「生成AI」でなくなる仕事、残る仕事 ~Nexus Frontier Tech 水野貴明CTOインタビュー~

「生成AI」でなくなる仕事、残る仕事 ~Nexus Frontier Tech 水野貴明CTOインタビュー~

公開日 2024.10.28

9月30日に配信したTHAIBIZニュースレターのコラムで個人的には初めて人工知能(AI)をテーマに取り上げた。タイのメディアでも着実に「生成AI」に関するニュースは増えている。10月15日付バンコク・ポスト(ビジネス4面)によると、米デルの調査でAI活用で競争力と確固たる戦略を持っていると回答した企業・団体が98%に達し、世界平均の82%、アジア太平洋平均の80%よりも高かったという。

先のコラムでもコメントを引用させていただいたAIサービス開発・コンサルティング企業Nexus Frontier Techの共同創業者兼最高技術責任者(CTO)の水野貴明氏に改めてAIの現在地について話を聞いた。

(取材・10月22日、聞き手・増田篤)

主に金融機関向けにAIを活用したDX支援

Q. 簡単な自己紹介と現在の会社の概要を教えてください

水野氏:父親が日本のコンピューター大手に勤めていたこともあり、小学生の頃からコンピューターを使っていた。ただ大学では別のことをやりたいと思い、慶応大学で有機化学、そして東大農学部の修士課程では大腸菌の研究をする中で、バイオインフォマティクスも学んだ。しかし、最初の就職先はシステムインテグレーターの会社で、その後、中国の百度(バイドゥ)に初の日本人開発者として入社した。バイドゥでは上海開発センターを代表して「百度人(年間賞)」を受賞した。次に転職したディー・エヌ・エー(DeNA)では、ベトナム、シンガポールの開発拠点の立ち上げを担当した。

Nexus Frontier Techはもともと機械系エンジニアで財務と営業を担当している中華系マレーシア人と、ニューラルネットワークで博士号を持つAIの専門家の日本人の3人で創業した。その後、シンガポールの金融系の元官僚に最高執行経営者(COO)になってもらった。主な顧客は銀行で、財務諸表のデータ入力などで未だに手作業の書類仕事が多い中で、AIを使ったインテリジェント・ドキュメント・プロセッシング(IDP)などいわゆるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の支援サービスを提供している。また、スタートアップ企業の開発支援なども行っている。個人的には20冊以上の技術書籍の執筆、また翻訳もやっている。

「幻滅期」はあってもAIの進化は続く

Q. チャットGPTなどの生成AIの登場で、AIブームが加速し、エヌビディア株が乱高下しながらも高値が続いているが、AIの現在の状況をどう見ているか

水野氏:初期の行き過ぎた期待が一段落した状況だと思う。AIと言う言葉が持っていたイメージと、現在の生成AIの性能のギャップに関する理解が進んだ。ブームになると、過度の期待が生じるので、「思っていたのとは違う」といった幻滅期は必ず来る。これでAIが終わりになることは全くなくて、まだまだこれからどんどん進化していく過程だ。「LLMシンポジウム2024」で東京科学大学の岡崎直観教授が「ガートナーのハイプ・サイクルの曲線」の話に触れ、「製品化済みLLM(大規模言語モデル)は幻滅期だが、オープンなLLMはまだ黎明期」と述べていたが、同感だ。

最近、ある案件で生成AIを使ってチャットボットを作ったが、「期待したほど人間らしい反応ができない」という意見が発注者側から出た。AIは実際に知能があるわけではなく、入力したテキストなどに対して、膨大な学習データをもとに、もっともらしい続きや画像などを出力するものであり、人間と全く同じようなことができるわけではない。「ハルシーネーション(幻覚、幻影)」のような「嘘」も言うし、膨大なデータから「らしさ」を抽出しているので、「外れ値」となる突飛で面白いことも基本は作れない。

今のLLMはいろいろ未熟な点もあり、まだまだ発展途上で、より進化した新しいモデルが毎月出ている状況だ。ここ1年ぐらいさまざまな人がいろいろな目的でLLMを試しており、日々新しい使い方が見つかり、自分たち技術者は毎日興奮することが多い。おそらく一般の人には見えていないような場所でもAIの利用が進み、世の中が便利になっていくだろう。

Nexus の水野CTO
Nexus Frontier Techの水野貴明氏

簡単な事務処理や書類仕事はAIに置き換わる

Q. 生成AIは人間社会、ビジネスなどさまざまな分野に大きな変革をもたらすとされるが、どのような分野がもっとも大きな影響を受けると思われるか

水野氏:決められた処理を行うだけの仕事や、反復によって獲得可能な技能、知識を正確に知っていることが重要なホワイトカラー、アウトプットがデジタル化可能な職業などが影響を受けると思う。簡単な事務処理や書類仕事はAIに置き換わるので、こうした仕事は大きく減っていくだろう。

「知識を正確に知っていることが重要」という職業では、弁護士や経理関係も危ういが、これまでの判例から創造的に弁護したり法を解釈したりすることは、今のところまだAIにはできないかもしれない。よくある案件を、経験と知識で簡単にさばくとことができる仕事はAIに置き換えが可能なので、仕事の総量は減る。逆に言うと「創造的でチャレンジングな仕事だけが残る」ので、優秀な人には面白い世の中になるだろう。

Q. 小説、音楽、映像、絵画などのアート分野でもどの程度まで生成AIが代替していくのか、生成AIではなかなかできない人間のクリエイティビティーの部分は残るのか

水野氏:ある程度のクリエイティビティーを必要とすると考えられていた職業も影響を受ける。文章を書く仕事も、小説やコピーライターなどの創造性で売っている人たちの仕事は影響を受けないが、「ありきたりな文章でも大丈夫」的な仕事をフリーランスで受けている人の仕事は、「ありきたりな文章」を作るのが得意なAIに置き換りつつある。

特にパターン化しない文章や一瞬のひらめき的な創造性はまだ生成AIには難しい。AIはこれまでのデータをもとにありそうなパターンを生成するものなので、「外れ値」は期待できない。クリエイティビティーや新しい面白さは外れ値なので、そういったものは今は難しい。

ただ、OpenAIは先日、「GPT o1」という「推論」に力を入れたモデルを発表した。OpenAIは今後、AGI(汎用的人工知能)に進むと見られており、これは推論システム構築が順調に進んでいるからだという。こうした推論が進むことで、クリエイティビティーに関しても、ブレイクスルーはやがてくるのかもしれない。

新人の仕事が減り、後継者が育たなくなる懸念

Q. 生成AIのデメリットがあるとすればそれは何か

水野氏:AIの最近のトレンドが「膨大なデータと膨大な計算能力を使って学習を行うという、『数の暴力』で大幅に性能が上がってしまった」というパターンで行われているため、大量の電力と水の消費が問題視されている。ただこの問題は課題がはっきりしており、多くの人が取り組んでいるので、解決に向かうだろう。実際「オープンなLLM」はノートパソコンなどのパーソナルコンピュータでも動くぐらい軽量で、かつそこそこの精度が出るものが毎月のように登場している。

一方、弁護士も含めどんな仕事でも経験の浅い人や若手、新人がやるような簡単だけど今後のための知識の積み上げにつながるような仕事がAIで代替されるようになると、若手の育成に大きな影響が出ると考えている。会計事務所や銀行で新人がやる様な財務レポートからのデータをまとめる仕事、コンサルタントの新人が担当する情報の収集や整理、ソフトウエア開発者の初心者による簡単なタスクといった仕事はAIに置き換わる。しかし、将来、今の熟練した人たちが引退した後、後継者が育っておらず、困ることがあるかもしれない。

また、根拠はないが、AIに頼りすぎて考える能力が減退する可能性はあるかもしれない。何でも考えずにAIに聞いてしまうことで、考える能力が発達しないということだ。例えば江戸時代はすごく歩いていた日本人も、自動車が普及して歩く能力が減退していたりするのと同じように、考える能力が減退するかどうか。ただ、自動車が普及したからといって、別に世の中が悪くなったわけではないのと同様に、特に問題にならないかもしれない。

コンピューター業界は大変革期に

Q. AIの分野での未来予想など、今、一番感じられていることは何か

水野氏:今、特にコンピューター業界における10年とか20年に一度しかない大きな変革の中にいるなと感じて、非常にワクワクしている。毎月、毎週、毎日のように新しい技術が発表され、色々な人がたくさんのチャレンジをしている情報が入ってくる。3年前、このようなことが起こるとは想像できなかった。だから未来予想は全然できないし、日々起こる変革に備えて、敏捷性を高めていくしかないと思っている。

THAIBIZ編集部

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