カテゴリー: バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.08.23
「タイは生物多様性で193カ国中13位。微生物も15万種と多い。また世界13位の食料輸出国。東南アジアの中心という戦略的位置にある。そして、コメ、キャッサバ、サトウキビ、アブラヤシなど生物資源は豊富で、技術を使えば高付加価値製品に変えることができる」
これは、2021年5月末に開催された「日ASEANビジネスウィーク」ウェビナーの最終日のセッションでのタイ投資委員会(BOI)のドゥアンジャイ長官のコメントだ。このセッションのテーマは「タイのBCG分野での新たなビジネス機会」で、同長官のコメントはタイの主要経済戦略となったバイオ・循環型・グリーン(BCG)モデルの中核産業の1つが今回のFeatureで取り上げた「バイオケミカル(化学)」だということを示唆している。
「バイオ化学」という言葉はまだ一般にはなじみは薄く、具体的にどのような事業や製品があるのか分かりにくい。バイオ化学自体の定義はFeaturesの記事の中で説明しているが、タイ政府の経済政策の中ではどう位置付けられているのか。従来の主要経済戦略である「タイランド4.0」では「バイオ産業」あるいは「バイオ燃料、バイオ化学」という表現で、当初の10のターゲット産業の一つに含まれている。さらにBCG経済モデルではどうか。タイ国立科学技術開発庁(NSTDA)によるBCGモデルのイメージ図の中で、「B(バイオ経済)」分野は「再生可能生物資源の生産とこれらの資源を付加価値製品に転換することも含む」と説明され、バイオ化学を主要産業として位置付けている。
昨年の日ASEANビジネスウィークのBCGに関するセッションでは、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が「余剰バガス原料からの省エネ型セルロース糖製造システム実証事業」を、カネカは生分解性ポリマー「グリーン・プラネット」を紹介した。さらに、キャッサバなどを原料に独自の構造タンパク質の新素材を開発する山形県鶴岡市のバイオベンチャー企業、「Spiber(スパイバー)」の関山和秀代表も登壇。「化石資源を使わずにバイオ資源で作れ、海洋分解を含む環境分解ができることが素材としての強みだ。BCG分野はこれからの社会をけん引していく」などと述べ、自社のバイオ化学事業もBCG経済モデルだと強調した。
一方、タイ企業のバイオ化学分野の参入も始まっている。Featureではキャッサバを原料にでんぷん粉やエタノールを製造するウボン・バイオ・エタノール(UBE)や製糖大手ミトポン・グループのバイオ化学分野での取り組みを報告したが、タイ最大手企業、国営タイ石油会社(PTT)グループも積極的だ。化学大手PTTグローバルケミカル(PTTGC)の子会社グローバル・グリーン・ケミカル(GGC)は2019年に製糖大手カセタイ・インターナショナル・シュガーと合弁で、北部ナコンサワン県にバイオ関連製品の生産拠点となる「バイオケミカル・コンプレックス」の建設に着手。このプロジェクトの第1期でサトウキビ圧搾施設、エタノール生産工場を建設、第2期で生分解性プラスチックや化粧品、飼料生産に焦点を合わせていく計画だ。
「宮古島でサトウキビの支援事業が継続しないと意味がない。燃料を作り、さらに持続可能で、カスケード(1つの素材の多段階利用)的な仕組みで新しい産業を作っていきたい。サトウキビは砂糖だけを見ていてもだめだ。科学技術の目的視点で見ていくとまだいろいろな可能性が十分にある」
沖縄県のサトウキビの50%近くを生産する宮古島で長年、サトウキビを原料とする国策バイオエタノール事業を推進後、現在は新たな技術開発ベンチャー事業に取り組む宮古島新産業推進機構(MIIA)の奥島憲二代表は2017年の取材でこう語っていた。宮古島では2004年度に環境省が補助するE3(エタノール3%混合ガソリン)事業が始まり、2007年以後はNEDO事業を含め内閣府や環境省など1府5省連携事業として継続されたものの、なかなか事業化が見えず、2012年度には同事業は終了を余儀なくされた。それまで燃料販売会社「りゅうせき」社員の立場で、このバイオエタノール事業をけん引していた奥島氏はりゅうせきの事業撤退を受けて独立。2013年にMIIAを設立してサトウキビ由来の糖蜜を原料とする新しいエタノール燃料製造技術の開発、発酵残さや副産物を有効利用した新産業創出にチャレンジする。
奥島氏は宮古島での資源循環モデルとして当初、①糖蜜を発酵させて製造したバイオエタノールを自動車燃料に ②エタノールを新規発電設備の燃料に ③宮古島で探索した工業用の原生酵母(MY17)を泡盛や製パン業などの発酵事業に転用 ④発酵残さ・副産物を肥料や飼料に ⑤糖蜜などを発酵させ精製するL-グルタミンで医薬品製造-とサトウキビのカスケード利用、高付加価値化を目指す事業を構想した。エタノール事業の見通しが立たない一方で、その後、米UCLA医学部教授で、エマウス・メディカル社の最高経営責任者(CEO)だった新原豊氏と出会い、L-グルタミンがアフリカ、中東、欧米などの黒人特有の「鎌形赤血球症」の治療薬になることを知った。同氏とサトウキビの糖蜜や砂糖を原料としたL-グルタミン製薬事業に取り組むことになり、同治療薬は2018年7月に米国食品医薬品局(FDA)の保険適用治療薬として承認され、全米で治療事業も始まった。この取り組みは、まさにタイ政府が目指す農産物資源を使って付加価値を高めるバイオ化学事業の先行事例と言えるかもしれない。
筆者は2005年から4年間、米国シカゴに駐在し、政府の号令によるトウモロコシを原料とする自動車ガソリンに混合するエタノール生産急増の現場を目の当たりにした。日本に帰国後は沖縄のサトウキビ、あるいは新潟などでのコメを原料とするエタノール生産の試みを取材したものの、日本ではついにバイオ燃料が商業化されることはなかった。原料が高いための採算がなりたたなかったことが大きいが、石油業界の権益維持も背景だった。
また1997年ごろ1年ほど東京で化学業界の取材を担当した。当時はまだ、プラスチックの環境問題がようやく認識され始めた段階だったが、生分解性プラスチック開発の試みに興味を持ち取材した。当時は、大手化学メーカーの片隅で担当者がほそぼそと研究開発を進めていた程度で、商業生産にはほど遠かった。しかし、プラスチックごみの海洋投棄が世界的な課題となる中で、今や先進国では生分解性プラスチックを使った包装容器やごみ袋などが脚光を浴びており、感慨深い。
今回、Featureで紹介したバイオ化学に関する調査リポートの中でも、サトウキビ、キャッサバ、アブラヤシという商業作物を原料とし、まずバイオ燃料とバイオプラスチックに加工して付加価値を高めるという基本コンセプトが明確に紹介されている。そして、奥島氏が現在取り組んでいるようなバイオ燃料からさらに付加価値を高める新産業がタイからも生まれるか興味深い。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
タイのオーガニック農業の現場から ~ハーモニーライフ大賀昌社長インタビュー(上)~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
タイ農業はなぜ生産性が低いのか ~「イサーン」がタイ社会の基底を象徴~
バイオ・BCG・農業 ー 2024.11.18
「レッドブル」を製造するタイ飲料大手TCPグループのミュージアムを視察 〜TJRIミッションレポート〜
食品・小売・サービス ー 2024.11.18
第16回FITフェア、アスエネ、ウエスタン・デジタル
ニュース ー 2024.11.18
法制度改正と理系人材の育成で産業構造改革を ~タイ商業・工業・金融合同常任委員会(JSCCIB)のウィワット氏インタビュー~
対談・インタビュー ー 2024.11.11
海洋プラごみはバンコクの運河から ~ タイはごみの分別回収をできるのか ~
ビジネス・経済 ー 2024.11.11
SHARE