公開日 2025.02.10
目次
ジェトロ・バンコク事務所は、日タイの企業間の経済連携を強化すべく、多岐にわたる支援活動を展開している。今回は、その中でも特に日本政府が注力しているイノベーション推進に焦点を当て、日タイのスタートアップ支援に従事する同事務所の松浦英佑氏と山本翔太氏に現地での支援の実態や課題など、日タイ企業間のイノベーション創出に向けた支援の最前線を聞いた。
ジェトロ・バンコク事務所:Director, SME, Startup Promotion Department
松浦 英佑 氏
2012年より行政機関にて中小企業、スタートアップ支援に従事。2023年よりバンコクにて日系スタートアップ企業のタイ進出、タイ財閥系企業とのイノベーション促進を担当。
ジェトロ・バンコク事務所:Director, Trade Cooperation Department
山本 翔太 氏
2019年ジェトロ入構。日用品や伝統工芸品の海外展開支援や社内システムの構築および運営に従事。2024年よりバンコク事務所にてタイ企業の対日投資やタイスタートアップと日本企業の協業連携支援を担当。
ジェトロ・バンコク事務所には、日本人、タイ人含め現在約50名の職員が在籍し、日々、日タイのさまざまなビジネスに関する支援を行なっている。同事務所では、日系スタートアップ企業とタイ企業のビジネスマッチングを促進するため、「グローバル・アクセラレーション・ハブ※1」といった支援施策や「ピッチイベントや展示会などのイベント開催」の活動を行っている。
松浦氏は「新しいイノベーションの礎と経済の原動力として、スタートアップの存在は欠かせない。日本でもタイでも大企業にとってスタートアップとの連携・協業は必須だ」と強調する。
また同事務所では、日系企業のみならずタイ企業向けに対日投資支援も行なっている。同支援に携わる山本氏は、「タイ企業は、日本市場に対して引き続き注目をしている。ホテル・観光産業の大手企業の日本進出は目新しいところであるが、タイのスタートアップ企業においても、デジタル、エネルギー、アグリ領域において、日系企業との協業が進み始めている」と説明。
また山本氏は、「J-Bridge※2」というプラットフォームを活用した、タイのスタートアップ企業と日本企業とのマッチング支援も担当している。「タイ企業がいきなり日本に進出するのはハードルが高い。日系企業が多いタイにおいて、実証・協業で先行事例を作ったうえで日本での展開に進むことも、ひとつの特徴だ」とした上で、「こうした海外企業との連携支援は、日本企業および社会のイノベーションを促進し、企業ひいては日本の成長につなげる狙いがある」と山本氏は語る。
※1 世界各国の現地有力アクセラレータ等と提携し、海外進出や海外での資金調達を目指す日系スタートアップに対し、ブリーフィングやメンタリング、コワーキングスペース等を提供するジェトロのサービス
※2 ジェトロが運営する日本企業と海外スタートアップ等との国際的なオープンイノベーション創出のためのビジネスプラットフォーム
現在、タイ進出する日系スタートアップのトレンドは、2つに分類されるという。1つ目は、在タイ日系企業向けにサービスを提供する、いわゆるSaaS(Software as a Service)系のスタートアップで、2016年頃から進出が加速した。
一方、近年は脱炭素や環境ビジネス関連のスタートアップの進出が目立つ。松浦氏によると、「脱炭素やカーボンニュートラル関連の技術は、タイの財閥企業が注目する分野である。最近ではアスエネ社やゼロボード社などGHG可視化サービスのスタートアップ企業が現地法人を設立した。また、藻類の研究開発を行うアルガルバイオ社といった大学発ディープテック企業も、タイ企業との案件組成を続けている。
その他には、AIやデジタル技術、アグリテック、ヘルステックといった分野でも、現地のニーズに応じたマッチングが進行している。とりわけタイにはない技術に対する視線は熱い。タイの財閥企業は、相手が大企業であれ、スタートアップであれ、優れた技術を持つ企業であれば、きちんと評価してくれるのが一つの特徴だ」という。
スタートアップ企業にとって、イベントは重要なPRの場となる。イベントへの参加実績がその企業の信頼度にもつながるからだ。しかし、松浦氏は「イベントだけでは実質的な成果を上げにくい。イベントはあくまできっかけの一つで、水面下でのフォローアップや地道なマッチングが成功の鍵を握る」と語る。
実際、タイ企業との連携には、企業ごとのニーズを深掘りし、具体的な提案を行う必要がある。その際に、信頼度の高い公的機関であるジェトロのサポートが大きな役割を果たしている。ただし、相談のあった企業全てをマッチングさせられるかは別問題である。
「1社でも多くの企業のタイ進出を支援し、マッチングを成功させたいという思いはあるが、さまざまな要因により成立できないというジレンマは常に付きまとう。タイ企業側にとってのメリットやニーズも当然考慮に入れる必要があるからだ」と松浦氏は本音を明かした。
タイにおけるスタートアップは、シンガポールやベトナム、インドネシアなど周辺国に比べると弱いと言われている。松浦氏はその要因の一つとして、「タイの財閥企業が市場を支配していることが挙げられる。財閥企業がスタートアップを買収して内製化するケースが多いため、独立した事業としての成長が難しい状況が続いてきた」と分析する。
しかし近年では、海外で経験を積んだ若い世代の起業家が増え、AIやアグリテック、フードテックなどの分野で新しいスタートアップが生まれつつある。さらに山本氏も「アグリテックやヘルステックなどタイの産業の強みを活かした分野でのスタートアップがもっと出てくると面白くなるだろう」と期待を示した。
ジェトロでは、2023年から日タイ間のオープンイノベーションを後押しするピッチイベント「Zest Thailand」を開催している。同イベントでは、課題解決を求める日タイ企業(チャレンジオーナー)に対して、スタートアップが解決策をプレゼンする。最近の傾向として、在タイ大手日系企業も現地のスタートアップと連携しようとする動きが活発化してきているという。
「タイは、長年日系企業の製造拠点だったため、シンガポール等と比較して、イノベーションの拠点として見なされていないことが多い」と松浦氏は指摘する。駐在員もイノベーションのノウハウが十分でない上に、そもそも本業にアドオンする形での対応となるため、手が回っていないのが実情だ。また、日本本社がイノベーションの旗振りをすることが多く、日本と海外拠点間でコミュニケーションの乖離が生じやすい。
そのなかでイノベーションがうまくいっている日系企業の共通点は「現地化」と「人材育成」だという。社内に事業開発部門があり、タイ人がイニシアチブを持って動いている会社は動きが早く、その結果イノベーションが進んでいるのだ。
日系スタートアップがタイで成功する秘訣は何か。この問いに対して松浦氏は「諦めないことが最も重要だ」と強調する。「タイ企業は、日本企業以上に数ヶ月〜半年、1年単位で重要業績評価指標(KPI)などの目標や方針が変わりやすいため、継続的にアプローチし、関係を深める姿勢が重要だ」という。
2つ目は、「お客様目線で考えること。単なる売買の関係ではなく、自社と組むことでどのような価値・メリットが生まれるか、明確に将来のイメージを持たせられるかどうかだ」とした上で、「政府の補助金をうまく利用することも有効だ」と語る。日本政府から補助金が出ることで、タイ企業への信用度が上がり、結果としてアポが取りやすくなる、キーパーソンにもつながりやすくなるなど、効率よくビジネスが進んでいくケースも多い。
また、タイ側にとっても、パートナーシップを結ぶ意思決定の判断要素となりうる。実際に日系スタートアップが、補助金を活用してタイ大手企業との連携や協業につながった例も少なくない。
日タイ両国のイノベーション活性には、革新的な技術やサービスを提供する企業の活躍が不可欠だが、その裏での地道な努力とジェトロのような支援機関の存在が今後も重要な役割を果たしていくに違いない。
THAIBIZ編集部
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