カテゴリー: 自動車・製造業, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.08.09
今年春以後もタイ政府の電気自動車(EV)への傾斜ぶり、そして民間業界の間でのEVと関連ビジネスへの参入・強化を伝えるニュースが相次いでいる。TJRI(タイ日投資リサーチ)でも6月10日付のFeature記事「EV時代の到来とタイの自動車産業の未来図 〜 中国、インドネシアとの競争に勝てるか」でタイのEV市場をめぐるさまざまな論調を紹介したが、最近の議論では前回の巻頭コラムなどで取り上げたプラユット首相の温室効果ガス排出削減の新目標に言及するケースが目立っている。
今号のFeatureではタイ電気自動車協会(EVAT)のクリサダ会長のインタビューを掲載したが、EVATではタイの自動車生産・販売の8~9割を占める日本の自動車メーカーの存在感は薄く、最近のEV絡みのニュースでは中国の自動車メーカーとタイ企業との連携の話が多い。改めて最近の動向を簡単にまとめておく。
「政府はタイ国内での電気自動車(EV)の組み立て促進を強化している。来年までには開始する予定だ」
タイのプラユット首相は6月29日、タイ工業連盟(FTI)主催のセミナーで基調講演し、EV国産化に向けた強い意欲を表明した(6月30日付バンコク・ポストなど)。さらに「バッテリー、トラクションモーター、バッテリーマネジメント、AC/DCコンバーター、インバーター、ポータブルEV充電器、電気回路ブレーカー、EVスマート充電システムも近い将来、タイ国内で生産されるだろう」とEVの専門用語を引用しながらEV生産ハブ化への道筋をアピールした。
さらに同首相は、6月26日の台湾・鴻海精密工業(フォックスコン)の劉揚偉会長兼最高経営責任者(CEO)との会談後、同社が1年以内にタイ国内でのEV組み立て生産を始めると発表したことに言及した。フォックスコンは昨年、国営タイ石油会社(PTT)と総額10億~20億ドルで東部経済回廊(EEC)域内にEV生産施設を開発することで合意していた。プラユット首相は改めて、EV産業の促進が、タイランド4.0の対象産業である「新Sカーブ産業」やバイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデルを強化するとともに、先進国入りに向けた経済再構築の中核になると訴えている。
プラユット首相はまた、5月27日に日本経済新聞が開催した第27回国際交流会議「アジアの未来」での講演では「タイは日本の支援で世界最大のEV生産ハブになれる」と強調。さらに、2050年までのカーボンニュートラル、2065年までのネットゼロエミッションという目標を達成するためにEV関連製品のグローバルハブになりたいとした上で、「この目標は投資と技術移転という形で日本政府や民間産業界の支援で達成可能だ」と述べ、改めてタイのEVハブ化は日本次第だとの認識を示した。
タイ投資委員会(BOI)は6月13日の本委員会で4件の大型投資案件を承認(総額2000億バーツ)したが、そのうちの1件が、最近のEV関係ニュースでは最も注目を集めたPTTと台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)との合弁会社「ホライゾン・プラス」によるEV生産(投資額361億バーツ)だった。
また、この日の委員会ではEV用バッテリーの国内生産事業について、必要な原材料の輸入税の免除期間を従来の2年間から5年間に延長する投資恩典の強化も承認された。さらにタイ政府は7月26日の閣議で、①2022年10月から2025年9月までに登録されたBEVの自動車税の1年間分を80%引き下げる ②保税地区で組み立てられたBEV(乗用車、10人乗り以下の輸送用車両、ピックアップトラック)の輸入関税を免除-というEV利用を促進する優遇策を承認した。
こうしたタイ政府のEVへの傾斜加速とあいまって、今年4月以後も、▽長城汽車(GWM)とタイ発電公社(EGAT)などがEV用充電ステーション開発で覚書(MOU)締結 ▽米電気自動車大手テスラによるタイ現地法人の設立 ▽国営タイ石油会社(PTT)傘下のPTTオイル・アンド・リテール(PTTOR)によるEV修理サービスの提供 ▽サイアム・セメント・グループ(SCG)の傘下企業がEV充電装置の設置サービス開始 ▽PTTと台湾系デルタ・エレクトロニクスがEVやバッテリーに関連する電子装置などの共同事業でMOU締結 ▽PTTORとGWMがEV用充電ステーション運営プラットフォーム接続に関するMOU調印-などEVに関するニュースは枚挙にいとまがない。
長城汽車(GWM)タイランドのナロン社長は6月27日に行われた「タイEV社会の挑戦と機会」と題するオンラインセミナーで、「2022年のハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PEV)、バッテリー電気自動車(BEV)を含むタイの全EVの販売台数は約8万2000台で、内燃機関車(ICE)を含む自動車販売全体の10%になるだろう。また、BEVは1万2300台に達し、EV全体の販売台数の15%になる」との見通しを明らかにした。
このセミナーでは、参加したEV関係の専門家からさまざまな知見が披露された。その中では、「中国はICEからEVに乗り換えるキャンペーンを成功させた。市内で走る車を偶数日・奇数日で制限することや排ガス検査などによりICEの利用を積極的に減らす政策(Push Strategy)、税控除や特権を与えることなどでEVを利用する人を増やす政策(Pull Strategy)によって転換が実現した。さらにEVエコシステムを構築するために、充電ステーションなどの総合的なユーティリティの整備を加速させた。これらは、タイを含む他の国々の指針となるだろう」という中国のEV政策に関する興味深い報告もあった。
Featureで取り上げたEVATにはトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車、三菱自動車、スズキ、ヤマハ、カワサキモータースなどの日本企業も参加している。しかし、6月に行われた総会には日本人幹部の姿は見当たらなかったようで、EVAT資料の中のBEVの最新車種一覧では22車種中、日本車は2車種のみだ。
走行中に二酸化炭素を排出する内燃機関(ICE)車が環境にダメージを与えることは言うまでもないが、一方でタイでも電力源の大半を化石燃料に依存している現状で、電気自動車(EV)が温室効果ガス削減により有効なのかは疑問が残る。電力危機も叫ばれる中で、自動車産業は地域別に、そして短期、中期、長期のより複合的なロードマップを模索し、コンセンサスを形成していくべきではないだろうか。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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