THAIBIZ No.158 2025年2月発行日タイビジネス70年の軌跡と未来への挑戦
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公開日 2025.02.10
日本企業の海外でのビジネス展開を支援する日本貿易振興機構(ジェトロ)。昨年9月24日、ジェトロ・バンコク事務所設立70周年を記念したフォーラムがバンコクで開催され、日タイの政界や経済界から200名を超えるゲストが参列し、両国の強固なビジネス関係が改めて示された。そこでTHAIBIZでは、ジェトロ・バンコク事務所の黒田淳一郎所長と、2013年に三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)傘下に入り、今年設立80周年を迎えるアユタヤ銀行の大和健一頭取に、これまでの日タイのビジネスの歩みと今後目指すべき未来について話を聞いた。
日本貿易振興機構(ジェトロ) バンコク事務所
黒田 淳一郎 所長
1990年通商産業省(現経済産業省)に入省。ジェトロ・ニューヨーク産業調査員(2007年)、貿易経済協力局貿易振興課長兼市場開放対策室長(2010年)、通商政策局米州課長(2013年)、駐米日本大使館公使(2015年)、通商政策局通商機構部長(2019年)などを経て、2022年8月より現職。
アユタヤ銀行(クルンシィ)
大和 健一 頭取
1991年東京銀行入行。香港支店長、MUFGバンク(中国)頭取、三菱UFJ銀行取締役常務執行役員グローバルコマーシャルバンキング部門長を経て、2023年5月にアユタヤ銀行President and Chief Executive Officerに就任。東京大学経済学部卒。
目次
戦後間もない1950年代、「これからは世界を相手に商売をする時代、必要なのは世界の情報だ」との考えのもと、各国に人を派遣して情報収集・提供することを目的に創設されたのがジェトロのはじまりだ。ジェトロのタイ進出は1954年10月にまで遡り、バンコク事務所は、世界76ヶ所(2024年10月現在)にある海外事務所の中でも、ニューヨークに次いで2番目に古い歴史を持つ。
過去70年の日タイ間のビジネスの変遷について、黒田所長は「ジェトロが進出した当時、日本の主要産業は繊維でタイはその輸出先だった。その後、繊維から機械や自動車、電気・電子など産業構造が変化したが、日系企業の製造拠点として発展したのは、1985年のプラザ合意による円高で日本企業による海外投資が急増したことが契機となった。
ここから日タイの本格的なビジネス関係がはじまり、日系企業による技術移転や産業人材育成などの協力も経て、ともに経済成長を実現してきた」と説明(図表1)。さらに「タイやASEANの経済が成長した現在もタイは引き続き製造業の拠点ではあるが、タイを含むASEANはマーケットとしての重要性が増している」と強調した。
日系企業を取り巻く環境も目まぐるしく変化している。大和頭取は、近年のタイにおける日系企業の動向について「従来はASEANの金融統括拠点はシンガポールだったが、近年タイに地域統括本部を新設したり、既存の統括本部をタイに移転したりする動きが目立っている」とした上で、その背景には「シンガポールはコスト上昇やビザ取得が困難になってきており、特に製造業においてはタイが注目されている」と説明。
さらに新しい動きとして、「もともと財務統括機能を持っていなかった在タイ日系企業が、安定した長年の事業運営でキャッシュリッチになり、新たに財務統括としての役割を担うようになったのも特徴だ。基本的な税制などはシンガポールの方が一部優位性はあるものの、今後さらにタイをASEANのハブとする動きは増えるだろう」と展望を述べた。
また、「タイは陸のASEANの中心に位置し、高速インターネットや海底ケーブルなどへのアクセスも良好なため、日系企業に限らずデジタルやデータセンターの投資も増えている。親会社のMUFGはデータセンターのプロジェクトに強みを持っており、われわれのビジネスチャンスと捉えている」と期待を示した。
産業構造に変革が起き、ビジネス環境がますます複雑化する中、ジェトロの活動内容も多様化している。黒田所長は、ジェトロの役割について「日本企業が日本や世界で活躍することで、ひいては日本と世界を豊かにする。そのために日本企業とタイ政府や政府関係機関、現地企業をつなぐことがわれわれの役目だ」と語る。
現在のジェトロの注力事業としては、①日本企業の海外展開支援、②イノベーション推進、③農林水産食品の輸出拡大、④信頼性の高い情報収集と提供—が挙げられる。その中で近年特に力を入れているのが、双方向のスタートアップ支援などを通じたイノベーション推進である。
タイにおいては伝統産業も引き続き重要との認識を示しつつ、近年はサステナビリティ(脱炭素化)や少子高齢化、人材不足、製造業のデジタル・トランスフォーメーション(DX)、ヘルスケアなど、タイが抱える社会課題の解決に貢献する分野に注力している。
一方、大和頭取はアユタヤ銀行について、「1945年に設立し、今年で80周年を迎える。2013年12月に三菱東京UFJ銀行(現三菱UFJ銀行)の連結対象子会社となり、2015年1月に同バンコク支店と統合した。
現在はタイ国内に6行あるD-SIB(Domestic Systemically Important Banks:国内のシステム上重要な銀行)の一角を占め、貸出や預金など商業銀行業務に加え、証券や資産運用など幅広い金融サービスを提供している」と紹介。アユタヤ銀行は現在、タイ国内での日系企業取引で市場トップシェアを誇り、さらに自動車ローンやクレジットカード、無担保ローンなどのコンシューマーファイナンスを強みとしている。
また、2024〜2026年までの中期経営計画では、「To be The Leading Sustainable and Regional Bank」を目標に掲げている。グローバルネットワークを持つMUFGとの連携を図り、タイおよびASEAN域内における持続可能な銀行業務への取り組みを強化する考えだ。
大和頭取によると「近年はデジタルとイノベーションに力を入れており、2017年に立ち上げたコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)のクルンシィ・フィノベートを通じて、スタートアップへの投資を積極的に行っている」という。投資実績は昨年末までに27社、総額41億バーツに達している。
ジェトロは多様なアプローチでのビジネスマッチングを行なっている。黒田所長は、バンコク事務所の活動について、「1つは展示会。タイは展示会が多いのが特徴で、日本企業の出展を取りまとめジャパン・ブースを設置しつつ、事前マッチングを仕込むなどのサポートをしている。
また、海外展開に慣れていない中小企業に対しては、個別に商談相手をリストアップし、必要に応じてジェトロの専門家が商談に同席するサービスのほか、バイヤー(タイ企業)を日本へ招聘し、日本で商談会を実施することもある。最近ではデジタル技術を活用し、オンライン・プラットフォーム上に掲載した商品をバイヤーに見てもらいオンライン商談につなげるなどの取り組みも行っている」と説明した。
さらに「タイの大企業や財閥企業は新しい成長や投資機会を強く求めており、日本の大企業に比べてオープンマインドで、外国の技術を積極的に活用しようとしている。そのため、スピード感のある日系スタートアップや中小企業と相性はよいと感じる。これまでジェトロが支援した企業間でも契約や契約の前段階に至っているケースが出てきている」と明かした。
ビジネスマッチングの成功の秘訣は、「日本企業は基本的に技術力があるので、あとはいかに相手のニーズに合わせたソリューションを提供できるか、またそれをきちんとアピールできるかが肝となる。一定のスピード感も必要」と強調する。
一方、アユタヤ銀行ではMUFGの傘下に入った2013年から毎年欠かさず日タイの商談会を開催しており、12回目となった昨年は200件の商談をアレンジしたという。大和頭取は、「MUFGは日本最大の金融グループであり、かつタイ企業との深いネットワークを持つアユタヤ銀行ならではのイベントだ」と自信を見せた。
また、アユタヤ銀行では顧客企業を担当するRM(リレーションシップ・マネジャー)のほかにビジネスマッチング専門チームを設置し、日常業務の一環としてビジネスマッチングを行っている。ビジネスマッチングにおいては、「各社のニーズや強み、弱みを把握することが重要で、日タイ企業間のマッチングは日系法人営業チームとタイ法人営業チームが連携し、成約率を高めている」と明かした。
さらに近年は日タイ企業間のみならず、MUFGのネットワークを活用してASEAN地域の企業とのマッチング事業も展開しており、タイを起点に着実に周辺国に事業を拡大している。
日本の官民は2023年に、日ASEAN友好協力50周年を機に「日ASEAN経済共創ビジョン」を策定した。日本はタイやASEANの経済成長をリードする形で寄与してきたが、今後は対等なパートナーとして共にチャレンジし、イノベーションを起こしていくことが求められる。
タイのスタートアップ市場について、黒田所長は「ASEANではシンガポールやインドネシアが進んでおり、タイはそれらの国の後を追う形だ。一方で、日系企業が数多く進出しているため、まずそのプラットフォームを活用しながら展開し、うまくいけばそこからASEANにも展開していくという流れを作ることができる。日系スタートアップの入口として、タイは優位性がある」と評価した。
脱炭素化などサステナビリティ関連分野は、日本でもタイでもニーズがあり、現時点では日本の方が技術や取り組みが進んでいる。ビジネスモデルもタイに応用できるため重要な分野だとし、ジェトロとしても引き続き支援していく考えだ。
スタートアップ支援や関連イベントを独自に開催しているアユタヤ銀行の注目分野について大和頭取は、「サステナビリティ関連分野に加え、デジタル決済やレンディングなどフィンテック分野にも注目している。フィンテックはEコマースとも親和性が高い。その他、フードテック、ヘルステック、ESG分野も注目している。また、タイは製造業が多いため、生産ラインの効率化に向けたテクノロジーの応用やAIを活用したDXの余地がまだある」と述べ、アユタヤ銀行では実際にスタートアップのAIサービスなどを活用して、社内プロセスの効率化を図っていることも明かした。
スタートアップとの連携については、「SNSデータ分析を行うタイのスタートアップに、クルンシー・フィノベートとアユタヤ銀行の顧客企業が同時に投資し、3社間で協業をしている」とし、日系スタートアップの成功事例では、「温室効果ガス(GHG)排出量算定・可視化のクラウドサービスを提供するゼロボード社が挙げられる。
もともとは日本で三菱UFJ銀行がゼロボード社とMOUを締結しており、同社のタイ進出に伴い、当行ともMOUを締結した。当行含むグループ会社で同社のサービスを導入し、GHG排出量の可視化を行なっているほか、取引先企業の脱炭素経営支援にも一緒に取り組んでいる」という。
今後の日タイの持続可能なビジネス成長に向けて、黒田所長は「在タイ日系企業のアセットとしては、数十年間にわたりタイの経済を支え、ともに成長してきたコミットメントや信頼関係がある。この関係は一朝一夕には築けないものであり、このアセットをどのように活用するかが鍵となる」と述べ、さらに「社会全体として社会課題の解決に立ち向かうことが必要とされている。環境対策や少子高齢化など、タイも日本と同じ課題を抱えており、今後向かうべき方向性は共通している。日本企業はこれまでの経験やグローバルでの実績を活かして必要な変革を進める中で、タイ企業とパートナーシップを深化させるチャンスだ」と強調した。
また昨今の中国企業の攻勢について、「中国企業は技術力があり、生産設備も新しく、さらに経営もアグレッシブでスピード感があり、学ぶところも多い。日本企業は競争しなければならない部分もあるため、各企業が本社を含め現実をきちんと把握し、戦略を立て、必要なリソースを必要な場所に投入することが、中国との関係においては重要になる。
しかし、中国企業の活動の実態については、未だわからない部分も多い」との認識を示し、今後については「ジェトロの在中国事務所とも連携を図りながら、最前線の情報を発信していきたい」と述べた。
大和頭取は、ここ数年の中国系EVメーカーの席巻について、「急速に市場シェアを拡大したのは事実だが、その中で利益を出している企業が何社あるかは疑問だ。目の前の状況に一喜一憂する必要はない」と冷静に分析した上で、「最近はEV販売が減速し、ハイブリッド自動車(HEV)の需要が戻ってきているが、今後5〜10年で間違いなくCASE(Connected、Autonomous、Shared、Electric)領域の動きは加速することが予想されるため、今から準備を進めるべきだ」と強調する。
また、今後の日タイのビジネス展望について、「タイは人口動態や少子高齢化、家計債務、輸出競争力など、さまざまな構造的な問題を抱えており、さらにASEANの他の国々が成長しはじめているため、過去と同じような潜在的成長率は厳しい」と指摘する。
一方で、「高齢化問題や気候変動問題など社会課題を解決するビジネスは、黒田所長もおっしゃるようにまだチャンスがあると信じている。日系企業が培ってきた環境や省エネ技術は強みになるため、ビジネスチャンスをタイミングよくものにしていくことが重要だ」と付け加えた。
タイの大手企業の動向については、「タイ市場よりもASEANをはじめ外国への投資を見据えている。タイ企業の海外進出は、われわれとしてもMUFGの拠点を活用して、合併・買収(M&A)を含めた多面的なアドバイスができる。
また、タイ企業は日本企業との合弁実績があり、日本企業はタイ企業に比べるとグローバルに事業展開している企業も多いため、今後も一緒にビジネスを展開することがあるだろう。その時は、共に持続的で健全な成長を目指して、われわれもしっかり後押ししていきたい」と意欲を見せた。
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THAIBIZ編集部
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