カテゴリー: ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.03.14
TJRIニュースレターではこれまでさまざまな形でタイの農業関連ビジネスを紹介してきた。個人的に農業への関心が強かったことに加え、タイという国が実に農業と生物資源が豊かであることを再認識させられたこともある。そこではタイ最大の民間企業であるチャロン・ポカパン(CP)グループがもともと種子ビジネスを祖業とし、肥料、養鶏、エビ養殖などで成長した後、小売り、通信、不動産、そして自動車まで多角化して巨大コングロマリットになったことも示唆に富む。
CPグループが世界的にも有名になる一方で、タイの農林水産業分野で日本人にはあまり知られていないのが水産関連産業だ。今回のFeatureで紹介したタイ・ユニオン・グループ(TU)は水産加工食品企業としては世界最大規模の企業だ。漁業そのものを事業としているわけではないが、カツオ・マグロなどを大量に調達し、缶詰めにして全世界に販売している。そこでは否応もなく、海洋とその資源の危機など水産業の課題にも向き合わざるを得ない。
日本の農林水産省が2月3日に発表した2022年の農林水産物・食品輸出額は、前年比14%増の1.4兆円と、10年連続で過去最高を更新した。品目別では、アルコール飲料など加工食品を除くと、ホタテ貝やブリなどの水産物が畜産品、穀物、野菜・果実を上回り、ウェートが高い。タイ向け輸出に限ると2021年のデータでは加工品も含めた水産物が全体の47%近くを占めている。さらに個別品目をみると、カツオ・マグロ類がトップで、2位が豚の皮(靴やかばんなどに使用)、3位がイワシ、4位がサバなどと続いている。
バンコクに最初に赴任した当時、なぜ日本からタイへのマグロ類の輸出が多いのか不思議に思った。これに対し、ある大手商社の幹部が「要はマグロ・カツオを輸入して、タイで缶詰めにして、また日本などに輸出している」と教えてくれた。そしてタイ・ユニオンが世界最大のツナ缶製造会社だと知り、納得した。せっかく日本の水産会社が漁獲したマグロ類を日本で缶詰めにして世界に販売しないのかは、当時の缶詰製造工程の労働コストがタイの方が安かったことからなのかどうかは良く分からない。ただ、タイ・ユニオンがここにビジネスチャンスを見出したことは間違いない。
TUが2月20日に発表した2022年決算では、売上高が前年比10.3%増の1556億バーツと過去最高を記録。アンビエント水産物(常温保存可能な容器で包装された水産加工品)部門が12.8%増、ペットフード部門が48.0%増と好調だった。売上高の国・地域別比率は米国・カナダが44%、欧州が26%、タイ国内が11%、その他の国・地域が19%だった。粗利益は272億バーツで、5.8%増加したが、純利益は10.9%減の71億バーツだった。
タイ・ユニオン・グループ(TU)のティーラポン社長は今回のインタビューで、持続可能な水産業の取り組みとして「『Healthy Living, Healthy Oceans』を目指す『SeaChange®』戦略に基づき、監視可能な漁船で獲れたツナのサプライチェーンから調達する方法を採用、漁船の乗組員の労働環境を改善するなどの透明性を高める漁業を支援、人権に配慮した取り組みを実践している」と報告している。
これについて、TUのホームページは今年1月12日、「TUと国際環境保護団体ザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)は世界のマグロのサプライチェーンの透明性改善の先駆的取り組みのパートナーシップに関する初の報告書を発表した」とするプレスリリースを掲載。それによると、両者は2021年3月から、TUのツナ缶の原料を捕獲するはえ縄漁船を電子モニタリング(EM)で監視し、その漁業が信頼できる方法であるかを確認しているという。実はこれは、タイやベトナムなど東南アジアの漁業で問題視されてきた、「違法、無報告、無規制(IUU)漁業」対策の側面もある。
筆者がこのIUU漁業という言葉を知ったのは2019年1月9日付バンコク・ポスト紙などが報じた、欧州連合(EU)が2015年4月にタイのIUU漁業に出していた「イエローカード」の警告を解除したとのニュースからだ。同記事によると、タイは世界第3位の水産物輸出国で、IUU問題を受けEUがタイ産水産物の輸入を禁止した場合、年間で3億ドルの損失につながる可能性があったという。
TUは先のリリースで、EMや人間による監視が行われている漁船の比率は2021年には漁獲量の71%に達したとし、今後は太平洋、大西洋、インド洋で操業する水産会社5社の240隻のはえ縄漁船に、EMモニターを設置し、2023年までこの取り組みを続けていくと報告している。この取り組みは、かねてから批判を集めていた漁船労働者の過酷な労働を防ぎ、安全を確保するという人権保護の狙いもある。タイの漁船では、ミャンマー人などの移民労働者も多く、劣悪な労働環境から航海中に死亡し、遺体を海に投棄した事例も発覚しているとされる。
TNCのジェニファー・モーリスCEOは先のプレスリリースの中で、「世界の海はトラブルに見舞われている。気候変動、乱獲、汚染のような脅威が、海岸沿いのコミュニティーや世界の食品供給に計り知れないリスクをもたらしている。電子モニタリングを通じた世界の水産業のサプライチェーンにおける透明性向上は、水産業の管理と責任制を改善する強力な方法だ」と訴えている。
タイの地方を旅行し、海に近い都市の生鮮マーケットを訪ねると、野菜や果物、肉類だけでなく、魚、エビ、カニ、イカ、貝類などがあふれていることを目の当たりにする。タイは農産物だけでなく、水産物も豊かだと実感する。鮮度管理はまだまだかなという印象もあるなど、水産関連産業の近代化は遅れている印象だ。そうした中でも農業分野に続いて水産分野でもITを導入したスマート水産業の取り組みも始まっている。
水産養殖にITを活用するスタートアップ企業ウミトロンは2019年11月に、タイ農業・食品大手で世界最大のエビ養殖事業者であるチャロン・ポカパン・フーズ(CPF)と次世代型の持続可能なエビ養殖モデルの実装に向けた協業を開始したと発表した。このプロジェクトでは、CPFが取り組む環境配慮型のエビ養殖生産にウミトロンが所有する人口知能(AI)、および自動化技術を活用することで、生育効率の改善、バイオセキュリティの強化、労働環境の改善、環境負荷の低減を図るという。同社はまた、2020年には日本貿易振興機構(ジェトロ)が支援する「日ASEANにおけるアジアDX促進事業」の事業者として採択された。東南アジア諸国連合(ASEAN)におけるIoT/AIを活用したエビ養殖出データプラットフォームの開発を推進していくという。
農業分野に続く水産分野へのIT導入はまだこれからだろう。また、漁港近くの水産市場で見る海産物の豊富さを見ると、日本で「活け締め」「神経締め」という言葉で知られる漁船上での鮮度維持の処理技術の導入、そして漁港からバンコクという都市部への鮮度維持の物流による、近海漁業の付加価値向上の可能性を感じている。水産物の処理加工技術に関しては今でも日本が世界の最高水準と思われる。タイの漁港や地域コミュニティーの経済活性化に日本のノウハウが活かせる余地は大きいのではないだろうか。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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