カテゴリー: ビジネス・経済, ASEAN・中国・インド
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2024.10.28
自動車産業とエネルギー産業が極めて密接な関係にあると改めて認識して以来、タイでもエネルギー産業、電力市場がどう変遷していくのかに関心を持ち続けている。そうした中で、今月初めに報じられた米国がタイ、カンボジア、マレーシア、ベトナムという東南アジア4カ国からの太陽光発電パネルのセル輸入に反ダンピング・相殺関税を課すための調査を開始したとのニュースもインパクトを与えた。
今や、世界の太陽光パネル生産のトップ10のほとんどが中国企業だという異例の状態の中で、タイなどから米国へ輸出しているのはやはり中国系が多いだろうと想像できる。太陽光発電でもEV同様、中国政府のエネルギーの未来を見据えた長期的戦略があり、それが過剰生産と大量の安値輸出という形で需要家には恩恵、世界市場に混乱をもたらしている。
「2018~2023年にかけて、太陽光と風力の発電能力は倍増以上となり、全発電量に占めるシェアも約2倍に増えた。各国政府は、これらの資源をエネルギーの脱炭素化の主要な柱として位置づけており、政策支援と低価格化により発電能力は2030年に向けて急拡大し続ける見込みだ。第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)で合意した2030年までに再生可能エネルギーの設備容量を3倍にするとの目標を達成するには、取り組み強化と投資拡大が求められている」
国際エネルギー機関(IEA)は今年9月に発表した「Integrating Solar and Wind」リポートで、太陽光発電と風力発電の現状と見通しをこう概観。「太陽光と風力の発電能力拡大の恩恵を最大化するためには、電力システムの効果的な統合が必要だ。電力システムは常に需要変動を管理してきたが、風力や太陽光などの変動型再生可能エネルギー(VRE)は天候に依存した供給変動をもたらしている。こうした変動性に対応するには送電網の強化、蓄電能力増強、需要への対応など、全電力システムの柔軟性を高める必要がある」と強調した。
その上で、電力システムの統合が遅れた場合、2030年までの太陽光・風力発電能力は目標を最大15%下回り、電力部門の二酸化炭素(CO2)削減量は目標を最大20%下回る可能性があると予想。さらに、こうした統合対策が、温室効果ガス(GHG)削減の国家目標に合わせたシナリオ通りに実行できなかった場合のVREの不足量は2023年の中国と米国のVRE発電合計量に相当し、2030年の世界の電源構成における太陽光と風力の比率は30%にとどまり、期限までに統合策が実行された場合の35%を下回るだろうと警告した。
9月30日付バンコク・ポスト(ビジネス3面)は、エネルギー政策当局筋の話として、タイ政府は一般家庭の屋根置き太陽光発電からの電力購入量を増やし、屋根置き太陽光パネルの設置を促進する方針だと伝えた。エネルギー政策運営委員会(EPAC)は先ごろ長期購入計画に基づき、一般家庭からの太陽光発電による電力を合計90メガワット(MW)とする計画を承認した。一般家庭に屋根置き太陽光パネル設置を促すためには、生産される電力が自宅の需要を上回った場合に配電会社に電力を売却できるようにする必要がある。
タイ政府は現在、2024~2037年の長期電源開発計画(PDP)を年内実施に向けて策定中で、この中では再生可能エネルギーのシェアを昨年末時点の20%から、2037年までに51%まで引き上げる計画だ。この再生可能エネルギーの中では太陽光発電が最もウェートが高く、その発電能力を今年初めの2863MWから2037年までに2万4412MWと9倍近くまで拡大する見込みだ。当局筋によると、一般家庭から購入した太陽光発電の電力料金を1キロワット時平均で2.2バーツに設定。一般家庭からの太陽光発電による毎年の電力購入計画を策定するエネルギー事業管理委員会(ERC)は昨年、10MWを購入すると発表、1878戸が合計10.2MWの売却を申し込んだという。
米国が今月初めにタイなど東南アジア4カ国からの太陽光発電パネル向けのセルやモジュールの輸入に反ダンピング(AD)・相殺関税(CVD)を課すとの方針を決めたのは、これら4カ国に進出している中国メーカーが輸出国から過剰な補助金を受け取り、米国にダンピング輸出し、米国内の太陽光パネル産業に打撃を与えていると、米国内の結晶シリコン型太陽電池 (CSPV)の業界団体が提訴したことを受けたものだ。
そもそも米通商代表部(USTR)が今年5月に、中国製のEVや鉄鋼、太陽光パネルなどに対する制裁関税を8月1日から大幅に引き上げると発表。太陽光パネルは2倍の50%に引き上げられていた。結局、タイなどから輸入される太陽光パネル向けセルへの相殺関税賦課は、これらが迂回輸出にあたると米政府が認定したともいえる。
10月19日付バンコク・ポストはビジネス2面の「米国の太陽光パネル調査の真相究明を」という解説記事で、その経緯を詳細に報告している。米国の業界は「タイ投資委員会(BOI)の税制恩典と中国の一帯一路のようなプロジェクトを通じてタイ政府はCSPVの輸出に補助金を出している」と訴えているという。米国の再生可能エネルギー事業者はその相殺関税を回避するために貿易相手を変える可能性があるが、「そのインパクトはタイの製造業者が米当局の調査に証拠を提供するタイミングとその内容次第だ」と指摘。タイの太陽光パネルメーカーの一部は相殺関税の結果、輸出コストの増大に直面する可能性があるが、補助金を受け取らないと決断した他のメーカーは輸出市場での競争力を維持できるとの見方を示した。
そして、中国の太陽光パネル製造大手の晶科能源(ジンコソーラー)のタイ国内販売を行っているニュー・エナジー・プラスのトリーラット最高経営責任者(CEO)は、「米国の相殺関税賦課はタイ国内企業の太陽光パネル輸出に打撃を与えることはない。米国以外の市場に低コストの太陽光パネルを輸出できるからだ。米商務省の対応は、中国企業の電気自動車(EV)に課されたものと似ている。タイの太陽光パネル製造業者にとって真の懸念は米国の相殺関税の調査ではなく、むしろ中国のライバル企業との厳しい競争だ」の見方を示している。
10月11日付バンコク・ポスト(ビジネス8面)が転電した、中国の太陽光パネル産業の最前線を紹介したフランスAFP通信の記事が興味深い。同記事は「国家の強力な支援と民間の巨額投資が、中国の太陽光発電産業を世界のパワーハウスにしたが、今、海外での制裁関税や中国国内での激しい価格競争という逆風に直面している」と話を始める。そして、世界的な気候変動対策の中で、「中国は他のすべての国の合計量の約2倍の太陽光と風力の発電設備を設置している。そして、世界の太陽光パネルの10分の8を製造し、すべての製造工程の80%を支配している」と報告した。
そして、「こうした圧倒的な優位性はたまたまではなく、中国の国家支援がカギを握っている」とし、北京政府は2011~2022年の間に新規の太陽光パネル製造能力の増強に500億ドル以上を投じてきたと強調。また、ある気候変動シンクタンクの幹部の「中国のメーカーは、コスト面で他のいかなるメーカーに先行している」との見方を紹介している。
一方で、「世界中の国がその電力システムの転換を急ぐ中で中国の圧倒的優位への懸念が高まっている」とし、欧米諸国は、中国の過剰生産能力や他国の競争力を削ぐ値下げ攻勢、世界市場への洪水のような輸出を糾弾していると訴えた。
さらに、米国に輸入される太陽光パネルの大半が東南アジアから来ており、中国メーカーは米国の障壁を回避するために工場をリロケーションしているとの米国の認識を紹介。多くの市場が「中国の20年に及ぶ強力で、成功した産業政策にキャッチアップするのに苦闘している」との前出の幹部のコメントし引用している。ただ同記事は中国国内では太陽光市場の急拡大による価格破壊があり、今年は多くの関係業者が倒産しており、今年上半期の新規の太陽光発電プロジェクトは75%超減少しているとも報告している。
まさに中国の太陽光発電産業はEV産業とほぼ同様の状況であり、世界のトレンドを先取りした政府の産業政策の成功の一方で、需給を無視した共産党主導の計画経済的な過剰供給が世界を混乱に陥れている。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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