連載: 日タイ経済共創ビジョン
公開日 2023.11.07
タイへの政府開発援助(ODA)は、1954年に日本に研修生を受け入れたのが始まりで、来年で70周年を迎えます。そこで、「日タイ経済共創ビジョン」インタビューシリーズの第5回目は、国際協力機構(JICA)タイ事務所の鈴木和哉所長に周辺国支援における協力パートナーとしてのタイと日本の協力体制や今後の活動などについて話をうかがいました。
<聞き手=mediator ガンタトーン>
鈴木所長:私のタイへの赴任は、JICAの所員として赴任した2004年から2007年が最初でした。昨年9月、15年の間があいて、所長として赴任しましたが、ちょうどコロナ禍が明けて人の動きが活発化し、JICAとしても活動を本格的に再開していこうとしていた良いタイミングで赴任させていただいたと思っています。15年前と同様に活気ある街の雰囲気は変わりませんが、経済や社会は大きく変化したと感じました。例えば、QRコード決済の普及など、日本よりもキャッシュレス化が進んでいますし、スカイトレインや地下鉄は、線であったのが面になり、路線網へ変貌している点などです。
我々JICAの業務でも大きな変化がありました。TICA(タイ国際協力機構)は、JICAと協力して、周辺国等に協力する研修事業を行っていますが、昔はその経費負担の割合が70:30でJICAが多く負担していましたが、現在は50:50の負担割合になりました。また、TICA独自の協力をより強化しています。例えば、故プミポン前国王が提唱した「足るを知る経済」思想に基づく開発協力を周辺国にも広げておりラオスでは農業訓練校の建設・技術指導なども行っていますし、人身取引被害者のための職業訓練施設をカンボジアのポイペトに無償で建設するなどの活動も行っています。
また、NEDA(タイ周辺国経済開発機構)による借款事業が周辺国等に対して多く実施されており、その協力にJICAが連携している事例がみられるなど、短期間では見えにくいが15年という期間を経てみると大きな変化になっていることが実感できます。真の意味でタイと日本が対等なパートナーとなり、周辺地域等に対してどう貢献していくか具体的に考える時代になってきていると思います。
鈴木所長:タイにおける協力には3つの柱があります。一つ目は、「タイ国内向けの協力」です。例えば、高齢者の健康や医療に焦点を当てた高齢化対策、PM2.5の発生メカニズム調査、交通渋滞、洪水などの課題への対策です。
2つ目は、「周辺国に対する協力」です。タイではすべての人が経済的な困難を伴うことなく保健医療サービスを受けることができるという状況、ユニバーサルヘルスカバレッジ(UHC)がほぼ達成されています。その経験を活かして、MOPH(タイ保健省)とNHSO(国家医療保障機構)はJICAと共にUHCのための能力強化の取り組みを周辺国に対して行っています。このような取り組みは税関行政、気候変動対策など様々な分野において実施してきています。
3つ目は、「タイのリソースを活用した他国への協力」です。タイと日本の協力関係は長く、ODAの関係は来年70周年、JICA事務所の設立からも来年50周年を迎えます。長年の協力関係も多少は貢献しているかと思いますが、タイの政府関係機関には高い能力やノウハウが蓄積されているため、このリソースを活用して、他国の研修生をタイに招いて研修を行っています。
例えば、タイの首都圏水道公社(MWA)や首都圏電力公社(MEA)などに他国の技術者を招いて研修をする際、日本からも技術者を招いて、日本の新たな技術も踏まえた付加価値の高い研修も行っています。
また、JICAはアフリカ諸国の食糧不足解消のためにコメの増産の取り組みを各国で行っていますが、その一環として、カセサート大学の農業普及センターが受け入れ機関となった研修コースをタイで毎年行っています。本年度は現地視察をクボタファームにも受け入れてもらいました。タイは他国よりも多くのリソースがあることに加え、JICAが支援する国や地域からのアクセスもよいため、日本に研修生を招くよりも往来のしやすさといった面でもメリットがあります。この様なタイと共に周辺国等に対する協力も行うことで、日本社会に対する「信頼」を醸成し、社会課題解決に加え、民間企業の皆様の経済活動の側面支援をすることができればと考えています。
鈴木所長:ケースバイケースですが、例えばPM2.5の発生メカニズムを調査するプロジェクトを例に上げると、タイの場合は、基本的に機材などハード面はタイ政府で揃えることが可能なため、JICAは日本から技術専門家チームのみを派遣して実施しています。低所得国の場合は、技術専門家チームに加えて、施設や機材の整備なども含めた協力内容にする必要があります。このように国の発展の段階によって、適切な支援内容は変わってきます。
鈴木所長:JICAが派遣する専門家は、過去は国家公務員の方々が大半でした。現在では、政府機関から民間企業へノウハウや技術移転が進んだ分野や、企業経営や市場流通など、そもそも民間に技術やノウハウが蓄積されている分野については、民間企業の技術者・コンサルタントの方々が国際協力を担っています。政策・立案や税関能力向上、競争法などの法執行能力向上のような行政経験に基づいた支援が必要な協力活動もありますので、求められるニーズに合ったバックグラウンドのある方々に専門家として活躍していただいています。
鈴木所長:新興国企業が台頭するEV産業などの場合、東部経済回廊(EEC)でも中国の新規投資が増加していると聞いており、そうした側面だけを切り取ってみると日本の存在感が低下しているように見えるかもしれません。一方、EVの普及率は中期的見通しでも最大で30%程度と言われており、残り70%はICE車とすると、これまで日本企業が積み上げてきたアセットも多く、引き続き存在感は大きいものと感じます。
市場や環境変化のスピードが加速していることは事実です。時代に沿った柔軟さがより必要になってきているのではないかと感じます。これまで日本企業はタイに生産拠点をつくり、タイに大きな雇用と経済発展をもたらしてきました。そのような中、高中所得国であるタイは、「Thailand4.0」や「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済政策」を掲げ、先進国入りすべく、研究・開発機能を伴う高度な産業育成に力点を置いており、持続的発展のための高度人材の育成や社会課題の解決に向けた事業活動がますます求められるようになってきました。JICAとしても産業界の変革に必要な政府側の体制・制度整備が適切に行われていくような支援策を提供していきたいと考えています。
鈴木所長:タイが中進国の罠を抜け出すためには従来の労働集約型産業から人づくりを通して、知識集約型産業への転換が求められています。JICAの協力と言えば円借款による空港、港湾、鉄道、道路や橋などハード面の開発支援のイメージが強いですが、現在は高度人材育成のためにタイに日本の高等専門学校(高専)を導入し、高専教育 × 日本語教育 × 日本留学という仕組みを円借款で支援しています。来年3月にはタイ高専・モンクット王工科大学ラートクラバン校(KOSEN-KMITL)から第一期生が卒業します。
これは日本企業にも貢献できる取り組みであり、単純労働だけでなく日本人と一緒に組んで研究開発を行える人材育成につながるものです。実際、タイ高専の学生は技術だけでなく日本語や英語の習得にも日夜励んでおり、将来的に彼らがタイの産業をリードしてくれるものと期待しています。
鈴木所長:JICAの強みは、ビジネス面でのノウハウではなく、開発途上国政府機関とのネットワークや信頼関係構築の面で比較優位があることです。「中小企業・SDGsビジネス支援事業」では、採択された企業の皆様に、自社製品・サービスのタイにおけるニーズの有無や有効性を調べていただいたり、実際の技術を社会に実装する機会などを提供しています。
日本企業の皆様の海外進出を支援することであれば、JICA以外にもより適切な方々はおられると思いますが、ビジネスとして利益を生むことと、その国の経済・社会課題の解決につながることの双方を満たす事業を支援することが本事業の特徴です。一般的に政府機関との関係作りをしようとしても民間企業のみでは現地パートナーにアクセスすることにも相当な困難を要しますが、我々JICAが長年の協力で培ったネットワークを生かすことで、一定程度調整コストが減り、事業実施を加速させることができるのがJICAを利用する大きなメリットです。
鈴木所長:中小企業の皆様は優れた技術と本邦における高い信頼があるものの海外展開へのハードルが高いとおっしゃる場合が多いです。そのような背景もあり、我々の事業は主に中小企業の皆様を対象にしていますが、大企業でもこの制度を利用できます。大企業の皆様の場合、すでに技術やアイデアはあるものの、中小企業に比べ、組織決定に時間がかかるともお聞きします。そのような時、この事業を活用することで、新たな取り組みを進めやすくなったという声もあります。
また、先端技術に強みを持つスタートアップ企業の場合には、より制度面で制約の少ない途上国においてビジネスチャンスを見つけることがあります。新規事業を推進する上で物事の進めやすさを重要な要因と捉えている場合には、この制度を使うメリットも大きいのではないでしょうか。在タイ日系企業の皆様でも日本の本社等と調整いただくことで活用可能な場合もあります。タイ事務所には民間企業連携の窓口もあるので、我々をうまく活用いただければと思います。
鈴木所長:中進国の罠の回避という点では、タイはThailand4.0やBCG経済政策でいかに成果を出していくことができるかが鍵で、それらを各省庁が適切に推進・具現化することに注力していくことだと考えます。また、高齢化が進む中で、今後は労働者不足問題がますます深刻になってくることが予見されています。省人化、労働力確保のための移民労働者の労働環境整備、人権デューデリジェンスなどがより求められるでしょう。当事務所では、これまでに実施してきた協力に加え、労働政策、ビジネスと人権などにも留意した調査・協力も強化していきたいと考えています。
TJRI編集部
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