THAIBIZ No.153 2024年9月発行ヒットメーカーが語る!タイの外食産業必勝法
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カテゴリー: 対談・インタビュー, 特集, 食品・小売・サービス
公開日 2024.09.10
タイには5,700軒以上の日本食レストランがあり、日本食はタイの食文化に定着している。その中でも近年増加数が著しい業種の一つがラーメン店だ。日本の有名なチェーン店や日本人経営の店からタイ人経営の店まで千差万別で、特にバンコクはラーメン激戦区となりつつある。競争が激化する中、タイ人のラーメン職人が手がける本格的な日本式ラーメンとして話題なのがナコーンパトム県にある「新道らぁ麺」だ。今回は新道らぁ麺の人気の秘密に迫ってみたい。
目次
バンコク中心部から車で西に約1時間、ナコーンパトム県サラヤの幹線道路から少し奥まった場所に店を構える「新道らぁ麺」は、タイで最も入店困難なラーメン店といっても過言ではない。客足が絶えない人気店ということはもちろんだが、電話のみの完全予約制で、平日は16:00〜19:00、日曜は11:00〜17:30(土・月定休)という営業時間の短さが、一層ハードルを高くしている。
口コミやSNSで話題が広がり、評判を聞きつけた在タイ日本人も遠方からわざわざ訪れる名店だ。「以前は予約不要だったが、行列が絶えず、顧客の不満につながった。顧客を待たせないために予約制に踏み切った」と語るのは、新道らぁ麺のオーナーシェフ、チャワポン・リーピパットパイブーン(ジョー)氏だ。
もともとエンジニアだったというジョー氏。なぜラーメンシェフに転身したのか。
「20代の頃はエンジニアとして仕事に就いていたが、30歳の時に新たな目標を見つけるために、学生として単身で日本に渡った。留学先の東京は物価が高く、最初は手頃な価格で食べられるラーメンを毎日のように食べていた。しかし、さまざまなラーメン店に足を運ぶ中で、どの店もそれぞれ独自の特徴があることに気づき、次第にラーメンの奥深さに魅了されていった」とジョー氏はラーメンとの出会いを語りはじめた。
図面通りの正確性が求められるエンジニアとして働いてきたジョー氏にとって、「店主の個性やクリエイティビティが発揮できるラーメン作りこそ、自分のやりたいことを表現できるものなのかもしれない」と感じていたという。
卒業間近になり、このまま進学して日本に残るか、あるいはタイに帰国するか悩んだ末、結局タイに帰国した。しかし、帰国後もジョー氏のラーメンに対する思いは消えず、ラーメン店を開くことを決意した。
「私がラーメン店をオープンした2017年頃は、タイではまだラーメン文化はそれほど浸透していなかった。特にタイ人が経営するラーメン店では日本の本物の味を提供する店はほとんどなかった。本物のラーメン文化をタイに広めるために、自分のオリジナルのラーメン作りに挑戦したい。始めるなら今がチャンスだと思った」と明かし、「自営業で小さくはじめて、失敗したらエンジニアに戻るつもりだった」と付け加えた。
ラーメン店を開店することを決意したジョー氏だったが、当時は食品に関する知識はほとんどなかった。日本で日本語学校に通いながら、タイ料理店やラーメン店でアルバイトを経験した程度だ。
「新道らぁ麺」という店名は、「新しい道を常に切り開いていく」という思いが込められている。自分が本当に美味しいと思えるラーメンを自ら作り、ラーメン文化をタイに広めていきたいというジョー氏の意思表示だ。
ラーメン店を開店するにあたり、ジョー氏はまず日本で食べたラーメンをカテゴリー分けし、どれがタイ人の舌に馴染むか、自分が再現したい味は何かを考えた。その結果、タイではまだ珍しかったしょうゆラーメンと塩ラーメンにチャンスを見出し、独学でオリジナルのラーメン開発にこぎつけた。
しかし、当初はタイ人にはその価値が伝わらなかったそうだ。低温調理で仕上げた美しいピンク色のこだわり自家製チャーシューは「生だからもっと火を通してくれ」やスープが「熱すぎるから冷やしてくれ」という声が後を絶たず、どうすれば本物のラーメン文化をタイ人に伝えられるか悩む日々が続いた時期もあった。
麺もスープもトッピングもこだわり、日本式のラーメンを作ったが、ここはタイ。いくら本物のラーメンを提供しても、主要ターゲットであるタイ人に受け入れられなければ意味がない。
そこで、ジョー氏はタイ人の消費者行動を注意深く観察し、顧客の声に耳を傾けた。
「日本のラーメン店は一般的に男性客が多く、こってりとした濃い味付けが多い。しかも、ラーメン一杯で満腹感が得られる量だ。しかし、タイでは老若男女が訪れ、複数のメニューを少しずつ味わうことが好まれる。味付けも薄味が基本で、味の好みを調整できるのが一般的だ」という。
自分の目の前にいる顧客は誰なのか、その顧客が何を求めているのかを冷静に判断した上で出た答えが、「自分のやりたいことだけをするのではなく、タイの食文化に適応しながら、変える部分と変えない部分の折り合いをつけること」だった。
新道らぁ麺には、常連客も多い。中にはラーメンマニアもおり、日本のラーメンの味を求めてくる人もいる。常連客を飽きさせないために新道らぁ麺は新メニュー開発にも余念がない。「同じメニューを出し続けるのではなく、常に改善しながら新しい味を顧客に提供していきたい」とジョー氏は語り、自分流のラーメン道を心から楽しんでいる。
自身の経験を踏まえ、ジョー氏はタイでの日本食レストラン経営について、「現地の文化や食習慣を理解し、メインターゲットである顧客の嗜好に合わせて柔軟に対応することが必要不可欠だ。なぜなら、味も食べ方も日本式がそのままタイで受け入れられるとは限らないからだ。
例えば、日本人はラーメンを食べる際、サッと食べて、サッと店を出るため滞在時間が短く回転率もよいが、タイ人はラーメンを食べるのに時間をかける傾向がある。さらに取り皿を頼むことも少なくない。一緒に訪れた家族や仲間と違う種類のラーメンを分け合うためだ。
中には、異なる味のラーメンを取り皿の中で混ぜて食べる人もいる」と説明した上で、「ラーメンシェフとしては、こだわりの一杯をそのまま味わって欲しいという思いもあるが、日本とは異なる食事スタイルが求められるため、妥協も必要だ」と本音を明かした。
実際にタイで成功している日系ラーメン店の共通点は、「タイ人の好みをよく知り、適応していることだ」とジョー氏は分析した。
ジョー氏は今年6月、新横浜ラーメン博物館主催のラーメンコンテスト「ラーメン登龍門2024」で書類審査と面接を通過し、ファイナリスト8名の一人に唯一の外国人として選ばれ、決勝進出を果たした。同コンテストの優勝者は、新横浜ラーメン博物館への出店権を得られるのだ。
ジョー氏は、同コンテストに出場した理由について、「日本のラーメン業界に評価されることは、大きな勲章となる。タイ人でも日本のラーメンを理解し、本格的なラーメンを作れることを証明したかった」と説明した。
同コンテストのテーマは味噌ラーメン。ジョー氏は、新道らぁ麺で主に麺の開発を担当するスパシット ・ラパーティクル(デュー)氏とともに新たに「Wモツ味噌ラーメン」を開発した。日本産小麦粉2種をブレンドした自家製麺に、味噌汁をイメージしたアサリ出汁のスープ。小麦粉の香りと味噌の風味をお互いに引き立たせるために、スープは上澄みだけを使用するというこだわり。
さらに味噌スープに合うチャーシュー、日本のもつ鍋屋から取り寄せた牛モツ、揚げたゴボウをトッピングした進化系プレミアムラーメンだ。今回、新横浜ラーメン博物館への出店を前提としたコンテストだったため、価格設定も必須だった。こだわり食材を使用したWモツ味噌ラーメンは、なんと一杯2,800円という価格もプレミアムなラーメンだった。
最終審査では、ジョー氏が尊敬するラーメンシェフの審査員に「料理としての完成度が相当高い」と評価を受けた。結果は優勝には至らなかったが、5位に入賞。何よりも同コンテストに出場しなければ誕生しなかったメニュー開発ができたことは、新道らぁ麺にとって大きな成果だった。
ジョー氏は、今回のコンテストを振り返り、「新たな学びと大きな成長機会を与えてくれた」と主催者の新横浜ラーメン博物館に感謝の意を示した。今年7月にはWモツ味噌ラーメンを790バーツでタイでも販売を開始した。高価格帯にも関わらず、人気は上々で新道らぁ麺ファンの舌を唸らせている。現在は日曜のみの限定メニューだが、今後は食材をタイ国内での仕入れに切り替えて、より手頃な価格で販売できるようになれば通常メニューに追加したい考えだ。
ジョー氏は新道らぁ麺の成功について、「PR活動はしてこなかったが、商品そのものがマーケティングにつながっている」と分析し、「ラーメン作りにおいて常に進化するライブ感を大切にしている。よい商品を作り続ければ、お客様はリピートしてくれる。改善をしながら理想のラーメンを作り続けることが新道らぁ麺の強みだ」と自信を見せた。今後さらなるビジネスの拡大を見据え、店舗の拡大も視野に入れているというが、乗り越えるべき課題も少なくない。
寝ても覚めても常にラーメンのことを考え、最高のラーメンを作ることに情熱を注ぐジョー氏。ラーメンについて語る時の同氏の目は少年のようにキラキラと輝いており、ラーメン作りこそが同氏のライフワークであることがひしひしと伝わってくる。
新しい道を切り開き続ける同氏の情熱と創造力は、これからもタイのラーメン業界に新たな風を吹き込むに違いない。
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THAIBIZ編集部
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