公開日 2024.10.15
タイ憲法裁判所が8月に閣僚人事を巡り、セター首相を失職とする判決を言い渡したことを受けて、タクシン元首相の次女であるペートンタン氏が後継首相に選出され、9月に新政権が発足した。しかし、昨年の下院総選挙で第1党となった前進党が解党させられたことも含め、国内外にタイ政治の不安定さを見せつける形となり、タイに進出する日本企業の間でも、改めてタイの政治リスクと経済への影響が懸念されている。
昨年6月にTJRIが開催した「タイ政治の行方~専門家による2023年タイ総選挙解説」と題するセミナーに登壇しただいた、国際関係の専門家で政治経済学者のソムチャイ・パカパーッウィワット准教授にタイの現在の政治状況が経済や日本企業に与える影響について話を聞いた。
(インタビューは9月12日、聞き手:mediator ガンタトーンCEOとTHAIBIZ編集部)
目次
ソムチャイ氏:冷戦終結後のタイは軍事クーデター、短期間の独裁政権、選挙を経たものの中途半端な民主主義政権という「悪循環」を長年、何度も繰り返してきた。2023年5月の総選挙後、タイは新たな「Chapter」を迎えたが、セタ―前首相の解職により、ペートンタン首相の下で新政権が発足し、新内閣が9月に正式発足した。タイの過去の政権は左翼政権も右翼政権もなく、保守主義の政党しかなかった。現在は連立政権に反対する唯一の政党である『国民党』というユニークな勢力が登場するというタイにとって初めての状況だ。
タイでは『20ヵ年国家戦略』が実行されているため、たとえ政権が変わっても、大きな政策の変更はなく、タイは安定して発展し続けるだろう。新たな政変がなければ、ペートンタン首相は4年間の任期満了まで政権を維持できるだろう。
ソムチャイ氏:今年上半期の国内総生産(GDP)の伸び率は平均で1.9%だった。今年度予算の執行やデジタル通貨配布の第1フェーズが実行され、今年の外国人観光客数が3600万人まで回復すると予測される中で、今年下半期のGDP伸び率は2.6%になると予想している。さらに、来年は輸出も改善し、デジタル通貨配布の次のフェーズにより、GDPは3%以上の成長を見込めるのではないか。
ソムチャイ氏:タイ政府は首相交代後も、製造業、技術確信、インフラ整備などの分野に重点を置いて引き続き外国直接投資(FDI)を促進している。日本は依然、タイへの最大の投資国であり、タイ政府は日本のFDI維持に努めている。日本企業は今後も成長と拡大が期待できるだろう。
また、地政学的なバランスでは、中国の影響力が増大しつつある。外交政策は、日本と中国との間でバランスをとりながら、中立的な姿勢を続けていくだろう。また、中小企業を不公正な競争から守るため、特に中国製の低価格商品の流入に対し、反ダンピング(不当廉売)対策を強化している。ただタイは中国向でけ輸出品の比率が高く、中国人観光客も多いため、政府は中国との関係悪化を望んでいない。
ソムチャイ氏:新政権でも政策の安定性や経済成長は期待できるだろうが、タイでのビジネス環境に影響を及ぼしかねないさまざまな国内外の課題に直面している。国内的には家計債務の増加であり、国の競争力の低下だ。高齢化がさらに進行すれば、経済の低迷につながる。
また、対外的にはハイテク技術の急速な変革や、気候変動問題などへの対応も不可欠だ。さらにグローバル市場での人工知能(AI)とITの一層の普及、重要性の高まりは技術開発で近隣諸国に遅れを取るといったリスクにつながる可能性もある。
ソムチャイ氏:政府の業務効率を向上させるための汚職の防止については、深く根付いた文化的な要因があるため、その実現は難しいだろう。一方、もしタイ政府がGDPの約40%を占める「地下経済」を地下から引き上げることができれば、透明性は高まり、経済成長につながるだろう。しかし、既得権益を失うことを恐れる勢力が抵抗することも予想され、完全な実行は難しいだろう。
タイは景気回復が続いており、政治状況も良くなりつつある。日本企業にとって大きなビジネスチャンスとなるだろう。政府のデジタル通貨配布や観光セクターの回復などが経済成長の強力な基盤となるだろう。
ソムチャイ・パカパーッウィワット 准教授(Assoc. Prof. Dr. Somchai Phakapaswiwat)
Independent Scholar
タイを代表する政治・経済学者。チュラロンコーン大学文学部を卒業。スペイン・マドリード大学政治学 学士号・修士号取得。フランス・ナンシー大学国際経済学 修士号・博士号取得。ヨーロッパを拠点に世界の政治・経済を学ぶ。帰国後、タマサート大学の政治学で教鞭を振るい、副学長まで務めた。また、1985年頃からタイ証券取引所(SET)顧問を務め、参議院議員、国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)の政治経済担当顧問など、タイの政治・経済界と学術界の架け橋役として活躍。現在は、タイの著名大学で客員教授などを務める。政治経済以外は、交渉術の専門家であり、タイでトップクラスのスペイン語の言語学者でもある。
THAIBIZ編集部
タイのオーガニック農業の現場から ~ハーモニーライフ大賀昌社長インタビュー(上)~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
タイ農業はなぜ生産性が低いのか ~「イサーン」がタイ社会の基底を象徴~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
「レッドブル」を製造するタイ飲料大手TCPグループのミュージアムを視察 〜TJRIミッションレポート〜
食品・小売・サービス ー 2024.11.18
第16回FITフェア、アスエネ、ウエスタン・デジタル
ニュース ー 2024.11.18
法制度改正と理系人材の育成で産業構造改革を ~タイ商業・工業・金融合同常任委員会(JSCCIB)のウィワット氏インタビュー~
対談・インタビュー ー 2024.11.11
海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~
ビジネス・経済 ー 2024.11.11
SHARE