ArayZ No.129 2022年9月発行キーワードは「協創」日タイ関係新時代
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公開日 2022.09.10
目次
Mediator Co., Ltd. CEO/ガンタトーン・ワンナワス
ー在日経験通算10年。2004年埼玉大学工学部卒業後、在京タイ王国大使館工業部へ入館。タイ国の王室関係者や省庁関係者のアテンドや通訳を行い、タイ帰国後の09年に「Mediator Co., Ltd.」を設立。日本貿易振興機構(JETRO)や日本政府機関、地方自治体の仕事を請け負う他、在タイ日系企業の日本人駐在員やタイ人従業員に向けて異文化をテーマとした講演・セミナー・研修を実施(講演実績、延べ12,000人以上)
薄まりつつある日本企業とタイ企業との繋がり。
「現状が続けばタイにおける日本企業の弱体化は避けられない」といち早く危機を察知し、橋渡し役として多角的なプロジェクトに取り組むのが「Mediator(以下メディエーター)」だ。日本とタイの文化に深く触れ、双方に精通する同社CEOのガンタトーン・ワンナワス氏(以下ガンタトーン氏)が考える、これからの日タイビジネスに求められるもの。そして動き出したTJRIプロジェクトについて尋ねた。
日本の行政機関や大使館、タイでのプロモーションを図りたい自治体、民間企業などメディエーターは創業当初から一貫して、日本とタイに関わる事業に力を注いできた。その原点は、ガンタトーン氏の日本留学時代にまで遡る。
同氏は、在京タイ王国大使館工業部・公使参事官補佐として5年間勤務し、タイの工業省や科学技術省と日本の経済産業省、文部科学省など産業政策・科学技術政策を中心に両国の協力を調整する窓口を担当した。日タイの経済・投資などの幅広い業務に携わるなかで、同氏が疑問を抱いたのが、投資・経済を含めた日本とタイの関係性だった。
「今でもまだ残っていますが、当時の日本から見たタイは『安定して安くモノづくりができる日本企業の製造拠点』と強く認識されていました。ただ、日本とタイの長い友好の歴史を考えればタイはただの生産拠点ではなく、その先にある『新たな関係性』が作れるはずだとずっと考えていました。日本で働くことで体感した日本人が持つ『深く考える思考力』と、タイが持つ『豊富な資源』は大いなる相乗効果を生み出すと。そうして起業したのがメディエーターです」。
創業以前から同氏が思い描いてきた、日本とタイの新たな関係性。しかし起業を果たした後、「今のままでは在タイ日本企業が沈んでしまう」「タイの競争力がどんどん落ちてしまう」という危惧が強まっていったという。
「日本企業は、独資を好むがゆえにタイ経済を支える経営層や知識層とのネットワークがどんどん枯渇していっていました。加えて、海外にいながらも日本企業同士の付き合いばかりが続いたことにより、タイ国内で“島国”状態に陥っていたんです。タイの就職市場においては就職したい会社トップ100から日本企業の名前は消えつつあるのに、『日本が一番だった時代はとっくに終わっている』ことにも気づいていない。優秀な人材が日本企業に集まらない状況が、もっとも危険だと感じています」。
その一方で、タイ企業は自分たちに技術がないことを理解していながらも、その技術を持つ日本企業との接点がないという課題を抱えていた。タイ企業が日本に求めているのは、タイ政府の施策にあるような「日本(外国企業)からの投資」でも質の高い製品でもなく、タイを拠点にグローバルに事業を拡大させていく「協業パートナー」である。それにも関わらず、日本企業にそのニーズを共有できていない状況に陥っていた。
そこで同氏が考えたのが、プロダクトアウトではなくマーケットインの関係構築。タイ企業のニーズを直に発信することが日本企業の気づき、ひいては投資の活性化に繋がると考え、具現化したのがB2Bマッチングプラットフォーム「TJRI(Thai-Japanese Investment Research Institute)」だった(図表1)。
このプラットフォームが、今の日本企業に欠けているタイ企業とのコネクションやタイにおける最新のビジネス情報、ニーズの把握といった喫緊の課題を解消し、さらなる「協創」を生み出す一手になると同氏は語る。
「より多くの企業が出会い、同時多発的に新たな事業を作っていくためには『仕組み』が必要です。TJRIは“ニーズ発信型のプラットフォーム”として、日本企業と協業できる体制を持つタイの大手企業から現状の課題やニーズをヒアリングし、タイ企業が必要とする技術や事業モデルを持つ日本企業や研究機関をマッチングさせるサービスです。
これは、弊社が今まで築いてきた日本とタイそれぞれの企業とのネットワーク、そして日本語とタイ語を操り、両国の文化や商習慣に精通するからこそ実現できると自負しています。TJRIを通して日本企業とタイ企業を繋ぎ、日タイ間の新たなビジネス創出を促します」。
タイ企業の最新ニーズをいかに抽出し、日本企業に共有できるかが同サービスの一つの肝になる。同社はサービスを確立するため、事前にタイ証券取引所(SET)と日本のマザーズに当たるタイ新興市場(MAI)に属する全800社へコンタクトを敢行。ガンタトーン氏は自ら、その中の上場企業100社の経営者と直接話をすることで、日本企業との協業に繋がる具体的な声を集めていった。
「日本や日本企業に何を期待していますか?」に対する回答のほとんどは、「製品やサービスは欲しくない」というひと言。既存の事業に対して求めているのは、自社の課題を解決してくれる「技術・ノウハウ・経験」等を持っている企業と人。そしてビジネスを拡大させる新規事業に対して求めているのは、「協業パートナー」という意見が集中したという(図表2)。
「マッチングを考える際に求める基本的な条件と言えば、当然ながらタイにないものを持っている企業です。例えば製品の場合で見ると、日本で上位シェアのブランドを持つ企業や、東南アジアの市場を一緒に開拓できる(現地生産できる)企業です。
スポーツで言うと、世界ランキングに入っていなくても、県や国の大会ではなくアジア大会やオリンピックに出場できる選手を紹介して欲しいといったところでしょうか。全社と話した感触からすると、『日本にはまだまだ良いものがあるに違いない』と非常に前向きな関心を示してくれていると感じました」。
一方で興味深かったのが、タイ企業が抱く日本企業の印象だ。日タイ企業間でのビジネスマッチング実現の前に、一筋縄ではいかない壁がいくつか存在していた。特に、日本企業=同民族主義、日本企業同士の取り引きを好むというイメージは根深い。そうした見え方が、日本企業とタイ企業の距離を広げる一因になっていると言及する。
また、各国の製品に大きな差が見られなくなった昨今、日本企業による品質へのこだわりは変わらず認められているものの、時に「オーバースペックで必要以上に価格が高い」「企業判断が遅い」など率直な意見をもらったと同氏は振り返る。
「前述した課題に加え、日本企業がタイ企業と繋がるためにはもう一つクリアしなければいけない壁が営業スタイルです。タイにいる日本人駐在員は、営業や技術出身者が多く、その営業スタイルはまず自力での情報収集から始まり、案件になりそうな際に上長や日本本社へと上げていくボトムアップ方式。
一方でタイはトップダウン方式のため、営業担当者はいくらタイ人マネージャーに話をしても案件は進まず、時間だけが経って結果的に自然消滅という話をよく耳にします。つまりは、決裁権限を持っている人物にアクセスできなければ何も始まらないのです」。
稀少なケースではあるが、日本人駐在員が自力でネットワークができることもある。しかし駐在期間の終了後、後任への引き継ぎがうまくいかないことがほとんど。また社内外問わず、日本人とタイ人が英語でコミュニケーションを図っている姿を見かけるが、実は噛み合っていない・理解し合えていないことも多い。
加えて、同氏によると日本企業に勤めているタイ人は、プレゼンテーション能力・コミュニケーション能力が高い人は少ないという。「日本人は『タイ人にタイ語で説明してもらうから大丈夫』と安心していると思いますが、タイ語が話せる能力とプレゼンテーション能力は別物であることに気づく必要があると思います」。
こうした幾つものヒアリングを経て、ニーズの把握や情報の入手といった他に人材不足という課題も見えてきた。日本企業同士の取り引きの場合は営業担当者や技術担当者で問題なかったが、タイ企業と接点を持つためには全く別の視点が必要だと同氏は言う。
「様々なお話を聞いて、タイ企業との取り引きの場合に求められるのは『営業』ではなく『新規事業開発担当者』だと感じました。ただ、人材に関してはすぐに埋められるものではありません。だからこそ、TJRIでは日本企業に必要な新規事業開発担当者、そしてタイ企業に必要な日本企業担当者(ジャパンデスク)双方の役割をサポートしていきたいと考えています」。
TJRIは、本格始動の前に1年をかけてPoC(概念実証)を行ってきた。もっとも象徴的で分かりやすいのが、タイ企業の求めるニーズを直接聞くことができるオンラインプログラム「Open Innovation Talk」だ。
参加した日本企業側はそのニーズを基に、自社が提案できる内容をTJRI事務局を通して提出し、タイ企業側が興味を持てば具体的な商談に進むことができる。最終的に10回以上実施し、参加者3000名以上、提案受付後の商談実施率30%、2回目以降の商談継続率100%という結果を獲得するなど、目指しているプラットフォームになりつつあるという。
「我々が間に入って調整するのは現時点では商談1回目までなので、2回目以降の商談は日本企業側の調整次第で継続できていないという課題はありますが、企業の出会いを高い確度で仕組み化できることを確認できた点は非常に大きい。特に、Mitr Phol Group(ミトポングループ)の回では“本当の意味でのオープンイノベーション”ができたと感じています」と同氏は手応えを口にする。
タイ製糖業界のリーディングカンパニーであるミトポングループ・新規事業グループCOOのプラウィット氏は、本プログラムの中で「バイオ技術を活用した原料や製品開発を持つ企業」の必要性を強調した。その後の提案内容を見て感嘆したという。発したニーズに加えて、自身も気づいていなかった潜在的な課題に対する解決策が加わっていたからだ。同氏から「日本企業とのネットワークを含め、自社だけでは絶対に発見できなかった」という声をもらったガンタトーン氏は、TJRIに対する自信を着実に強めていった。
ビジネスマッチングの成功によりタイ企業からの注目度は上昇し、問い合わせ件数は増加。さらに、「短期的ではなく、長期的に研究してくれる組織を探している」「研究機関のサイトに載っている“この担当者”を紹介してほしい」など、その要望がどんどん具体的、かつディープになってきているという。
並行して、日本企業からも「Open Innovation Talk」に登壇したタイ企業への提案後、他のパートナー候補のタイ企業を探してほしいといった自発的な要望が増えてきている。
「TJRIの効果を実証するために様々なパターンを試しましたが、その結果、思いもよらないような展開になることが何度もありました。加えて、やはり国籍が違う両者にとって本質的な会話の意味を読み取るにはお互いの努力が必要なのだと改めて感じました。会話は目に見えないため、課題がどこにあるか具体的に分からなかったことが問題の一つだったのでしょう。そういった潜在的な課題を可視化することも我々の役割ですね」。
TJRIの始動により、これまでにない日タイのパートナーシップ、そして協創関係の新たな扉が開かれた。ガンタトーン氏がその先に見据えるのは、「投資・ビジネスでタイは親日国」と50年後も言える未来を創ることだ。現段階はTJRIの存在を周知する時期とし、そのサービスにメリットを感じた企業や個人会員の獲得を目指す。
「我々にとって会員数は、日タイのパートナーシップの関係値・密度を表す一つの指標だと捉えています。だからこそ、サービスの質はもとより数にもこだわりたい。最初は数十社だとしても、来年には数百社、3年後には1000社以上を目指します。同時に、タイ企業側には日本企業に興味を持ってもらえるよう、最新技術や協業によって得られるメリットを訴求していきます。それが日本企業のブランディングとなり、最終的にはタイの上層部社会にも日本企業の存在感が増していくことに繋がるはずです」。
無論、その逆も然り。近年、ベトナムを筆頭に日本企業の関心がタイ以外の東南アジアの国に少しずつ移行していると感じる同氏。TJRIを通して、タイを「製造拠点」から「日本企業のパートナー」として認知度を高めることで、タイの存在を訴求していくという。
日本とタイの間に立ち、双方の市場価値を高めるメディエーター。そしてTJRIは今後、両国のビジネスにおける未来を考える上で不可欠な存在になるに違いない。
TJRIのサービスを実際に利用したタイ企業と日本企業がそれぞれに感じたメリットとは?
【エネルギー】PTT Public Company Limited 日本企業との繋がりや最新情報を得るための欠かせないピースに TJRIを通して、日本企業や日本の最新技術についての情報収集が格段にスピードアップしました。また、弊社のニーズにあった技術を持つ日本企業を紹介してくれ、その企業の担当部門と直接繋がることができるため話の展開も非常にスムーズ。自社のネットワークだけでは繋がることができない企業との出会いの場として重宝しています。 Manager, Technology Foresight and Synergy Management Group | |
【建材 他】SCG(The Siam Cement PCL.)
思いもよらない企業との出会い、 日本のエコシステム参入へ 弊社はタイ国内外の企業と多数の合弁事業を成功させてきましたが、その一方で日本の情報やビジネス機会を得ることに対しては少々難しさを感じていました。日タイ間のビジネスに特化したTJRIでは、弊社だけでは発掘できないような日本企業と素早く繋がることができ、日本のエコシステムに参入する機会を提供してくれます。 Head of Innovation Portfolio and Public Alliance | |
【飲料 他 】Ichitan Group PCL. 心強い商談サポートで日本企業との協創が加速! 今までも日本企業や自治体との関わりはありましたが、日本企業に向けて広くニーズを発表するのは初めての試みでした。TJRIを通じて、自社では思いつかないようなアイデアや技術の提案を得ることに加え、日本企業との細かな調整やフォローをしてもらえるため新規事業の立ち上げがより効率的に進められるようになっています。 Founder, CEO | |
【製糖・エネルギー 他 】Mitr Phol Group 企業規模に関わらず日本の優れた技術を発掘できる Open Innovation Talk後、日本の大企業だけでなくスタートアップ企業からも提案を頂き、新たな協創パートナーを見つけることができました。やり取りにおいて多少の不安はありましたが、TJRI運営チームのサポートにより円滑に話を進めることができ、今後も優れた技術を持つ日本企業と協創しながら事業を拡大していきたいと思います。 Chief Operating Officer, New Business Group |
【バイオ・化学 他】長瀬産業株式会社
自社だけでは繋がれなかった大手とのビジネス機会創出 自社の営業ルートではなかなかコンタクトを取れなかったタイの財閥企業とTJRIを通じて知り合うことができました。先方が何を求めているのか、詳細な情報を得ることができたので確度の高い提案ができ、現在は協業に向けて話が進んでいます。何よりも担当部門の決裁者と直接やりとりができるのは大きなメリットだと感じています。 Deputy Manager, Life & Healthcare Division | |
【産業用ガス 他】岩谷産業株式会社
タイ企業が“今”求める幅広いニーズ情報が集結 総合エネルギーやガスを基幹とした多角的な事業を展開する弊社にとって、TJRIが提供するタイ企業の幅広い分野のニーズ情報は非常に有益です。ASEANでは強力なネットワークを持つタイの財閥系企業の存在が大きいため、域内でのビジネス拡大を加速させる協創パートナーとなるべく、TJRIを活用していきたいと思います。 Deputy General Manager, Plastic Section |
〈主なサービス〉
他社の進んだ技術やノウハウ等を自社に取り入れたい(オープンイノベーションを行っている)タイ企業が登壇し、自社の抱える課題やニーズを具体的に公開する説明会「Open Innovation Talk」をオンライン/オンサイトで実施。会員の方はこの説明会を聴講することができ、さらに有料会員の方は登壇企業への提案機会に参加することが可能です。
TJRIウェブサイト等で公開される、当社が独自の調査で掘り起こしたタイ企業のニーズを閲覧することができるサービスです。有料会員の方は、公開された企業ニーズへの提案機会を利用することができます。
日本企業がタイについての理解を深め、タイ企業との接点を持つ機会を得ることを目的として当社が開催する交流会/勉強会/研修に参加できるサービスです。また、会員はタイのビジネス関連の情報を掲載したニュースレターを受け取ることができます。
THAIBIZニュースレターを通して、TJRIの豊富なネットワークを活かしたタイの企業やビジネスの最新動向を独自の視点で毎週お届けします。
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【TJRIに関するお問い合わせ】 TJRI運営事務局
Email:[email protected]
Tel:+66(0)2-392-3288
運営会社:Mediator Co., Ltd.
Major Tower Thonglor Fl.10, 141 Soi Thonglor 10, Sukhumvit Road, Khlong Tan Nuea, Watthana, Bangkok 10110
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THAIBIZ編集部
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