カテゴリー: ASEAN・中国・インド, ビジネス・経済
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.11.25
米大統領選挙でのトランプ氏の勝利で世界各国のビジネスリーダーは世界の貿易ルール、経済システムがどう変容していくのかじっと息を凝らして見極めようとしている。タイではすでに、中国製電気自動車(EV)の大量流入、EVや太陽光パネル、プリント回路基板(PCB)などの外資系企業の工場移転ラッシュ、さらに中国の電子商取引(EC)プラットフォームを通じたさまざまな商品の安値輸入の急増など米中紛争の影響は顕在化し、恩恵だけでなく、デメリットも目立ち始めている。
一方、世界、そしてアジア太平洋地域では東南アジア諸国連合(ASEAN)だけでなく、近年、環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)や、地域的な包括的経済連携(RCEP)協定など実にさまざまな広域的な経済枠組み協定が乱立している。さらに、ここにきてタイなどが、中国、ロシア、インドなどが参加する新興国グループ「BRICS」や先進国クラブとされる経済協力開発機構(OECD)への加盟意向を表明している。世界の政治・経済ブロックにおけるタイなど東南アジアの立ち位置は今後、どうなっていくのだろうか。
「アンドリュー・ジャクソン米大統領から米国の最初の極東使節に任命されたエドムンド・ロバーツ氏は1833年に、バンコクでシャム王国と『友好と商業』に関する条約を締結した。それは米国にとってアジアで初の交易関係を結ぶ条約だった。その約200年後、タイが信頼している『友好』相手は米国だけではない。タイのピチャイ商務相は11月7日、『米国人はわれわれを愛している。中国人もわれわれを愛している。われわれはどちらかを選ばなければならないわけではない』と胸を張った。同相は第2期トランプ政権下で激化する見込みの米中貿易戦争は、『すべてを愛す』という姿勢を強めるだけだと考えている」
英エコノミスト誌11月16日号(アジア面)はトランプ次期政権下での貿易戦争に東南アジアがどう対応していくかをテーマとするコラム記事の冒頭で、タイを例に取り上げてこう表現した。そして、「米政府による前回の中国製品に対する関税導入の際は、企業が『チャイナプラス1』戦略を構築し、貿易と投資は東南アジアに流入した。多くの当局者は今回もほぼ同じことが起こると予想している。すべての輸入関税率を20%とし、中国からの輸入関税率を60%にするとのトランプ氏の過激な提案でも東南アジアにとって恩恵の方が大きくなる可能性はある」との見方を示した。
同記事はその上で、「東南アジアは紛争中の大国のなすがままなだけではなく、2国間自由貿易協定の分厚いネットワークをもっている。さらに米国の支配を受けない2つの主要な多国間貿易インフラにも期待できる。1つはRCEP。もう1つが環太平洋パートナーシップ(TPP)協定から米国が離脱した後の枠組みであるCPTPPであり、ASEAN4カ国が参加している。これらは米国の保護主義に対するヘッジ機能になる」と強調した。そして、最も楽観的な見方としてトランプ氏の保護主義と、多国間協調主義への不信感が、ASEANの野望を目覚めさせる可能性があると指摘。一方、ASEANのさらなる統合には、貿易障壁の削減、基準の調和、貿易システムの活性化といった困難な作業が残っていると釘を刺した。
2期目のトランプ政権の通商政策が東南アジア、そしてタイ経済にどのような影響を与えるかについてタイの地元メディアは現時点でどのように見ているのか。11月13日付バンコク・ポスト(9面)の「トランプ復権、そして米国とタイ・ASEAN関係」と題するオピニオン記事ではまず、「トランプ大統領の米国と、タイ・ASEAN関係の道筋は、①貿易不均衡 ②米中対立の激化 ③「ASEAN共同体ビジョン2045」に基づくASEANの長期展望―という3つの要因に規定される。トランプ氏の米国第1主義は多くの試練をもたらす」と指摘。「トランプ氏は米国の利益を最優先し、多国間の枠組みより2国間のディールを好む。彼の米国中心路線はタイなどASEAN各国のような対米貿易黒字国に影響を与えるだろう」と改めて警鐘を鳴らした。
また、11月23日付バンコク・ポスト(ビジネス1面)は、TMBタナチャート銀行(ttb)の調査会社TTBアナリティクスのリポートを紹介。第2期トランプ政権による輸入関税の引き上げは、東南アジアではタイの米国向け輸出への影響が最も大きく、その輸出の少なくとも25%に影響を与えるとの予想を示した。米国は全世界からの輸入関税を新型コロナウイルス流行前の平均の3%から20%に引き上げるとともに、中国からの輸入関税は従来の21%から60%になる見込みとされる。米国は現在、タイの最大の貿易相手国で、2023年のタイの米国向け輸出額は479億ドルで、タイの全輸出額の17.1%を占めている。ただ、ベトナムの対米輸出額の比率は29.5%と東南アジアで最も高いという。
同リポートはさらに、「中国のサプライチェーンにつながっている電子・通信機器分野へのインパクトは大きいだろう。これらの製品はタイの米国向け輸出額の約25%、タイの全輸出額の4.3%を占める」と説明。米国向けではタイが2番目の供給国である太陽光パネルなどの主要製品が特に影響を受けやすい。ただ、タイが世界トップクラスの供給国であるハードディスクドライブへの影響は限られるだろう」と分析している。
第2期トランプ政権が中国からの輸入品の関税をさらに引き上げた場合、当然、対米輸出が減少することを受けた中国国内の景気悪化と、それに伴うタイなど東南アジアの対中輸出の減少という影響も予想される。一方でEVや太陽光パネルなどで既に始まっている、中国企業の生産拠点のタイなど東南アジアシフトも一段と加速されるというのが現在、衆目が一致するところだ。東南アジアではこうした貿易、経済面での変化に加えて、地政学的な新たな動きもある。
地元メディアによると、タイのマリス外相は10月24日、ロシアのカザンで開催中の新興国グループ「BRICS」の拡大会合に参加し、来年8月のタイのBRICS加盟を希望していると訴えた。ASEAN加盟国ではすでにマレーシアがBRICS加盟を申請しているほか、今回の会合でインドネシアもBRICS加盟意向を表明した。
一方、10月30日にはタイのOECD加盟プロセスの正式スタートに関するイベントが開催され、マリス外相はタイのOECD参加意向を改めて表明した。タイは今年2月12日にOECD加盟の意向表明書を提出、OECDは6月17日にタイのOECD加盟準備作業を開始すると決定した。今後、タイとOECDは加盟に必要な目標、条件、スケジュールを設定する加盟ロードマップの原案を策定する。東南アジアのOECD加盟手続き開始は、今年5月に審査がスタートしたインドネシアに続き2カ国目だ。中国、ロシアが主導するBRICSと、欧米先進国中心のOECDという相対立する2つの政治・経済ブロックにほぼ同時に加盟しようとするタイなどの動きは何を意味するのか。
11月23日付バンコク・ポスト(9面)はマレーシア政府の外交当局者による寄稿記事を掲載。同記事は「トランプ氏の大統領復帰とともに、東南アジアは再び大国のはざまをうまく泳がなければならない。タイとマーシアは特に難しい『海峡』を航行することになるが、東南アジアはこうしたバランス行動は初めてではない」とした上で、東南アジアはトランプ政権下では、複数の大国と『竹』のようにしなやかに渡り合う伝統的な「バンブー外交」ができるかが課題だと強調。タイなどASEAN諸国は過去4年間、米中対立の中で微妙にバランスを取って乗り切ってきただけでなく、むしろ、そこから利益を得つつあるようだとの見方も示した。
例えば、マレーシアは米中間のダイナミクスの変化を活かし、半導体チップの世界における貿易シェアを2029年までに2倍に拡大することを目指している。一方、タイは予想される米国の輸入関税引き上げをにらみ、中国からの工場移転に備えており、半導体製造拠点の地位を確保しようとしているという。ただ、トランプ氏の大統領復帰で、東南アジアの「戦略的あいまいさ」はかつてない試練に直面していると分析している。
そして同記事は、タイとマレーシアは「より強気になりつつある中国」と「予測不可能な米国」との間に囚われる中で、「地政学ゲームのプレーヤー」になることに消極的なため、両国は柔軟性のあるバンブー外交に戻り、急いで「東南アジアの自立」に再び焦点を合わせるべきだと提言。「タイとマレーシアは今後数年間、転覆したり、パンダの餌食になったりすることなく、堅実な姿勢を維持するだろう。ASEANにとってはコンセンサスの模索がより緊急になってくる」と訴えている。タイは歴史的に、世界の大国の対立に巻き込まれず巧みに独立を保ってきたことで知られているが、トランプ時代の再来でもその真価が発揮されれるのだろうか。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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