その人事で会社は変われるか

THAIBIZ No.172 2026年4月発行

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その人事で会社は変われるか

公開日 2026.04.10

Case 2 : 分断した組織をつなぎ直すーナガセタイランドが挑んだマネジャー改革

吉本 恒治 氏
ナガセタイランド 社長

1998年長瀬産業入社。電子関連事業を中心に、香港・深センで新会社・工場の立ち上げと経営を経験。事業戦略室、モビリティ戦略企画を経て、2024年3月より現職。「タイに貢献できる」新規事業と組織改革を推進する。

商社にとって、人材は競争力そのものだ。設備や技術が価値の中心となるメーカーとは異なり、人の判断やネットワークが事業を動かす。ナガセタイランドでも、拠点の成長に向けた改革は「人」から始まった。

吉本社長が着任後、全社員との1on1を通じて組織の課題を洗い出すと、部門間や経営と現場の距離など、会社の一体感の弱さが浮かび上がったという。同社長が着手したのは、マネジャー層の役割を見直し、組織の中心として機能させることだった。

1on1で見えた組織の分断

長瀬産業は京都の染料問屋を祖業としながら、現在は化学品を中心とした商社業を基盤に、製造や研究開発機能も持つ企業へと発展してきた。ASEAN最大規模の拠点であるナガセタイランドも、自動車向け材料、ケミカル、OA機器および家電向け材料、食品用軟包装材など幅広い分野で事業を展開している。

しかし、組織規模が大きいにも関わらず、ここ十数年、売上や事業構造に大きな変化がなく、拠点としての存在感をどう高めるかが課題となっていた。吉本社長がタイに赴任して最初に行ったのは、全社員との1on1面談だった。社員は当時約180人。一人ひとりと20〜30分ほど時間を取り、会社の課題や働く環境について率直な意見を聞いていった。

その中で見えてきたのが、組織の中にあるさまざまな距離だった。「10年以上働いているが社長と話すのは初めて」「社長室に入るのも初めて」という社員もいれば、「日本人駐在員との距離を感じる」という声もあった。営業部門は4つの部門に分かれているが、違う部門の社員は名前も知らないという状態も珍しくなかったという。

それぞれの部署で仕事は回っているが、会社として同じ方向を向いている感覚は弱かった。会社の方針や数字が十分に共有されておらず、社員が会社全体を自分ごととして捉えにくいなど、規模が大きい拠点ゆえの根深い問題があった。

社長室を取り払い 壁を壊すことから始めた

吉本社長がまず取り組んだのは、こうした距離を生んでいた壁を取り払うことだった。具体的には、次のようなことを行ったという。

①社長室の廃止:社長室を取り払い、自らも一般社員と同じフロアで働くようにし、物理的な距離をなくした。

②部署を横断した会食:部署の異なる社員や駐在員が交流できる会食を開催。普段接点のない社員同士が話す機会をつくり、会社の中で人と人がつながる場を増やした。

③オフィス環境の見直し:以前のオフィスは互いの顔が見えにくいレイアウトだったため、移転を決断した。新しいオフィスではフリーアドレスを導入。部門を越えてコミュニケーションが生まれやすい環境に変えた。

④情報の透明化:半年ごとに全社員向けの説明会を開き、会社の戦略や課題、業績の数字まで共有するようにした。会社がどこを目指しているのか、その中で自分の仕事がどう関わるのかを理解してもらうためだ。

変革の鍵はマネジャー層だった

こうした一体感づくりと並行して、同社長が特に重視したのがマネジャー層の改革だ(図表3)。組織の分断を埋め、経営の方向性を現場の行動につなぐ役割を担う存在だからだ。マネジャーが単に上からの指示を伝える存在のままでは、組織は変わらない。

出所:ナガセタイランドへの取材を基にTHAIBIZ編集部が作成

現場に最も近い管理職が経営の視点を持ち、組織を動かす主体になる必要があると考えた。そこで始めたのが、四半期ごとに行う「マネジャーキャンプ」である。会社の課題を共有し、マネジャー同士で議論する場を設けた。そこで繰り返し伝えたのは、「マネジャーは日本人ゼネラルマネジャー(GM)の下の存在ではなく、会社を動かす経営側の一員だ」というメッセージだった。

この取り組みを始める前には、マネジャーの配置も見直した。年功的に任命されていた管理職の役割を整理し、若手登用も含めて体制を整えたという。人を選び直したうえで、役割意識を変えていくという順番を取った。さらに、全社員にロジカルシンキングやクリティカルシンキング研修、目標設定研修、ミドルキャリア向け研修などを実施し、将来のリーダー候補の育成も進めている。

マネジャー層の帰属意識が 前年比14.2ポイント上昇

吉本社長が2024年の赴任後に始めた同社の組織改革の結果は、早速、従業員エンゲージメントサーベイにも表れている。2025年度末に行った全社員を対象とした調査では、前年に比べ、3.6ポイント改善。事務所移転による環境改善の影響もあるが、「研修制度の充実」「戦略目標の発信」「コミュニケーション強化」「変化への意識やそれに対する取り組み」といった項目でも改善が見られた。

さらに注目すべきは、GMを除くマネジャー層では、前年比で14.2ポイントも上昇した点である。「責任ややりがい」「オープンでフランクな姿勢」など64項目中53項目でスコアが改善し、マイナスとなった項目はなかったという。

なぜこの改革は機能したのか

なぜ社員の意識にこれほど大きな変化が起きたのか。今回の改革が機能した要因は、マネジャー層の役割を見直した点にある。組織の方針や制度は、導入しただけでは現場の行動にはつながりにくい。実際にチームを率い、日々の業務を動かしているのは各部門のマネジャーだ。

吉本社長は、そのマネジャー層が会社の課題や方向性を理解し、それをチームの中で共有する役割を担うことを重視した。その結果、経営の方針がマネジャーを通じて各チームに共有され、現場の行動にも徐々に反映されるようになったとみられる。エンゲージメントサーベイのスコアが大きく改善したことも、そうした変化を裏付ける結果といえる。

ナガセタイランドの組織改革は、マネジャーを単なる部門管理者ではなく、会社の方向性を現場へつなぐ「経営を担う存在」へ引き上げる試みだったといえる。人事制度を現場で機能させるためには、その制度を担うリーダーの意識が不可欠であることを、今回の改革は示している。

タイ人が経営を担う拠点へ

これらの取り組みの背景には、中長期的にタイ人が経営を担う組織をつくるという、本社とも共有された考えがある。マネジャー層の育成を一時的な施策に終わらせず、将来の経営人材の育成と拠点の成長につなげていくというものだ。吉本社長は「今後はサクセッション・プラン(後継者育成計画)の整備も進めていく予定だ。

マネジャーの登用基準や育成状況を記録として残し、責任者が変わっても人事の方向性が大きく揺れない仕組みを整えていく」と展望を語る。ナガセタイランドが目指すのは、タイ人が経営を担い、拠点として新たな事業を生み出していく組織である。その担い手となる人材をどう育てていくか。マネジャー層の役割を見直す今回の取り組みは、その基盤づくりといえる。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック

THAIBIZ編集部
和島美緒

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