BCG経済モデルで豊かな社会へ~タイの強みは農業・バイオ~

ArayZ No.139 2023年7月発行

ArayZ No.139 2023年7月発行BCG経済モデルで豊かな社会へ

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BCG経済モデルで豊かな社会へ~タイの強みは農業・バイオ~

公開日 2023.07.10

「タイ政府は今後5年間で国内総生産(GDP)を1兆バーツ増やすという野心的な目標を達成するためにバイオ・循環型・グリーン(BCG)モデルを採用する」とタイ英字紙バンコク・ポストが伝えたのが2019年11月29日のこと。筆者もこの記事で初めて「BCG」という表現を知った。

同記事によると当時の高等教育・科学・研究・技術革新相だったスウィット氏が「閣議でBCGモデルの実行を最優先することで合意した。これは東部経済回廊(EEC)と『タイランド4.0』の関連政策としても重要だ」と説明。これ以来、現在までプラユット首相を含めタイ政府高官は事あるごとにタイの国家経済戦略としてBCGに言及するようになった。

BCG経済モデルとは何か

日本のグリーン成長戦略と親和性高い

筆者がTJRIニュースレターの創刊号(2022年6月14日付)のコラムのテーマに取り上げたのが、タイ政府が2019年に打ち出したバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルだった。

筆者が前回初めてタイに赴任した18年当時のタイの国家経済戦略は「タイランド4.0」で、当時のプラユット政権の副首相だったソムキット氏をリーダーとする米ノースウェスタン大学同窓のチームが作ったとされる。それはタイが先進国入りを目指すために東部経済回廊(EEC)で展開している、①次世代自動車 ②スマートエレクトロニクス ③先端バイオ・農業テクノロジー ④食品加工 ⑤富裕層向け観光・医療ツーリズム ⑥ロボット産業 ⑦航空産業 ⑧健康・医療産業 ⑨バイオ産業 ⑩デジタル産業-などを重点産業分野にするというものだった。

タイランド4.0は先進国が強みを持つ先端産業を総花的に育成・発展させようというものだ。自動車産業こそ日本と二人三脚で東南アジアのハブになるまで発展させることができたものの、「中所得国の罠」を脱することができないタイで果たしてリアリティーがあるのかという疑問を持たざるを得なかった。

そうしたタイの将来の経済発展モデルに対する不透明感に対応する形で登場したのがBCG経済モデルだった。それは地球温暖化対策と国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」といった世界的課題に対するタイ政府の回答でもあった。

日タイ両国政府は21年8月に開催した日タイ・ハイレベル合同委員会で、タイのBCG経済モデルと日本の「グリーン成長戦略」とは親和性が高いとし、連携していくことで合意した。その後、タイの経済ニュースで頻繁にBCGというワードが出てくるようになり、タイ政府の経済戦略の主役となった。

前国王の「足るを知る経済」がベース

タイの国家経済戦略「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」とは改めて何か。このコンセプトを発案したとされる高等教育・科学・研究・技術革新省(MHESI)は、タイ国立開発行政大学院(NIDA)と共同でBCG経済モデルを詳細に研究・報告した英文リポート「THAILAND’S BCG TRANSFORMATION」(2022年)を公表している。BCGモデルは「タイランド4.0」よりはタイにとって地に足のついた経済戦略だとは感じたが、それでも政治家がパフォーマンスに使うキャッチフレーズの面もあると思っていた。

しかし、このリポートがタイ全土の合計40の現場取り組み事例を詳細に研究・報告していることを知り、認識を新たにした。そこでここではまず同リポートが解説している、BCG経済モデルとそのベースとなった「Sufficient Economy Philosophy(SEP)」を改めて紹介することで、タイ政府が言うBCG経済モデルが今後のタイの経済社会の基本構造になれるのかを探ってみたい。

同リポートはまず序文で、「20世紀のタイは、数百万人を貧困から救い、基礎的な生活保障、公的医療、教育を創出することに成功したが、21世紀には、気候変動、格差の拡大、経済の不安定化、環境悪化という課題がもたらされた」と時代背景を概観する。そして、「これらの改善策としてタイ政府はBCG戦略という国家プラットフォーム構築に着手した。それはより自立的でタイの将来の経済繁栄につながる現実的なロードマップだ」と強調している。

BCGの主要対象産業は4分野

リポートは、BCGの「Bio」は再生可能生物資源やその付加価値製品のこと、「Circular」は限られた資源を最大化するために製品をリユース、リサイクルする循環経済の必要性、「Green」は経済、社会、環境の均衡を保ち、持続可能な発展につなげるより包括的なものだと規定。

BCG戦略を通じて経済を前進する取り組みを下支えているのが「Sufficiency Economy Philosophy(SEP)」であり、それはプミポン前国王が提唱した「足るを知る経済(setthakit pho phiang)」と同じであり、SEPは1997年のアジア通貨危機後にタイでポピュラーな用語となったという。

そして、BCG経済戦略は「農業・食品」「健康・医療」「エネルギー・素材・バイオ化学」「観光・クリエイティブ経済」-の4つが主要対象産業だと明確化している。タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)によると2015~20年のBCG分野の投資総額は200億ドルに達したという。タイは「コメ」「キャッサバ」「サトウキビ」の世界トップクラスの生産国で、19年には食品輸出額は1兆バーツに達しているものの、これらの加工度は低く、価格も安いと指摘、BCG産業分野の発展余地は大きいと強調した。

ちなみに、同リポートはBCG経済モデルのベースとなっているSEPについて、「個人、家庭、コミュニティー、企業、さらにはBCG戦略のように政府の取り組みにも適用可能なことが最大の強みだ」と指摘。SEPはタイが1997年のアジア通貨危機のショックに見舞われた時期にルーツがあり、国民が無力さを感じていた時に自主独立する方法として登場したという。そしてSEPは「コミュニティーの価値と地域の知恵に基づいており、その中核にあるmoderation(中庸、穏健)の考え方は、例えば必需品とぜいたく品の間のバランスを取り、極端を避けるような仏教の『中道』と同義だ」とその哲学を解説している。

タイの持続可能な開発のためのBCGモデルの採用

BCGの中核ビジネスとは

豊かな農産物資源とBCG経済

MHESIの先のリポートでは、BCG経済がもたらす経済効果について、NSTDAの資料を引用する形で、①4分野の経済価値は今後5年間で24%増加 ②タイの循環型(circular)経済の現在価値は33億ドル ③世界全体のバイオベースの製品の市場価値は2024年までに4870億ドルに達する見込み ④タイの健康ツーリズムは94億ドルの収入をもたらしており、世界ランキングは13位 ⑤健康食品・飲料の市場価値は60億ドルと急成長―と説明している(図表2)。

一方、タイ投資委員会(BOI)は22年4月のタイのBCG産業における投資機会とBOI支援策に関するプレゼンテーションで、タイの優位性について、①生物多様性では世界18位 ②キャッサバ輸出では世界1位 ③バイオプラスチック輸出では世界3位 ④砂糖生産では世界4位 ⑤バイオディーゼル生産では世界5位 ⑥精米収穫量では世界6位-などとタイがいかに農産物を中心とした生物資源がいかに豊富であるかをアピールしている。

それはタイ経済を実際に発展させるBCG産業は何かを考えるうえで大きな示唆を与えてくれる。先に挙げたBCGの主要4分野の中では最もリアリティーがあり、収益性も期待されるのが「バイオ化学」かもしれない。

BCGの経済ポテンシャル

バイオ化学産業のポテンシャル

バイオ化学という言葉はまだ一般にはなじみは薄い。クルンタイ銀行の調査会社クルンタイ・コンパスが22年6月に発表した、タイの「バイオ化学」産業に関するリポートは、「農産物を原料にバイオテクノロジーを応用して化学品・関連製品を開発・製造するものだ」と定義付けた上で、具体的には「サトウキビ」「キャッサバ」「アブラヤシ(オイルパーム)」などの商業作物を原料に、食品や飲料、動物飼料、化粧品などの工業製品に転換可能な化学製品を開発。農産物に最も大きな付加価値をもたらすものだとする。

その上で、農産物を最下部に、中間にバイオ燃料とバイオプラスチック、そして最上部にバイオ化学製品を置く、三角形型の基本コンセプト図を紹介し、上に行くほど付加価値が高くなると説明している(図表3)。

農産物に最も大きな付加価値をもたらすバイオ化学

日タイの民間企業もバイオ化学事業に着手

21年5月に行われた「日ASEANビジネスウィーク」のBCGに関するセッションでは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が「余剰バガス原料からの省エネ型セルロース糖製造システム実証事業」を、カネカは生分解性ポリマー「グリーン・プラネット」を紹介した。

さらに、キャッサバなどを原料に独自の構造タンパク質の新素材を開発する山形県鶴岡市のバイオベンチャー企業、Spiber(スパイバー)の関山和秀代表も登壇。「化石資源を使わずにバイオ資源で作れ、海洋分解を含む環境分解ができることが素材としての強みだ。BCG分野はこれからの社会をけん引していく」などと述べ、自社のバイオ化学事業もBCG経済モデルだと強調した。

一方、タイ企業のバイオ化学分野への参入も加速している。キャッサバを原料にでんぷん粉やエタノールを製造するウボン・バイオ・エタノール(UBE)や製糖大手ミトポン・グループのバイオ化学分野での取り組みを報告、タイ最大手企業、国営タイ石油会社(PTT)グループも積極的だ。化学大手PTTグローバルケミカル(PTTGC)の子会社グローバル・グリーン・ケミカル(GGC)は19年に製糖大手カセタイ・インターナショナル・シュガーと合弁で、北部ナコンサワン県にバイオ関連製品の生産拠点となる「バイオケミカル・コンプレックス」の建設に着手した。

バイオベンチャー企業「Spiber」

世銀もタイの循環型経済を高く評価

世界銀行が22年6月29日に発表した「タイ経済モニター」のタイトルは「Building Back Greener: The Circular Economy」だった。バイオ・循環型・グリーン(BCG)というそのままの表現ではないものの、世銀もタイ政府が掲げた「BCG経済モデル」というコンセプトを評価したかのようだ。同リポートは、「より循環型(Circular)の経済アプローチが成長を促進し、その経済成長はより持続可能で、外的ショックへの耐性が強いものになる」との見方を示している。

モデル分析によると、「循環型経済への移行加速が、30年までに国内総生産(GDP)を約1.2%押し上げ、16万人分の新規雇用(全労働人口の約0.3%)を創出する」と予測。さらに、商品相場の高騰や変動を抑制し、30年までに温室効果ガスを約5%削減することができるだろうとの見通しを示した。

世銀の上級エコノミスト、ジェイミー・フリアス氏は「国内市場での資源需要の高まりに伴い、タイは政策ソリューションに循環型経済アプローチを加えた。これは、資源依存型経済から経済成長を切り離すことを可能にする」と述べた。

循環型経済への移行による潜在的経済効果
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THAIBIZ Chief News Editor

増田 篤

一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。

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