その人事で会社は変われるか

THAIBIZ No.172 2026年4月発行

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その人事で会社は変われるか

公開日 2026.04.10

OPINION : 海外拠点の変革に必要なものとは?「現地化経営」の限界と、翻訳するリーダーの再起動

今号の特集では、2社のケーススタディが紹介されている。業種もアプローチも異なるが、どちらも「本社が掲げた戦略を、現場の行動にまで届かせる」という、日本企業にとって共通の難題に正面から向き合っている。その実践の詳細は本文に譲るとして、ここでは一歩引いた問いを立てたい。

そもそもなぜ、日本企業は海外拠点の変革に苦労するのか。そして今、何を変えなくてはならないのか。タイをはじめ東南アジアの現場で人事に長年携わってきたコンサルタントの立場から、この問いに考察を加えておきたい。まず目を向けるべきは、日系企業が長年にわたってテーマとしてきた「現地化」という言葉である。

Asian Identity Co., Ltd.

代表取締役 中村 勝裕 氏

上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、ネスレ日本株式会社、株式会社リンクアンドモチベーション、株式会社グロービス、GLOBIS ASIA PACIFICを経て、タイにてAsian Identity Co., Ltd.を設立。

現地化経営は成功してきたか

日本企業の海外拠点の経営は、大きく三つの段階を経てきたと私は捉えている。第一段階は「統制型」だ。2000年代以前に典型的だったこのモデルでは、日本人駐在員が意思決定の中心を担い、現地スタッフは実行者として位置づけられていた。情報も権限も日本側に集中し、ローカル人材の主体性は育ちにくかった。

その反省として生まれたのが第二段階「委任型」、いわゆる「現地化経営」である。タイ人マネジャーへの権限委譲を進め、日本人は過度に介入しないことが理想像とされた。

ローカル人材の育成とエンゲージメント向上という点では、確かな成果をもたらした。しかし今、この第二段階が変革期において新たな問題を生んでいる。

戦略実行と現地化は整合しているか

2010年代以降、日系企業を取り巻く環境は大きく変化した。競合アジア企業の台頭、デジタル化の加速、迫られるサプライチェーンの再編。こうした変化に対応すべく、本社の方向転換が相次ぐ中、拠点には「変わる力」が求められはじめた。ところが「現地化」の文脈で長年育まれてきたのは、現状を安定的に運営する力だ。

特に安定大量生産の期待を背負ってきたタイ拠点にはその要素が強い。「安定運営」と「変革」は、本質的に反対の方向性である。問題は、本来なら変革のベクトルに向けて強い影響力を与えなければならないはずの日本人リーダーが、「関与しすぎない」という現地化の規範に自らを縛ってきたことだ。権限委譲は決して間違っていない。

しかしそれが「方向を示さない」「変化を促さない」という不作為の美徳に転化した瞬間に、変革期の拠点は向かう先を失って漂流し始める。さらに、約3年に一度リーダーが交代する駐在員の仕組みが変革の難しさを助長し、「変化に取り残される日系企業」を少なからず生んできた。これが、筆者がタイの現場で繰り返し目撃してきた現実である。

タイ文化と変革の相性はどの程度か

また、タイ固有の組織文化にも触れておく必要がある。タイの職場では、「関係性」が制度よりも優先する。仮に上司が保守的であれば、それを乗り越えてまで変革をしようとするタイ人は稀だ。

上位者への強い敬意と表立った反論をしない文化から、変革はあくまで「トップダウン」で起動するものであり、日本企業が得意とするボトムアップやミドルアップダウン型の変革はほぼ起こりえないと言ってよい。

だからこそ、「変革力のあるリーダー」が組織にいるかどうかで、変革の成否は大きく左右される。加えて、変化のために痛みに耐えるというマインドセットを持つタイ人は多くない。現実に合わせて柔軟にやっていく器用さに長けた人が多い一方、自ら痛みを引き受けて変革を推し進めるタイプは相対的に少数だ。

これは批判ではなく、文化的な前提の違いとして認識しておく必要がある。そうなると、変革を可能にするのは大きく二つの方向性しかない。

一つは、変革力を備えた希少なタイ人リーダーを見つけ出し権限を委ねながら、日本人は裏側で方向づけとサポートに徹するスタイル。もう一つは、日本人が前面に立って変革の旗を振るスタイルだ。ただし後者はかつての「統制型」とは異なる。

タイ人と丁寧に対話し主体性を引き出しながら、変革の推進力がつくまで日本人が強力にプッシュし続ける。いずれのスタイルにも共通するのは、本社の意図を「翻訳」し、現地のリアルを踏まえて落とし込む力だ。

そして実際には、変革力を備えたタイ人リーダーの絶対数は少なく、その人材を確保できているのは一握りの企業にすぎない。大多数の日系企業では、翻訳力を備えた日本人リーダーの再起動が不可欠になる。

現地化3.0へ:「翻訳する日本人リーダー」の再起動

筆者が「現地化3.0」と呼ぶ第三段階は、統制への先祖返りではない。タイ人が経営を担う方向性は変わらない。しかしその過程において、日本人リーダーのあり方は「統制する」でも「口を出さない」のいずれでもなく、その間の「翻訳する人」というあり方だ(図表4)。

出所:Asian Identityが作成

「翻訳する」という言葉をあえて使う理由がある。言語の翻訳においては、外国語に精通しているだけでは良い仕事はできない。双方の文化・文脈・事情を深く理解して初めて、意味は正確に届く。

経営の翻訳も同じだ。日本本社の戦略意図とタイ現場の組織現実を両方知り、その間に立ち続ける。割り切ってどちらかに合わせるシンプルな解は、第一段階か第二段階の退行にすぎない。「間に立ち続ける」緊張感の中にこそ、変革者としての役割がある。

では、翻訳するリーダーに求められる力とは何か。筆者の経験から4つに整理したい。

1)ビジョンを語る力:未来を見据え、将来像を自分の言葉で語れる

2)異文化理解力:日本とタイの文化双方を理解し、尊重できる

3)対話力:組織内外に「橋を架ける」ように対話を重ねることができる

4)越境学習力:自ら外に出て行動し学び続け、自分自身をアップデートしている

特に4番目の重要性を確認しておきたい。タイで結果を出している日本人はほぼ例外なくフットワークが軽い。業界の垣根を飛び越えて関係性をつくり、そこから学び、新たな取り組みを始める。「自分自身を変革する」姿勢を持つ人だけが、組織を変革できる。

おわりに

日本企業の変革の必要性が叫ばれて久しいが、今回紹介した2社のようなポジティブな実践は確実に増えている。変革は制度から始まらない。本社の意図と現地の現実の間に立ち、意味をつなぎ続けるリーダーの存在から始まる。

タイビズの読者には、まさにその「間に立つ」立場にある日本人リーダーが多いはずだ。遠慮なく自身のリーダーシップを再起動していただき、タイ拠点から新たな変革の実践が生まれることを期待したい。

THAIBIZ編集部
サラーウット・インタナサック

THAIBIZ編集部
和島美緒

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