連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.06.17
前回コラムで紹介した、「フューチャー・エナジー・アジア(FEA)」と同時開催された電気自動車(EV)関連ビジネスの国際イベント「フューチャー・モビリティー・アジア(FMA)」の展示会場では、EVそのものの展示よりも充電器(バッテリーチャージャー)などの周辺機器メーカー、特に中国系と思われる企業の出展が多かった。そうした中で、日本の給油機(計量機)最大手タツノ(TATSUNO)が自社開発のEV充電器を出展していた。
バンコクでもガソリンスタンド、大手スーパーや大型商業施設などでのEV充電器の設置は着実に増えている。過去2年ほどのタイでのEV販売急増の中では「戸建て住宅に住む富裕層が、2台目、3台目としてEVを購入している」と指摘され、皆、自宅で充電しているケースが多かったようだ。このため、石油精製・給油所大手などが急いでガソリンスタンドに充電器を設置し始めたものの、当初、利用者はそれほど多くなかったようだ。現在でも欧米などでよく伝えられている、充電待ちのEVで充電ステーション周辺が渋滞しているといった充電器不足への不満はタイではそれほど聞かれない。タイでEV販売が今後も拡大していくかどうかは、都市部のコンドミニアムや都市郊外の主要道路沿いで充電器の設置がどのぐらい進むかにも左右されるだろう。
タイ電気自動車協会(EVAT)のクリサダ会長はTJRIと共同で昨年7月に開催した「EV業界の日タイ企業交流会」で「タイのEV充電ステーションは、全国1400か所以上にあり、充電器の総数は4600以上で、18台の自動車あたり1台の充電器が設置されている」と述べていた。改めてEVATのホームページで2023年12月31日時点の数字を確認してみると、充電ステーション数は2658カ所で、充電器の総数は9694基となっている。クリサダ氏の数字の基準などが不明なので単純比較して良いかは分からないが、この半年~1年の間にほぼ倍増した形で、タイ国内でのEVの急増とほぼ足並みを揃えている印象だ。ちなみに充電器の種類別の内訳では「DC CCS2」が4173基、「DCチャデモ」が360基、「AC TYPE2」が5161基だ。
また、充電サービスプロバイダー別の充電ステーション数のトップ10は次の通り。
①給油所運営PTTオイル・アンド・リテール(PTTOR)の「EV STATION PLUZ」=705カ所(2077基)
②エナジーアブソリュート(EA)の「EA ANYWHERE」=538カ所(3339基)
③地方配電公社(PEA)と石油精製大手バンチャクとの提携による「PEA VOLTA」=339カ所(1021基)
④EV充電システム提供のシャージ・マネジメントとBYDの正規ディーラーのレヴェ・オートモーティブの提携による「REVERSHARGER」=323カ所(959基)
⑤石炭大手バンプーが出資するエボルト・テクノロジーの「EVOLT」=233カ所(624基)
⑥タイ発電公社(EGAT)の「EleX BY EGAT」=117カ所
⑦CPグループの再生可能エネルギー会社Altervim Companyの「ALTERVIM」=100カ所(306基)
⑧米国などを拠点とするEV充電サービスNOODOEによる「ESPRO」=80カ所(208基)
⑨カンボジアなどで電動トゥクトゥクを提供するONIONの「ONION」=64カ所(463基)
⑩バンコクなどでEV含むレンタカー、カーシェアを展開するHAUPの「HAUP」=45カ所(71基)
これらの充電サービスプロバイダーを見ると、当然ながら電力・エネルギー系が多いが、石油精製・給油所系、外資系、レンタカー系などさまざまな業種が参入しつつあることも分かる。
実は、2年前にFMAの展示会場を見て回った際にも「TATSUNO」という日系企業が出展していたのに気付いてはいたが、当時は詳しい話を聞くことはなかった。今回、タツノ(TATSUNO)が実は1911年設立で、すでに創業113年の老舗企業であることを知った。そして日本での給油機販売シェアは65%と断トツのトップだ。
さらに、タイには1989年に進出、TATSUNO(THAILAND)は今年で設立35年を迎える。2020年にバンコク中心街から車で30~40分のパトゥムタニ県ラムルッカに工場を移設したばかりだ。この新工場の生産能力は年間6000基で、このラムルッカ本社・工場の他にもランパン県、コンケン県、ソンクラー県にもアフターサービスを含む営業拠点を構え、タイ国内の従業員数は約190人だ。そしてタイ国内のタイ系、米系を含めたほぼすべての給油所大手を顧客とし、タイ国内給油機市場でのシェアは何と60%とトップだ。まさに知られざる在タイの日系優良企業といえる。
タツノは、タイの他にも中国・上海、韓国、インド・ムンバイ、チェコ、南アフリカに生産拠点を持ち、米国の大手企業がシェアを固める米州以外、ほぼ全世界に展開するグローバル企業だ。世界シェアも米国の大手2社に次ぐ3位だ。東南アジアでは、タイ工場からミャンマー、ラオス、カンボジアという隣接国に輸出しているほか、日本からも営業・輸出をしている。例えばアジア太平洋地域での市場シェアは、韓国30%、ベトナム60%、インドネシア55%、オーストラリア55%、ニュージーランド95%だ。そして、東南アジアに工場を持っている給油機メーカーは世界でもタツノだけだという。
同社の給油機は、可燃物であるガソリン類を取り扱うための防爆構造を持つ高い安全性、「流量計」での液体量計測の正確性、そして、環境対策として欧州連合(EU)では義務付けられている給油の際に漏れるベイバー(気体)回収機能などが強みだという。そのTATSUNOが現在、新規事業として展開し始めたのがEV充電装置だ。
「ガソリンスタンドはモータリゼーションの進展ととともに拡大し、東南アジアでも2000年ごろから急増し始めた。タイでもずっと増え続けてきたが、新型コロナウイルス流行前の2018年にピークを迎えた。新型コロナ収束後、EVブームが来て、給油機販売は回復していない。石油精製会社(給油所)大手もEVへの急速なシフトを背景に、EV充電器の設置を急ぐとともに、カフェなど異業種への参入、事業多角化を進めている」と語るのはTATSUNO(THAILAND)の岡平考司副社長だ。
同社でも2020年ごろから、タイ地場企業と共同でEV充電器の研究・開発を進め、2年前のFMAで第1号の試作機を展示。2023年3月にはタイの国営通信ナショナル・テレコム(NT)が、バンコク都内のサービスステーションにTATSUNO(THAILSAND)が開発したEVの急速充電器(DCチャージャー)を設置した。同社はその後も、コスト削減などを狙いに新型機の研究開発を進め、今年5月中旬に行われたFMAの展示会場で初披露した。今回展示したのは一般家庭など向けで、充電時間が8時間程度かかるACチャージャー(7.4KW、22KW)と、20~30分という急速充電可能なDCチャージャー(120KW)の2製品だ。前者は今年9月から生産を開始する予定で、後者は来年初めの販売開始を目指しているという。
充電器分野でも中国勢の安値攻勢が目立つようで、EV充電インフラの普及ではコスト削減がカギを握っている。また、EVユーザーから徴収できる電気料金が低く、利ざやが薄いため、EVチャージャーへの初期投資が回収できず、充電インフラへの投資が進まないとされる。さらに、給油所大手が給油所内での他のサービス利用を促すためにEVチャージャーの電気料金を引き下げるプロモーションを行っていることもあり、独立系の充電器設置・運営業者も採算性に苦しんでいるようだ。ガソリンスタンドでの給油機とEV向け充電システムではその技術ノウハウは全く違うだろう。タイの給油機市場でトップシェアを誇るTATSUNO(THAILAND)の新たな挑戦はこれから始まる。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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