カテゴリー: 自動車・製造業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2023.04.04
3月22日から4月2日まで開催されたバンコク国際モーターショーでは電気自動車(EV)を切り札にして中国自動車メーカーが攻勢を強めていることが改めて印象付けられた。そして欧州連合(EU)は3月28日、2035年に内燃機関(ICE)車の販売を事実上禁止する法案を承認したが、土壇場でのドイツの反対から二酸化炭素(CO2)と水素で製造する合成燃料(e-Fuel)を使用するICEが例外として認められることになった。一方、米財務省は3月31日、消費者がEVを購入する際の税優遇措置について、北米以外で生産した輸入車への適用を見送ることを決め、欧州などの自動車メーカーに打撃を与える予想されている。このようにEVと自動車の動力源をめぐる各国の攻防は一段と激しさを増している。今号のFeatureでは自動車部品産業の見通しに関するリポートを紹介したが、このコラムでも、EVシフトが自動車サプライヤーに与える影響を中心にさまざまな見方を紹介する。
「(2030年までにEVシェアを30%にするとのタイ政府の目標について)各社で差はあるものの、おおむね10%ぐらいと想定している。インドネシアでは2030年にEV販売台数を60万台にするとの政府目標に対し、国営企業などでもその10分の1の6万台ぐらいではとの見方もある」
三井住友銀行が3月16日に開催した「対談~欧州事例から今後のASEAN自動車産業を考察~」と題するウェビナーで、同行企業調査部(シンガポール)の平岩郷志部長代理は、タイとインドネシアのEV普及の政府目標に対する関係業界の現実的な見方をこう紹介した。
そして同氏は、中国の自動車メーカーがEVを武器に続々とタイに進出していることに関し、「中国メーカーから見た日系サプライヤーは重要だ。タイ政府の補助金を得るには現地生産を強化しなければならない。現地調達率を高めるためには、中国の完成車メーカーが中国のサプライヤーを全部タイに連れてくるのは現実的ではない。既にタイで成熟したサプライチェーンを築いている日系サプライヤーとの取引拡大には非常に関心が高く、魅力の高い取引になるだろう」との見方を示す。
一方で、日系サプライヤーから見た場合、中国メーカーとの取引拡大はケースバイケースだとした上で、「中国メーカーと取引拡大することで、稼働率を上げて、固定費を下げていくことは魅力的だ。これは価格決定権が自社にある場合や自社の汎用品を中国に販売するビジネスモデルは十分可能性がある」と指摘。一方で、「中国メーカーのために転用投資を行ったり、一定のラインを確保する必要があったりする場合は注意深く見る必要がある」とし、「計画台数と実績が乖離した場合には、日系メーカーなら保証や補填の考え方があるが、中国メーカーにはそうした考え方はないとされ、下振れ時のリスク(判断)が難しい」との認識を示した。
ICE車全面禁止に突き進んだEUが巨大な自動車産業を抱えるドイツなどの巻き返しで、合成燃料によるICE車を例外として認めたことは、ICE車の命運をどう左右するのだろうか。現時点で非常に高コストとされる合成燃料が実用化され、本格的に普及する日が本当に来るのだろうか。技術的ブレークスルーがないまま期限を迎えた時に、結局、ほぼICE全面禁止とほぼ同じことになり、EU当局の当初の狙い通りになるのか。一方、EVが抱える各種の難題が解決せず、予想ほど普及が進まなかった場合、合成燃料以外のICE向け燃料も認めざるをえなくなり、ICE生産インフラを残した自動車メーカーが有利になるのか。これらの過程の中で、バイオ燃料はどのような役割を果たせるのかなど興味は尽きない。
また、米国が税優遇措置を北米以外で生産されるEVへ適用しないことを決めたことを含む、「歳出・歳入法(インフレ抑制法)」が、世界の自動車産業に短期的にも大きなインパクトを与えつつある。三井住友銀行・企業調査部(ロンドン)の萩谷透上席部長代理は、先に紹介したウェビナーで、インフレ抑制法が欧州の自動車産業に与える影響は極めて大きいと強調。その理由に関して、2030年にEU域内でBEVのシェアが50%になった場合のバッテリー需要は600~700ギガワット時となる一方、欧州で現在計画されている新設・拡張案件を含むバッテリー容量は2030年時点で合計1400GW時であり、EU域内需要の2倍に相当すると説明。そもそも、EV完成車、あるいはバッテリーのまま域外輸出するのが前提だったのだろうとし、欧州から米国への輸出が厳しくなることの打撃は大きいとの認識を示している。
3月29日、カーボンニュートラル社会実現に向けバイオマス利用、効率的な自動車バイオエタノール燃料の製造に関する技術研究を推進するため、トヨタ自動車、ENEOS、スズキ、SUBARU、ダイハツ工業、豊田通商が2022年7月に設立した「次世代グリーンCO2燃料技術研究組合」にマツダが参加するとの発表があった。日本の大手メディアはほとんど伝えていないようで、小さなニュースにとどまったが、前号で紹介したトヨタ自動車主導の商用車連合CJPTによる脱炭素化イベントとともに、カーボンニュートラル社会に向けた多様な「山の上り方」を模索する地道な取り組みの1つといえる。
「タイ政府は『EVだ、EVだ』と言っているがEVは制約も多い。コンビネーションが大事。トヨタの言うことは当たり前のことだ」と主張するのは、あるタイ地場の自動車部品メーカーのトップだ。そして、タイ政府はタイでEVを生産する時はバッテリーだけを国内生産すれば良いとしている現在の政府のEV優遇策について、「タイで本来調達できるバッテリー以外の部品も割安の中国から輸入されてしまうと、タイの自動車部品メーカーは立ち行かなくなる」と述べ、タイの自動車部品業界は政府のEV推進策に賛成していないと本音を明かす。そしてタイ政府のEV推進方針の裏には中国企業のロビー活動があるのだろうと推測している。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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