就職したい企業トップ3にランクイン!SCGの知られざる人事秘策

THAIBIZ No.154 2024年10月発行

THAIBIZ No.154 2024年10月発行なぜタイ人は日系企業を選ぶのか

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就職したい企業トップ3にランクイン!SCGの知られざる人事秘策

公開日 2024.10.10

タイでの人材確保に課題感を持つ日系企業とは裏腹に、昨今は大手タイ企業の力強い採用力が際立っている。その一例が、2024年1月にワークベンチャー社より発表された「就職したい企業ランキングTOP50」で、堂々3位にランクインしたサイアム・セメント・グループ(以下、「SCG」)だ。今回は、SCGのコーポレート人事部長であるメータ・プラパーワクン氏にインタビューし、知られざる人気の秘訣に迫った。

生き生きと働く従業員の姿

「ここが従業員専用のフィットネスジムだ。いつでも汗を流しリフレッシュすることができる」広々とした空間に数々のフィットネス機器がずらりと並ぶSCGのヘルスセンターにて、笑顔で出迎えてくれたメータ氏。

SCGのオフィスや関係施設が立ち並ぶ広大な敷地内の一角に位置するヘルスセンターでは、従業員はフィットネスジムの利用だけでなく、ヨガクラスやメンタルヘルスクラスの受講も可能だという。つい「人気の秘訣はこれか」と思ってしまいそうになるが、充実した福利厚生は同社の施策のほんの一部に過ぎない。敷地内のどこを見渡しても、生き生きとした表情を見せるSCGの従業員たち。彼らがこの会社で働き続ける本当の理由は、一体どこにあるのだろうか。

SCGのヘルスセンターには、数々のフィットネス機器や広々とした運動スペースが用意されている

時代の移り変わりに伴い、改革を続けるSCG

SCGは、今から約110年前の1913年、デンマークのセメント会社である F.L. スミス社と連携し、バンコクのバンスーにタイ初のセメント工場を設立したことが始まりだった。国産セメント事業からスタートした同社の領域は時代の移り変わりとともに広がり、今ではスマートリビング、デコール、流通・小売、化学品、クリーンエネルギーなどの手広い事業展開でグローバルに活躍し、タイを代表する大企業の一つとなった。

人事の側面からその歴史を紐解くと、最大の転機は、2006年に訪れたという。メータ氏は「当時の最高経営責任者(CEO)であったカーン・トラクーンフン氏が『ASEAN進出』と『高付加価値イノベーション』という2つの大きなビジョンを打ち出したことで、人事面でも大きな変革が行われた」と説明する。

次にCEOとして組織を前進させたのは、ルンロート・ランシヨパート氏だ。彼は、ネットゼロやグリーン化を目指す「ESG4Plus」や、オープンイノベーション、デジタルトランスフォーメーションなどに重きを置き、新規事業への進出や業務の効率化に注力するとともに、そのための人事改革も怠らなかったという。

現CEOのタマサック・セタウドム氏は、「SCG:包摂的グリーン成長への情熱」という新たなビジョンを掲げた。メータ氏によれば、このビジョンを達成するための4つの重要なエンジンが、事業スピンオフや株式上場などで組織の柔軟性を促進する「アジャイル組織」、サステナブルな取り組みと再生可能エネルギーへの移行を意味する「グリーンイノベーション」、未来の才能を引き寄せ成長の機会を提供する「可能性の組織」、そしてサステナビリティ事業における「ステークホルダーとの協業」である。

これらのエンジンを最大限駆使し、昨今のサステナビリティのトレンドに沿った事業運営を推進しているのが現在のSCGだ。重要なポイントは、同社はこれまでの歴史の中で、常にビジョンや経営戦略に基づいた人事改革を行ってきた、ということだろう。

惹きつけ、育て、定着させる

4つの重要エンジンの一つである「可能性の組織」を実現するために同社は、どのような戦略を用いているのだろうか。メータ氏は「私たちは才能ある人材を惹きつけ、エンゲージメントを醸成して人材の定着を図ることを目指している」とした上で、「ポイントは、従業員が経験を共有できる場を構築することで、外部からも優秀な人材が集まるようにすることだ」と説明する。ここからは、同社の具体的な施策について「惹きつける」「育てる」「定着させる」の3ステージに分類して見ていく。

1.惹きつける

大々的でグローバルな採用活動

才能ある人材を確保するためには、採用に向けた取り組みが欠かせない。メータ氏によればSCGでは、年間1,000〜2,000人の新入社員を採用するために、約10人のリクルーターが活動している。同社は、採用に関する共有サービスシステムを活用しており、求人は「SCG」の名の下で募集され、選考に通過した候補者はその後、各子会社に配属される仕組みだ。

テクノロジーを最大限活用し、採用プロセスはウェブサイト「career.scg.com」経由のオンライン応募と、問い合わせ対応のためのチャットボットの導入を統合。さらに、応募者の履歴書と求人をマッチングさせるマッチングシステムなども駆使しているという。

メータ氏は、「自社内だけでなく、大学と連携したエンゲージメント活動や採用活動も行っている」と続ける。具体的には、SCGに就職した卒業生が仕事経験を後輩に共有し、求職情報を提供する「キャリアインサイト」と呼ばれる活動や、将来的にSCGで働きたいと考える2〜4年生が交流できる「キャリアロードショー」、実際の仕事経験が得られる2〜3年生向けの「エクセレントインターンシッププログラム」などの取り組みが挙げられる。

なお、「キャリアインサイト」はタイ国内のみならず、米国、英国、中国、インドなど海外でも実施している。その理由についてメータ氏は、「タイの学生をタイのポジションに、現地学生をSCGの子会社が所在する国でのポジションに採用している」と説明する。

独自の奨学金プログラムも充実している。SCGは、経営学修士(MBA)、工学、法学、デジタル分析などの専門分野を対象とした奨学金プログラムを提供しており、SCGの従業員だけでなく関心のあるすべての人を対象としていることも特徴の一つだ。受給者は研究を終えた後、SCGで働くことが義務付けられるという。これらの一連の取り組みが、才能のある人材の惹きつけに繋がっている。

多国籍にジェンダーレスなど、多様性への取り組み

徹底した多様性へのコミットメントも、人材を惹きつける重要な要素だ。SCGの従業員約5万7,000人のうち、55%がタイ人、45%が非タイ人だ。非タイ人の中でも最大のグループはベトナム人(約1万4,000〜1万5,000人)、次いでインドネシア人(約9,000人)だという(図表1)。

出所:SCG 提供情報に基づきTHAIBIZ 編集部が作成

さらにメータ氏は、ジェンダーの多様性に関する活動として、「ダイバーシティ&インクルージョン委員会」の設立、ジェンダーレストイレの設置、性転換有給休暇の提供などを挙げ、「最近の同性婚法可決後、同性カップルは異性カップルと同様に福利厚生を会社に請求することができるようになった」と補足する。

加えて、「採用フォームや採用プロセスにおいて、敬称(氏、夫人、ミス、ミセスなど)を指定しないことで、平等な機会を確保している」とし、SCGがジェンダーの多様性に強くコミットしていることを強調した。こうした「誰もが平等に活躍できる土壌づくり」は、才能ある人材を確実に確保するためには必要不可欠だろう。

2.育てる

新会社設立も夢ではない「Zero to One」プロジェクト

大々的な採用活動で確保した人材は、育成することでさらに輝きを増す。SCGのユニークな取り組みの一つとして、メータ氏は、革新的なビジネスアイデアを持つ従業員がスタートアップのようにコンセプトを提案できる「Zero to One」プロジェクトを挙げた。

全従業員の65%を占めるY世代とZ世代をターゲットとしたもので、「才能を発揮するための場所」としても大きな役割を担うプロジェクトだ。ここでアイデアに将来性があると判断された場合、彼らは事業化のための資金の提供を受けることができる。さらに、独立した会社として発展する可能性のあるコンセプトについては、SCGが出資を行い、提案した従業員が新会社のオーナーになることも可能だという。

組織を引っ張るリーダーの育成

リーダーの育成にも、同社はかなり力を入れている。メータ氏は「SCGは、個人を有能なリーダーに育成することを目標としている」とし、成功するリーダー像について「多才で、あらゆるビジネスの経験を持ち、複雑なビジネス課題を解決し、国際的な仕事経験を持つ人物」と説明した。同社では従業員の経験レベルに応じてさまざまなリーダーシップ開発プログラムを提供しており、リーダー育成に対する本気度が伺える(図表2)。

出所:SCG提供情報に基づきTHAIBIZ編集部が作成
Abridged Business Concept(ABC)研修の様子

メータ氏は「私たちは、ビジネスと人は相互に関連しており、切り離すことができないと考えている」とし、全事業部のマネージングダイレクターで構成される同社のHR委員会の存在を紹介した。同氏は「幹部の人材はHRの知識を身につけている。

これは、全従業員向けに基本的な人事研修も行っているからだ」と、人事の知識の重要性を強調した。現在のタマサックCEOはセメント業界のエンジニアとしてキャリアをスタートした人物だが、メータ氏によれば、CEOを含めCレベルの全幹部が正社員からの昇格で現職に就いている。

3.定着させる

ハイブリッドワークと従業員間交流のバランス

せっかく育成した人材が、早期に離職してしまっては会社にとって損失だ。SCGは人材定着に対する取り組みにも余念がない。メータ氏によれば、その一つがハイブリッドワークモデルの採用だ。同社の従業員は出社する日をチームで選択することができる。「しかし、このアプローチは柔軟な働き方を実現できた一方で、従業員間の交流の減少という問題が起きてしまった」と、メータ氏は表情を曇らせた。

対応策として立ち上げた取り組みが、フードトラック、ショーステージ、フリーマーケットなどの無料イベントの開催を通じて従業員間の繋がりを深める「SCGハッピースペース」と呼ばれる活動だ。同氏は「事業の成長には社外とのコラボレーションが欠かせないが、内部での連携なくして、外部とのコラボレーションは生み出せないと考えている」と、ハイブリッドワークモデルと従業員間交流のバランスを保つことの大切さを説いた。

SCGハッピースペース

さらに、「従業員やその家族に、心身ともに健康な状態でいてほしい」との願いから、SCG敷地内には従業員用のフィットネスジムやヘルスセンター、スポーツ用の本格的なコートまで用意されているほか、提携病院のメディカルチームによる従業員へのヘルスケアサポートも充実している。こうした豊富な福利厚生も、人材の定着に大きく貢献しているのだろう。

ポジション変更を希望できる仕組みや昇給制度

ただ、従業員を定着させるには、働き方改革や福利厚生だけでは不十分だ。同社は毎月の経営会議で、人事管理の方向性について議論しているといい、そこから生まれたプロジェクトの一つが、「キャリアクリックプロジェクト」だ。メータ氏によればこのプロジェクトは、「ポジション変更を希望する従業員に社内求人を公開することで、従業員の離職率を減らすこと」を目的としている。

実はキャリアクリックプロジェクトは、人事の観点から非常に貴重な統計データを示してくれるという。メータ氏は「例えば、特定の事業部門の従業員が頻繁にポジション変更を希望する場合、その部門内に、マネジャーレベルでは気づいていない潜在的な問題があることを示している可能性がある」と説明する。

このように、データに基づいた継続的な改善が「ストレスなく働ける環境」を作り出しているのだろう。その他、半期ごとに業績を評価し、基準を満たした従業員には昇給が検討される「昇給制度」も、従業員のモチベーション維持に大きく貢献している。

「SCGで働きたい」と願う人材が後を絶たない理由

採用から育成、定着まで、人に関する施策には多大なコストや労力がかかるのは言うまでもない。しかしメータ氏は、「SCGの核となる価値観の一つは、個人の価値を信じることだ。成功するビジネスは多くの要素に依存しているが、『人』が重要な貢献者であることを私たちは強く認識している」とし、「あらゆる人事施策は、結果が出るまでに時間がかかる長期的な投資だと捉えている」と締め括った。

「SCGで働きたい」と願う人材が後を絶たないのは、「惹きつける」「育てる」「定着させる」が常に循環しているからだろう。持続可能な事業成長を目指すSCGのビジョンや風土に惹きつけられた人材は、入社後に大きく成長し、離職することなく組織に貢献する。その姿はさらに、多くの人に「この人のように、ここで働きたい」という強い気持ちを芽生えさせる。この流れを作れているのは、人への投資を惜しまない強い覚悟や、組織全体で採用・育成・定着に取り組む強固な体制があるからだろう。

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THAIBIZ編集部

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