
公開日 2026.04.10
産業構造が変わる中、事業や組織のあり方の見直しを迫られる企業は少なくないだろう。しかし、本社が方向性を掲げても、海外拠点の現場がすぐに動けるわけではない。人が動き、組織の行動が変わり、はじめて会社は変わる。だが、そこまで持っていくのは簡単ではないのが現実だ。
そこで、本特集では、人事制度で会社を「変えた」2社に注目した。業種は異なるが、ともに規模が大きく方向転換が難しいとされる企業である。本社が掲げる方向転換を、タイ拠点で「どのように」人事に落とし込み、「なぜ」現場の行動へとつなげることができたのか。その実践と秘訣を探った。
目次

カノッカモン・ラオハブラナキット氏
Ms. Kanokkamon Laohaburanakit
富士通タイランド 社長
1997年富士通タイランド入社。営業部門でモビリティ、製造、金融、リテール、
公共など主要産業の顧客ビジネスを担当。営業責任者を経て、2022年より現職。
タイ企業のDX推進と持続可能な社会への貢献を軸に事業を率いる。
富士通グループは、ハードウェア主体の企業から、デジタルトランスフォーメーション(DX)支援を担うサービスソリューション企業へと軸足を移してきた。その変化を支える上で重視されたのが、社員一人ひとりの意識や行動を変える「PX(People Transformation=人の変革)」だ。
なかでも特徴的なのが、社員一人ひとりの個人のパーパス(存在意義)を掘り起こし、それを会社のパーパスと結びつける「仕組み」である。これにより、会社が向かうべきゴールを自分ごととして考えることができ、自律性を育むという。
富士通は1935年創業。通信機器メーカーとして出発し、その後はメインフレームやスーパーコンピューターなどを手がける総合IT企業として成長してきた。現在は世界50ヵ国以上で事業を展開し、従業員数は13万人を超える。その富士通にとって大きな転換点となったのが、2010年代以降に本格化したDX領域へのシフトだ。
かつてのようなハードウェア中心の事業構造から、ソフトウェアやサービス、ソリューション提供へと軸足を移し、顧客の変革を支援する企業へと姿を変えてきた。同社の時田隆仁代表取締役社長CEOが掲げたのは、「イノベーションによって社会に信頼をもたらし、世界をより持続可能にする」というグローバルパーパスだ。
その上で、各国・各地域の拠点がそれぞれの市場環境・社会課題に応じて、どのように実現していくのか「主体的に考え、実践していくこと」を求めた。つまり、グループ全体で掲げられた方向性を、各拠点が自らの現場に落とし込み、具体的な取り組みへとつなげていくことを重要視したのだ。
それにともない、従業員518名を抱える富士通タイランドの事業も、企業資源計画(ERP)、ガバナンスプラットフォーム(Service Now)、データ&AI、モダナイゼーション、ハイブリッドITクラウドなどの「Uvanceソリューション」(持続可能なソリューションポートフォリオ)で構成されており、従来の機器販売よりも、顧客の課題に応じた解決策を提供する事業へと重心を移している。
本社が掲げる事業転換を、タイの現場にどう実行するか。その変革を主導してきたのが、同社初のタイ人・女性社長であるカノッカモン・ラオハブラナキット社長だ。同社は営業、デリバリー、エンジニアなど複数の機能がマトリックスでつながる組織であり、部門ごとに動きが分断されやすい。
そこで同社長は、①組織の活性化:部門を横断して組織を一つに束ねること、②市場展開戦略:本社の方針をタイ市場の実情に合わせて具現化すること、この2つを自らの役割とした。中でも重視しているのは、機器販売からソリューション・サービスへという事業転換を、タイの現場にまで落とし込むことである。
同社長は、顧客のDX、変革を支援するためには、まず自社自身が変わらなければならないと考えた。自社の組織や人材、働き方が従来のままでは、提案も説得力を持たない。そこで、DXの推進と同時に、「PX」を組織変革の中心に据え、社員一人ひとりの意識や行動を変えていく取り組みを始めた。
社内では「PX+DX=サステナブルトランスフォーメーション(SX)」という考え方を掲げた。DXだけでは持続可能な変化にはならない。まず社員自身が変わり、その上で技術を生かしていく必要がある、という考え方だ。その象徴的な取り組みが、2020年に始まった「Fujitra(Fujitsu Transformation)」である。
これは期限付きの改革ではなく、継続的な内部変革プロジェクトであり、その根底には前述のグローバルパーパスが置かれている。では、その大きな目的を個々の社員はどう自分ごとにするのか。そこで導入されたのが、個人のパーパスを掘り起こす取り組みだ(図表1)。

同社長によれば、まず社員一人ひとりが自分にとって大切な言葉を選び、自らの人生の目的を言語化する。次に、その個人の目的が富士通のコーポレートパーパスとどうつながるのかを可視化する支援を行っているという。会社の方向転換を「会社の話」にとどめず、社員個人の人生や働く意味と結びつける。
仕事を単なる生計維持の手段ではなく、自分の人生の目的を実現するプロセスとして捉えられれば、組織への帰属意識も変わってくる。変化が激しい時代背景・労働環境で、まずこの「個人との接続」を設計したことが、富士通タイランドにおけるPXの出発点であり、独自性だと言える。

プラパン・パーンシーペッ氏
Mr. Prapan Pansripech
富士通タイランド HR部長
SCG、デロイト、サイアム・コマーシャル銀行(SCB)などで人材戦略や組織開発を担当。2023年より現職。人材獲得や人材育成、サクセッション計画など組織変革を推進。
「個人とのつながり」において重要な具体施策が、自律的な学習計画の導入だ。カノッカモン社長の構想を具体的な制度や施策として実践しているHR部長のプラパン・パーンシーペッ氏は、「従来のように会社が職務ごとに学習内容を指定するのではなく、社員自身が学習計画を立て、上長と対話しながら成長の方向性を決める仕組みへと切り替えた」と説明する。
この取り組みの狙いは、今の職務に必要なスキルだけではなく、将来に向けて活用できるトランスバーサル・スキル(別の職場へ異動・転職しても使えるスキル)までを含め、自ら選べるようにすることだ。リンクトインラーニング(ビジネス・IT・クリエイティブ分野を中心に学べる外部オンライン学習サービス)などを活用し、時間や場所に縛られず学べる環境も整えた。
また、カノッカモン社長によると、営業人材の位置づけも変えたという。求めているのは、製品仕様を説明する営業ではなく、顧客の経営課題を理解し、解決策を提案できる「コンサルタント型」の人材だ。5年先を見据え、何を準備すべきかを顧客に助言できる力を持つことが求められる。
加えて、全世界共通の人事基盤を導入したことで、国境を越えた人材配置や社内公募も進めやすくなった。多様性・公平性・包括性(DE&I)の観点でも、女性リーダー育成を目的とした「Women Rising」や、男性社員側の理解を促す「Male Allies」など、ソフト面での取り組みを進めているという。
しかし、変化への抵抗はなかったのか。プラパン氏は、「社員は変わらなければならないこと自体は理解している」とした上で、課題はその先にあると語る。変化の必要性を理解していても、それを自分の日常業務にどう落とし込めばよいかがわからないという点だ。
「具体的に何をすればよいのか」「どう自分を変えればよいのか」。そこが曖昧なままでは、理解はあっても行動は変わらない。そこで同氏は、変革を理念だけで終わらせず、実際の業務に結びつける工夫を進めてきた。
AIハッカソン(人工知能(AI)技術を活用して、アイデアの創出からプロダクト開発までを短期間で行うイベント)などの新技術を実務へ応用する機会を設けたほか、DX&エンゲージメント調査も実施。社員の理解度や心理状態を把握しながら、必要な教育やツールを提供している。
さらに、カノッカモン社長は変化を前に進める上では「Quick Win」も意識する。新たなスキルを使って5時間かかっていた業務を2時間に短縮したチームを称賛するなど、小さな成功を積み上げていく。
加えてプラパン氏は、進捗を見える化するリーダーボードなどのゲーミフィケーション、仲間同士が刺激し合うピア・プレッシャーの活用など、変化を義務ではなく前向きな挑戦として捉えられる工夫を提案している(図表2)。

なお、これらと並行して、同社ではダイバーシティによる組織の活性化にも取り組んでいる。性別、人種、年齢層などの多様性を尊重し、異なる世代のアイデアを取り入れることで、組織をフレッシュな環境にするためだ。
同時に、各部門・各個人の目標(KPI)を一枚の紙に集約し、日本本社の方針との連動を見える化する「SOAP(Strategy on a Page)」も導入する。部門の分断を防ぎ、組織全体が同じ方向に向かうための設計である。
顧客側の指標としてはネット・プロモーター・スコア(NPS=顧客ロイヤルティを測定する指標)を用いるように、従業員側の指標としてはDX&エンゲージメント調査を使い、変化への理解度や適応状況を継続的に確認する。
ポイントは、売上などの事業目標と、社員のスキル向上や意識変革を切り分けず、一体で管理していることだ。富士通タイランドでは、PXを人事部門だけの施策にせず、会社全体と連携し事業と接続させている。
これらの取り組みを行った結果、組織にどのような変化が現れたのか。カノッカモン社長は、まず部門分断の打破を挙げ、次のように語った。
①部門分断の打破:営業、デリバリー、エンジニアといった部門間の連携が進み、部署横断の協力が実際に機能するようになった。
②若手リーダーの増加:従来の日本的な年功序列の考え方から離れ、スキルや行動特性を重視する管理体制へと移行したことで、年齢や勤続年数にとらわれず若手がリーダーに抜擢される機会も増えた。グローバルな人材配置も進み、国境を越えて必要な人材を柔軟に補完できる体制も整いつつある。
③社員の学習意識の醸成:社員の「ライフタイムラーニング(生涯学習)」マインドセットが向上し、新しい学習プログラムへの参加率は100%を維持している。
最後に、プラパン氏は人事の役割を「会社のパーパスを、人材要件へと具現化すること」と表現した。富士通タイランドの事例では、グループトップである時田CEOが掲げたグローバルパーパスを出発点に、カノッカモン社長がタイ市場における変革の方向性を描き、PXを軸とした組織改革を進めてきた。
そして、その構想を制度として具現化しているのがHR部門である。会社の方向性を掲げるだけでは、組織は変わらない。社員一人ひとりの学習や行動にまで落とし込み、自律的な学びを習慣化させることで、はじめて変化が実際の行動として現れる。社員の行動が変わる「仕組み」を実装したところに、会社を動かす人事戦略のヒントがある。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック

THAIBIZ編集部
和島美緒


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