カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 川島博之が読み解くアジア
公開日 2023.11.07
中国の不動産バブル崩壊は1990年代の日本のバブル崩壊と比較されることが多い。だが日本のバブル崩壊と中国のバブル崩壊には決定的な違いがある。中国における不動産バブルの崩壊は単なる経済現象ではない。それは体制選択の問題につながっている。
日本のバブル経済崩壊は体制選択の問題には発展しなかった。バブル崩壊後に細川政権、村山政権、そして民主党政権が誕生したが、それらは日本の政治体制そのものを否定するものではなかった。昭和の政治と令和の政治は、官僚の力が弱まるなどの変化はあったものの、その本質は変わっていない。しかし中国のバブル崩壊は体制変革につながる可能性がある。
毛沢東の死後、1978年に鄧小平が実権を握って改革開放路線に舵を切った。それは毛沢東が行った文化大革命があまりに馬鹿げた政策であったために、常識的な路線に引き戻したものと言ってよいだろう。
しかし改革を推し進めると、多くの人々が共産党体制に疑問を感じるようになった。それが天安門事件につながった。中国共産党は天安門事件を抹殺しようとしている。中国では天安門事件という言葉だけでなく、それが起きた6月4日を連想させる「64」と言う文字の並びでさえも検閲の対象になっている。
なぜそれほど天安門事件にこだわるのだろうか。それは天安門事件が体制の根幹に関わっているからだ。鄧小平は改革開放路線に転じた際に、経済が発展すれば緩やかに民主化を推し進めても良いと考えていたと思う。だから開明派とされる胡耀邦や趙紫陽を政権の中枢に据えた。
しかし歴史の流れが早過ぎたようだ。胡耀邦や趙紫陽が推し進める路線を推進すれば、いずれ中国は資本主義の国に逆戻りしてしまう。そうなれば、何のために革命を行ったのか分からなくなる。長老達の巻き戻しの中で胡耀邦は失脚した。胡耀邦は失脚した2年後の1989年に心筋梗塞で死亡したが、その追悼集会がきっかけになり、人々は民主化を求めて天安門前広場に集まった。鄧小平は集まった人々を、軍隊を使って虐殺した。
そんな鄧小平が政治は共産党独裁、経済は資本主義と言うシステムを作り出した。天安門事件まで曖昧だった路線を明確化したと言ってよい。1992年の鄧小平の南巡講和は、この体制の意味を理解できない凡庸な江沢民のお尻を叩くためだったとされる。
この体制は思いのほかうまく機能した。1990年代の後半になると中国経済は勢いよく発展し始めた。21世紀に入っても年率10%を超える速度で成長し続けた。
驚異的なスピードで成長できた秘密は地方政府が行う土地ビジネスにあった。その核心は共産主義であるために土地が公有性になっており、土地の売却益を農民ではなく地方政府が独占できたためだ。農民には少額の補償金しか渡さなかった。地方政府は農地売却から生じた莫大な利益を投資に回した。それが奇跡の成長の原動力になった。
農民からタダ同然で取り上げた土地の利益で地方政府とその周辺の業者(多くは共産党員とその縁者)だけが潤うシステムができ上がった。そして共産党独裁の中国にはその歪みを批判するするマスコミや野党は存在しなかった。政権に対する一切の批判を禁じているために行政とその周辺にいる人々は利益を追求し続けることができたが、このような仕組みは必然的にバブルを引き起こすことになった。
日本のバブルはプラザ合意が行われた1985年から1990年までのたった5年間の出来事だった。一方、中国のバブルは2000年頃から2022年まで約20年間にわたって存続し続けた。批判を一切禁じていたからに他ならない。その結果、「『中国バブル崩壊論』の崩壊」となどとも言われた。
しかし2010年頃になると、農民から取り上げた土地だけでは奇跡の成長を続けることができなくなってしまった。その結果、地方政府は融資平台と呼ばれる日本の第三セクターのようなものを作って資金を集めた。その資金が返済不能なまでに膨れ上がっていることは既に報道されている。
奇跡の成長を可能にしたシステムは破綻した。そして、これまでに積み上げた膨大なバブルを処理しなければならなくなった。誰もが現体制に疑問を持つことは当然だろう。そしてより深刻なことは、この体制の中の受益者の中心に約1億人とされる共産党員がいることだ。バブル処理を進めると、これまで甘い汁を吸って来た共産党員やその縁者が大きな損害を被る。だからバブル処理はできない。
現在、習近平国家主席と中国共産党はどうして良いのか分からなくなっているが、とりあえず体制を維持したい。経済回復は二の次である。そう考えると愛国心を煽る「戦狼外交」も理解できるだろう。経済を発展させるためには国際社会と協調することが必要だが、中国は真逆なことを行なっている。
不良債権処理を行なって過去の膿を出しきれば、1億人もいる共産党員が怒り出して体制が崩壊する。それが分かっているだけに、習近平政権は強権を使ってバブル崩壊を押し留めようとしている。しかし強権でバブル崩壊を食い止めることはできない。それは時間稼ぎに過ぎない。そして時間が経てば経つほど、バブル処理は体制選択の問題に発展していく。
力でバブル崩壊を防ごうとしているために、中国は息苦しい社会になってしまった。強い権力を有する共産党政府が力でバブル崩壊を防ごうとし続けると、中国が北朝鮮化すると言う未来像もあながち冗談とは言えなくなっている。
中国のバブル崩壊は単なる経済現象でない。体制選択の問題に発展する。われわれはそう考えて中国のバブル崩壊に付き合う必要がある。
ベトナム・ビングループ主席経済顧問
Martial Research & Management Co. Ltd.,
チーフ・エコノミック・アドバイザー
川島 博之 氏
1953年生まれ。77年東京水産大学卒業、83年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科准教授などを経て、現職。
主な著書に『農民国家・中国の限界』『「食糧危機」をあおってはいけない』『「食糧自給率」の罠』『極東アジアの地政学』など。
近著として「日本人の知らないベトナムの真実」を執筆。
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