カテゴリー: ビジネス・経済, バイオ・BCG・農業
連載: 経済ジャーナリスト・増田の眼
公開日 2022.07.05
約4年前に初めてタイに赴任して早々に知ったのが「タイランド4.0」と呼ばれる国家経済戦略があることだった。これ以後、記事の中で「タイランド4.0」という言葉を頻繁に書くようになった。もっとも過去2年ほどの間に「バイオ・循環型・グリーン(BCG)経済モデル」という言葉に徐々に置き換わっていったが。
改めてタイランド4.0の対象産業とは何か。既存の有望分野(Sカーブ産業)である「次世代自動車」、「スマート電子機器」、「高付加価値の観光・医療ツーリズム」、「農業・バイオテクノロジー」、「未来のための食品」の5業種。そして、次世代の有望分野(新Sカーブ産業)は、「自動化・ロボット」、「航空・ロジスティクス」、「バイオ燃料・バイオ化学」、「デジタル経済」、「メディカルハブ」の5業種の合計10業種が当初の対象産業で、これに後から「防衛」「教育・人材開発」が加えられたという。
なるほどタイに強みがあると納得できる産業もあるが、先進国と比べて果たしてどれほどのインフラ・人材の蓄積があるのかと疑問を持たざるを得ない産業もある。例えば、航空産業でタイに何か優位性があるのだろうかと思った。東部経済回廊(EEC)地域内のラヨン県ウタパオ空港に航空機の保守・修理・分解整備(MRO)施設を整備する計画が目玉事業だと知ったが、新型コロナウイルス流行により航空産業が打撃を受け、同計画は事実上頓挫している。
一方、2021年にタイ投資委員会(BOI)が衛星などの宇宙産業向けの投資恩典拡充の検討を始め、宇宙産業を重点産業に加える方針を示したとされる。EEC事務局のある資料では、航空・ロジスティクスの中に、ウタパオ空港でのMRO施設整備と併記される形で、「宇宙産業」の文字も見える。「航空・ロジスティクス」産業の中に宇宙産業も含まれると解釈されているのかもれない。
2020年1月中旬、筆者はタイ南部チュンポン県にあるキングモンクット工科大学(KMITL)ラカバン校にいた。KMITLが日本の情報通信研究機構(NICT)と共同で同校敷地内に衛星測位の利用に悪影響を与える「プラズマバブル」を観測し、宇宙天気予報に役立てる専用レーダー施設を開設するという話を取材するためだった。「太陽フレアが地球の磁場をかく乱、電離圏でプラズマバブル現象が発達すると、衛星からの電波も乱れ、全地球測位システム(GPS)の精度が低下、通信障害、航空機の運航、自動運転車の走行に影響を与える」ために、プラズマバブルの観測が宇宙天気予報に欠かせなくなっているという。
そしてプラズマバブルは主に磁気赤道の近くで発生するため、磁気赤道に近いチュンポンが適地として選ばれたという。この施設はタイ初であるだけでなく、当時、世界的にも実際に運用されている事例はまだ少ないと聞いて、驚いた。グーグルマップでの利用に代表されるように、GPSなどの全地球航法衛星システム(GNSS)が現代社会経済に不可欠のものになりつつある中で、この宇宙天気予報に役立つ施設がタイ南部の一地方県に開設されたこと、そして自ら衛星を製造したり、打ち上げたりしたこともないタイが宇宙ビジネスに関心を持っていることにも興味を覚えた。タイでもGNSSを利用したトラクターなどの農業機械や建設機械の自動運転の試験が始まっていることも知った。
JAXAが1989年に開設したバンコク駐在員事務所は、アジア地域(東南アジア、中央アジア、南アジア、中東を含む)、オセアニアまでを幅広くカバーし、連絡調整と現地情報収集を担当している。中村全宏バンコク事務所長は「設置当初は衛星の受信局の運用目的でスタートしたが、インターネット、ITの発達がはじまった2000年ごろからは各国宇宙機関と取得した衛星データを一緒に利活用していくという共同研究・実証協力が主になっていった。東南アジアには欧米のような高い宇宙技術を有する国はないが、デジタル技術やアプリケーションを使いこなす地域であり、宇宙とデジタルを使ってビジネスをしたり、社会課題の解決に役立てたりしていける可能性を持っている」と指摘する。
中村所長は、「タイにはモノづくりの基盤、サプライチェーンがあるので、小型部品製造力などを活かし宇宙という新産業の立ち上げに生かしていけるのでは」と提言。一方で、「タイ人はスマートフォンの利用時間が長く、アプリケーションは得意。日本だけではできないサービスをタイと共創し、サクセスストーリーにできないか。農業はその有望な産業だ」と述べ、衛星の地球観測技術・測位技術を活用したスマート農業分野は日本より平地が多く広大な農地を持つタイに適しているのではとの見方も示している。
よくタイ人の職業適性の話で出てくるのは「タイ人はモノづくりが苦手。ただ、マーケティングやITなどは日本人より得意だ」といった表現だ。タイも近年、モノづくり力の獲得を目標に掲げ始めているものの、自動車製造技術は日本人任せだった。衛星製造でも外国企業に依存したとしても、宇宙技術の社会への活用、デジタル化ではタイもその強みを発揮でき、日本もタイと組むメリットも出てくるかもしれない。
THAIBIZ Chief News Editor
増田 篤
一橋大学卒業後、時事通信社に入社。証券部配、徳島支局を経て、英国金融雑誌に転職。時事通信社復職後、商況部、外国経済部、シカゴ特派員など務めるほか、編集長としてデジタル農業誌Agrioを創刊。2018年3月から2021年末まで泰国時事通信社社長兼編集長としてバンコク駐在。2022年5月にMediatorに加入。
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