カテゴリー: 自動車・製造業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.03.28
電気自動車(EV)をめぐる世界の動向は刻一刻変化している。EV全面シフトの急先鋒で、2035年にハイブリッド車(HV)も含めすべての内燃機関(ICE)車を禁止することを承認した欧州連合(EU)は25日、ドイツの反対を受け、2035年以降も条件付きでICE車の新車販売を認めることで合意した。その条件とは二酸化炭素(CO2)と水素で製造する合成燃料(e-Fuel)を使用する場合に限るという。ICE全面禁止の非現実性をようやく認めた形だが、e-Fuelの現実性も不透明だ。
自動車産業、そしてEVに関する動向や世論について、日本では既存の新聞・テレビといったマスメディアよりはユーチューブの方がよほど敏感に反応し、詳しく伝えている。もっともEVシフトは挫折したと安易な断定をしている、トヨタ自動車や日本礼賛のユーチューブ番組はやさすがに信頼できない。一方で今回のEVENTで紹介した商用車の脱炭素化に取り組むCJPTによる燃料電池車(FCEV)、バッテリー電気自動車(BEV)、ハイブリッド車(HV)などカーボンニュートラル対応の商用車を一堂に集めた試乗会は地に足が付いている印象もあり、さまざまな意味で示唆に富んでいる。
「脱炭素・カーボンニュートラルは目に見えない共有価値を国際通貨とした政策立案者による錬金術。EVシフトは脱炭素政策のキモであり、欧米ポリシーメーカーの最大の目的は新しい経済圏の創造と雇用創出だ」
3月6日に横浜銀行、京都銀行、広島銀行がバンコク市内で共同開催したセミナーで、伊藤忠総研の深尾三四郎上席主任研究員は現在の世界的な電気自動車(EV)シフトのポイントをこう表現した。同氏の講演タイトルは「スマホ化する自動車~脱炭素化が進むアジアのEVシフト加速とアップルカー登場に備える」と極めて刺激的だ。従来の内燃機関(ICE)車からEVへのシフトでは、必要なくなる部品、製造工程は多いとされ、自動車産業の雇用減少が懸念されているが、同氏の言う「EVシフトによる雇用創出」とはどのような論理か。
深尾氏は「EVシフトとは、単純に車のパワートレインをエンジンから電池に変えるだけの話ではない。EVを走らせる時、電池を製造する時に必要なエネルギーを再生可能エネルギーで賄わなければならない。EVシフトは再生可能エネルギーの増産、産業育成とセットだ。ICEからEVになると部品点数が減る。その雇用減を上回る再生可能エネルギー産業の雇用創出を考える。EVに必要な半導体と電池の工場を誘致して雇用を持ってくる。これを全部やると雇用は増える」と主張する。
その上で、「半導体と電池は欧米や日本にリーディングカンパニーはない。半導体はTSMC(台湾積体電路製造)で、韓国のサムスン電子もいるが自動車向けは少ない。電池は中国のCATL(寧徳時代新能源科技)やBYD(比亜迪)、韓国のLGエナジー・ソリューションなどだ。彼らはEV化が進んでいない自動車には優先的には供給しない。日本の自動車メーカーは半導体、電池が来ないので稼働率は上がらない。ゲームチェンジが始まっている。サプライヤーと自動車メーカーの立場が逆転している。スマートフォン業界と全く同じだ」と言い切る。
深尾氏はさらに、「半導体と電池の調達力のある会社がEVの勝ち馬になりつつある」とし、両方を作っているBYDが優位だとの認識を示す。そして、TSMCの近くにいるのがアイフォーンを作っている台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業傘下のフォックスコン(富士康科技)で、コンソーシアムを組んで「アップルカー」を作るかもしれないと指摘。そしてアップルカーについて、「実際にプロジェクトとして動いており、どこでやるか明らかにされていないが、私が知る限りではタイの東部経済回廊で生産されるのではないかという話も聞こえている。タイは特にゲームチェンジやEVシフトによる新しい経済圏の構築では重要な場所になってくる」との見方を示した。
深尾氏が描く自動車産業の未来図は、EV全面シフト論が前提で、EV化が脱炭素の重要な手段になるとした場合には再生可能エネルギーの普及が不可欠だ。しかし、電力源の大半が再生可能エネルギーに置き換わるのに相当な時間がかかる場合には、トヨタ自動車のマルチパスウェイ戦略に説得力がある。また今回のFeatureで紹介したリブ・コンサルティングのリポートはさまざまな可能性を考慮したバランスがとれた分析だろう。
同リポートは「タイは電気自動車(EV)によるDisruption(創造的破壊)のチャレンジに直面している」とした上で、タイの自動車産業の将来について、①東南アジア諸国連合(ASEAN)のICE車の主要拠点であり続ける ②ASEANのEVを主導する拠点になる ③新規事業に着手する-という三つの方向性を示している。そして、タイのベストシナリオとして、「ASEANでのICE生産をすべてタイに集約する」「ICEとEV両方で使える部品を供給する主要拠点になる」との提言は妥当だろう。
昨年中ごろまでは、欧州主導の完全EV化は必然との雰囲気が強かったが、ロシア・ウクライナ戦争に伴うエネルギー価格の高騰に加え、バッテリー原料の偏在、その製造・廃棄工程での環境問題への注目が高まるにつれ、EV全面シフトへの懐疑的な見方も増えつつある。深尾氏が言う「自動車のEVシフトとスマホ化」が実現する未来はいつごろの話なのか、その時の世界のエネルギーミックスはどうなっているのかなど見通し難だ。そうした中で、トヨタ自動車などが参加するCJPTがバンコクで開催したカーボンニュートラル対応車の試乗会はさまざまな意味で示唆に富む。
CJPTの試乗会は、積載荷物を含む重量、そして走行距離別の自動車の動力源のベストミックスは何なのか、現時点での手掛かりを示してくれた。ハイラックスというタイで有力なピックアップトラックまでならBEVも有効なのか。より大型のバス、そしてトラックではFCEVが適しているのか。そして一見、カーボンニュートラル対応車とは関係なさそうな、日本の軽自動車のミニバンを持ち込んだことも印象的だった。タイでは個人向け荷物のラストワンマイルの配送にピックアップトラックが使われることも多いが、それなら現時点では軽ミニバンの方が脱炭素に有効ではとの問題提起だ。
そしてさらに、昨年末にトヨタとタイ財閥チャロン・パカポン(CP)グループが発表したCPグループの養鶏場から発生するバイオガスを水素に転換してFCEVの燃料として利用する実証事業の最初の成果が早くも報告されたことが個人的には最も印象深かった。水素が本当に将来の一般的なエネルギー源になるのかはまだ分からないが、先進各国の政治的思惑とは別に自動車産業の最前線で格闘する技術者の挑戦を見守りたいと思った。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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