルギーの大きな可能性」でまず、東南アジアでも「2010年から2022年の間に、自然エネルギーの累積設備容量は33GWから102GWへと3 倍以上に増加した。この成長の80%以上は水力と太陽光という2つの技術が占める」と指摘。この結果、この地域の自然エネルギーの累積設備容量は、石炭火力の累積設備容量100GWを上回ったと報告する。
ただ、国別の発展状況は不均一で、2022年時点で東南アジアの自然エネルギー累積設備容量の44%がベトナム1国に集中していると指摘。ベトナムでは2017年に導入された固定価格買い取り制度(FIT)により、特に太陽光発電の増加が際立っていると説明している。
また、もう一つの特徴として、自然エネルギー技術は石炭など化石燃料発電所と比べ設備利用率が低いことから、前述のように設備容量は急増しているものの、2021年の東南アジアの電源構成に占める割合はわずか4分の1に過ぎず、2010年比では7%増にとどまっていること明らかにした。
こうした現状を踏まえ、同リポートは東南アジアの自然エネルギーの可能性について、「潜在力は素晴らしく、現在の総発電量の1158テラワット時(TWh)を何倍も上回っている」とする。米国国立再生可能エネルギー研究所(NREL)による保守的な試算でも、特に東南アジアの太陽光発電の潜在性は莫大であり、「経済的にかなり競争力のある50~100ドル/メガワット時(MWh)のコストで3万6000TWh以上を発電できる2万5000GW近くが含まれる」とし、2021年に東南アジア全域の太陽光発電が41TWhだったのと比較し、「この地域の豊富な太陽光発電のポテンシャルがほとんど未開拓であることは明らかだ」と強調する。そして国別ではタイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナムが太陽光発電のポテンシャルが最も高いとしている。
そして、石炭やガスに対するコスト競争力については、自然エネルギー、特に太陽光と風力は技術改善と規模の経済の恩恵で、世界中でそのコストが劇的に下がる一方で、化石燃料価格がロシアのウクライナ侵攻により大幅上昇した結果、東南アジアでも「新規の自然エネルギーによる発電コストは新規の石炭やガスによる発電コストに対して競争力を持つようになった」と分析する。具体的にはブルームバーグNFEが昨年末に発表した補助金なしの均等化発電原価(LCOE=発電量あたりコスト)の調査結果を引用し、「2022年には、東南アジアの新設太陽光発電のLCOE指標は、平均して新設石炭のLCOE指標を下回ることが分かった」と報告した。
同リポートは第2章で、「自然エネルギー成長加速のための4つの課題」を論じている。その1つ目は、東南アジアでは「中期的な脱炭素政策、特に自然エネルギー導入を支援する政策が弱い」ことだと指摘。各国とも温室効果ガス(GHG)排出削減目標を掲げているものの、「長期的な脱炭素目標を達成するために実施すべき政策」が不十分であり、特に「中期的な自然エネルギー目標を迅速に見直す」ことが優先事項だと強調する。ただ、その中ではタイが2022年に、2024年から2030年の間に5GW以上の自然エネルギー容量をFITで調達すると発表したことは望ましいと評価している。
そして2つ目の課題が、東南アジアの石炭火力への依存度の高さだと改めて指摘。2040年までに東南アジアで石炭火力が廃止されるとは想像できず、今後20年間、石炭火力が重要な役割を果たしていくだろうとの見通しを示す。そして、東南アジアで石炭火力を廃止する上での最大の課題は、「設備容量が膨大かつ新しい」ことで、東南アジアの4大石炭発電所の平均運転年数は15年以下だという。
3つ目の課題は「不完全な電力システム改革」であり、東南アジアの5大電力系統では競争はほぼ発電のみで行われており、送電・配電部門は常に規制され、多くの場合、発電・供給部門も一緒になっている国営、または地域独占企業が運営していると指摘。タイ発電公社(EGAT)もこれに相当するとし、「このような権力構造の構成は通常、新規参入者や新しいビジネスモデルの出現を妨げている」と批判している。
そして、東南アジアで自然エネルギーの成長を加速させるための最後の課題は、「国境を越えた電力取引を大幅に拡大すること」だと強調する。実は東南アジア諸国は1997年に「東南アジア諸国連合(ASEAN)パワーグリッド」という地域送電網の開発で合意しており、2022年5月時点で、「東南アジアには約8GWの国境を越えた相互接続容量が存在していた」と報告。2020年時点では。ラオスがこの地域最大の電力の純輸出国であり、タイは最大の純輸入国だったという。
さらに2022年6月にはラオスとシンガポールは自然エネルギー電力を、国境を越えて取引する協定に調印し、ラオスはタイとマレーシアを経由してシンガポールに100MWの水力発電を輸出できることになり、同リポートは「これは多国間電力取引に向けて一歩前進である」と評価している。これらの計画が実現すれば東南アジアの国境を越えた相互接続容量は、近い将来27~31GWに達する可能性があるとの見通しを示している。
同リポートは最後にこれら4つの課題を克服する必要があるとした上で、東南アジアにとって自然エネルギーが最優先課題であることは間違いなく、利害関係者は自然エネルギーの成長を加速させるために一致団結して取り組むことが最も重要だと強調。「不合理に脱炭素火力発電や炭素回収・貯留技術のようなリスクの高い代替案を追求することは、大きな間違いを招く可能性がある」と警告している。もっとも、同リポートではこのリスクとは何かは説明されていない。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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